Secret in the moonlight | ナノ


▽ 21


水族館を一通り回り終わった後、飲み物を買ってきますねという安室に、優華は自分が払うと申し出たが、笑顔を浮かべたままあっさりと却下されてしまったため、ベンチに一人座っていた。まわりを見渡すと恋人同士と思われる男女や家族連れ、友人同士できているのであろうグループ等たくさんの人々で溢れている。

ここにはこんなにもたくさんの人がいる。なのに自分は一人異質な存在だ。

ぼーっと周りを見ていた優華はそんなことを考えた瞬間、まわりの喧騒がどこか遠くに聞こえるような気がして瞳を揺らす。その時急に女性の悲鳴が響き渡り、驚いた優華は声がした方向へと振り向く。すると地面に転んだまま泥棒と叫ぶ女性と、その女性の鞄らしき物を持ってすぐ近くまで走ってきている男が見える。優華は咄嗟に立ち上がるとその男に手を伸ばす。

「ちょっ・・・待ちなさい!」
「くそっ!離せ!」

すんでのところで優華はなんとか男の腕を捕まえたものの、男が暴れるためうまく力が入れられず、よろけてしまう。しかも靴がサンダルなため、余計にうまく踏ん張れない。よりによってこんな時にこんな靴だなんて。優華は内心舌打ちしたいのを我慢して男を逃がさないように必死に捕まえるが、靴が脱げかけてバランスを崩しかけてしまう。その隙を逃さなかった男は渾身の力で優華を突き飛ばし、優華は耐え切れず地面へと倒れこむ。男は自由になった体を振り、逃げそうとするが、その瞬間一歩遅れて駆けつけていた安室が男に強烈なボディーブローをお見舞いした。

「がはっ!」

なんとか逃げ出そうとしていた男は、安室の一撃で容赦なく沈黙させられた。ぐったりと倒れこんだ男を見下ろす安室の瞳はいつになく冷たい瞳をしていた。

「無駄な抵抗は諦めて下さい。・・・警察をお願いします。」
「は、はい!」

安室が呆然として見ていた従業員に向かって叫ぶと、従業員は慌てて警察を呼ぶために駆け出していく。

「す、凄いですね・・・安室さん。」

あまりにも一方的なまでの制圧に優華は目を丸くするしかなかった。以前安室がボクシングが趣味ということは聞いたことがあったが、ここまでとは。歯が立たなかった自分とあまりにも違うその姿に優華は情けなさを覚える。仮にも自分は元警察官なのに。しかし、放り出された被害者のものらしき鞄を見つけた優華は、そんなことを考えている場合じゃないと鞄を手に取り被害者の元へと歩み寄る。そして倒れたまま呆然としている被害者の女性に声をかける。

「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます!」
「いいえ、捕まえてくれたのは私じゃなくて彼ですから。」

苦笑いしながら安室の方を見やると鞄を女性に渡す。女性の傍には4、5歳くらいの男の子が立っていたが、犯罪に巻き込まれた恐怖とショックで顔を強張らせて震えているのが見えた。

「怖かったね。もう大丈夫だから安心して。」

優華はしゃがみこんで子供の頭を撫でると、男の子は緊張の糸が切れたのか急に泣き出して抱きついてきた。優華は男の子を抱きとめると落ち着かせるように背中をトントンと優しく叩いてやる。その手に擦り傷があることを見つけた被害者の女性は慌てて優華に声をかける。

「あ、あなたも怪我を・・・!」
「私はかすり傷だから大丈夫ですよ。それより医務室へ行って怪我の手当てをしてもらいましょう。」

被害者の女性は咄嗟に鞄を取られまいと抵抗して転倒したらしく、足や手に怪我を負っていた。怪我自体はそこまで酷くはなさそうだが、あちこちに傷があり痛々しい。

「優華さん、あなたも手当てしてもらってください。」

気づいたら背後には安室が立っていた。犯人はどうしたのかと視線を送れば、ぐるぐるに拘束されて電柱に縛りつけられている姿が見えた。なんだか少し哀れになるくらいの姿だ。

「私はかすり傷だから大丈夫です。絆創膏でも貼っておけば・・・。」
「優華さん?」
「・・・はい、行きます。」

笑顔なのにその笑顔が怖い。

安室の有無を言わせないオーラに優華は顔を引きつらせながらあっさり頷くしかなかった。その後到着した警察に関係者として事情聴取を受けることになった二人が解放されたのはすでに夕方だった。

「安室さん、ごめんなさい。事前調査って話だったのにこんなことになってしまって・・・。それから助けて頂きありがとうございました。」
「そんなことはいいんです。それより優華さんは無茶をしすぎです。あの男が万が一刃物でも持ってたらどうするんですか。」
「いやでも目の前であんなことあったらほっておけないですよ。・・・って言っても歯が立たなかった私が言えた台詞じゃないですけど。」

本当情けないなあ。ポツリとこぼし自嘲するように笑う優華に安室はそんなことないですよと返すと、優華が訝しげに安室を見やる。

「優華さんが勇気のある行動に出たおかげで犯人を捕まえることが出来たのは間違いないです。それに被害者の方達はあなたのおかげで精神的に随分と救われたと思いますよ。不安なときに寄り添ってくれる人がいるというのは本当に救われますからね。」
「安室さん・・・。」
「だから自分をそんなに責めないで。誇りに思ってあげてください。」
「ありがとう・・・ございます。」

そんな風に言ってもらえるなんて思わなかった。

優華は胸がいっぱいになり涙腺が緩みそうになる。照れたように笑う優華に安室は心臓が掴まれたような感覚に陥った。

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