Secret in the moonlight | ナノ


▽ 22


「せっかく来たんですし、帰る前に観覧車に乗りませんか?」

そう言う安室に優華は頷き、二人は観覧車へとやってきていた。ちょうどタイミングがよかったらしく、待ちのお客は少なかったためすぐに二人の番がやってきた。

「いってらっしゃーい!」

ニコニコと笑いながら送り出してくれる添乗案内の女性にぺこりとお辞儀をして観覧車に乗り込むと、二人は向き合って座る。観覧車はゆっくりと頂上を目指してゆく。

「結構高くまで昇るみたいですね。」
「そうですね。一周するのにだいたい20分近くかかるみたいですよ。」
「そうなんですか?さすがに大きいだけありますね。」

たわいもない会話が途切れたほんの一瞬、優華はふとここは二人だけの空間であることに気づく。そのことに気づいてしまうとどことなく照れくささを感じてしまい、優華は外の風景を楽しむことに意識を集中させる。

「優華さんは・・・どうして警察官をやめられたんですか?」
「・・・え?」

静まり返った空間の中、何の前触れもなく呟かれた言葉に優華は目を丸くして安室を見る。すると安室が真剣な顔で優華を見つめていた。

「貴方はあの状況下で咄嗟にひったくり犯を捕まえようとするくらい正義感に溢れている。そして犯人が取り押さえられるとすぐに被害者の方のフォローへと回った。警察官として働いていた時にもきっと被害者に寄り添えるタイプの方だったんだろうと思いまして。僕も仕事柄警察官の知り合いはいますが、事件の処理に追われて被害者のフォローがついつい疎かになりがちみたいですし、被害者に寄り添えるタイプの警察官はなかなか貴重ですからね。貴方には向いていた職業だったんじゃないかと思ったんですよ。」

安室の言葉に優華はますます目を丸くした。元警察官なのにも関わらず犯人は自分で取り押さえられず、安室が取り押さえてくれなければ逃げられていたかもしれなかった。普通だったら元警察官が何をやっているんだと思われても仕方ない。なのに安室はそんな風に言わず、違う視点から優華のことを見てくれている。

「・・・ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえるなんて嬉しいです。」

安室は優華をじっと見つめ続けていた。まるで理由を聞くまでこの話を終える気がないと言わんばかりの真剣な表情に、優華はぽつりぽつりとこぼした。

「・・・私も本当はやめたくなんてなかったです。なりたくてなった仕事でしたし。でも色々あって・・・大怪我をしまして。続けられない状況になっちゃったんです。」

そう語る優華の表情は悲しみを帯びていた。安室は黙って優華の言葉に耳を傾ける。

「私、警察官っていっても頭の回転が速いわけでもないし、体術もそんな得意なわけじゃないし・・・って見てたらわかりましたよね。まあそれこそ警察官なんて本当に務まるのかって聞かれそうなレベルだったんです。情けないですけどね。」

あ、でも射撃だけはそこそこの成績だったんですよ!と言う優華に安室は思わず笑ってしまう。

「優秀とは言い難い私でしたけど、自分なりにどんな警察官になりたいか考えた時、自分が大して強くないからこそ、弱い立場の被害者に寄り添う気持ちを決して忘れずに接する事ができる警察官であろうと思ってました。」
「被害者に寄り添える警察官・・・ですか。」

安室の声が少し驚いたような感情を含んだものになる。

「ええ。だからさっき安室さんに言ってもらえたこと、すごく嬉しかったです。そもそも私が警察官を目指したのは高校時代に暴漢に襲われそうになったのを偶然刑事さんに助けてもらったからなんです。その時の刑事さんはすごく優しくて・・・恐怖に怯える私に親身になって寄り添ってくれて随分救われました。その人を見て私もこんな警察官になりたいと思ったんです。」

優華は外の景色へと視線をやる。もうじき頂上へと到着するようだ。

「だから警察官を続けられなくなったのは本当に悲しかった。でもどうにも出来ないことだったから仕方ないんですけどね。今は警察官という立場ではないから出来ることなんて大したことはないけど、それでもその気持ちは捨てないようにしようって思ってます。」

弱いからこそ弱者に寄り添う。

安室にとって優華の発言は衝撃的だった。安室は今までひたすら強くあろうと走り続けてきた。弱い自分などとてもじゃないけれど認められなかった。だが、優華は強いとは言い難いが、弱いからこそできることで弱者を守ろうとしていた。立ち処は違うが、警察官として人々の幸せを願う気持ちは同じだった。

もう疑いようがない。彼女は白だ。

安室の中でそれはもはや確信と言ってもよかった。気づくと安室は優華を抱きしめていた。腕の中で体を少し強張らせて驚いたように安室を見上げてくる優華に愛しさがこみ上げる。

「あ・・・安室さん!?」
「あなたという人は・・・。本当にかなわないな。」
「え、な、何の話です?」
「すみません。少しだけこのままで・・・。」

安室のいつになく切なげな声に優華の心臓が酷く脈打つのを感じる。おずおずと手を伸ばし、安室の服を掴む。二人の間にはどちらのものかわからない心臓の音が混じりあって響いているようだった。

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