Secret in the moonlight | ナノ


▽ 20


待ち合わせは9時に米花駅だった。優華が15分前にそこに到着すると、そこにはすでに安室の姿があった。いつもの愛車にもたれかかっているその姿は男女問わず周りの目を引いており、通りがかる人がチラチラと視線を送っているのがわかる。そんな視線に慣れているのか安室は気にすることなくスマホへと視線をやっている。こうしてみるとやはり安室が周りから目を引く容姿をしているのだと優華は改めて実感せずにはいられなかった。そんな安室の近くに行くのが気まずい気がして一瞬戸惑うが、このまま立ち尽くしていても仕方がないので意を決して安室のもとへと歩き出す。

「おはようございます。お待たせしてすみません。」
「おはようございます。優華さん。僕が早く着きすぎただけですのでお気になさらず。」

安室はニコリと笑みを浮かべると、助手席側に回り込み、そのドアを開ける。あまりにも自然なまでの動きにエスコート慣れしているなと思わずにはいられない。そんな安室にありがとうございますとお礼を言うと、優華はスルリと助手席へと滑り込んだ。座るとやっぱり体に馴染むようだった。この車は走りそのものを楽しむためのスポーツカーということもあり、決して乗り心地がいいと言えるわけではない。それでも懐かしいこの座り心地に優華は頬が緩むのを感じた。

安室は優華を助手席に乗せると自分は運転席に乗り込む。シフトレバーを握りそのまま車を発進させた。車の中には軽快な音楽が流れる。安室は優華にチラリと視線をやる。いつもパンツ姿でポアロに訪れることが多い優華だが、今日は水色ベースのストライプ柄のワンピースにいつもより少し高さのあるウェッジサンダル姿だった。いつもはそのままおろされただけの肩までの髪も今日はゆるく巻いて編み込んであり、いつもとは違った雰囲気がある。

「いつもと随分違う雰囲気ですね。とても素敵ですよ。」
「あはは・・・ありがとうございます。せっかくなのでちょっとはおしゃれしてみました。」
「優華さんが僕とのデートを楽しみにしてくれたみたいで嬉しいです。」
「デ、デート!?」
「はい。」
「・・・探偵のお仕事の事前調査ですよね?」
「そうですね。でもあくまで事前調査ですから。あまり気にせず楽しみましょう。」
「は、はあ。」

それって事前調査の意味がないのでは?

優華はそんなことを思いながらも笑顔を浮かべたまま何も答える気がなさそうな安室の姿を見てあまり深く考えるのはやめておこうと自分に言い聞かせた。

―――――

東都水族館へ到着するとすでにお客はそれなりに来ているらしく、駐車場は車であふれていた。空いているスペースに車をとめると二人は入り口を目指す。入場門に到着してチケットを購入するために列に並んでいると周辺から痛いほど視線を感じる。その視線を集めているのはもちろん優華の隣の人物だった。当の本人はその大勢の視線に気づいているのかいないのか平然としている。一緒にいる優華は居心地の悪さを感じて少し距離をあけようとするが、安室にどうしました?と不思議そうに尋ねられて諦めるしかなかった。刺すような視線が痛い。そうこうしているうちに窓口までたどり着き、優華は自分のお金は自分で払うと安室に訴えたものの、安室は頑として譲らず、渋々財布を引っ込めるはめになった。お礼を伝えて入場門をくぐると真正面に話題になっている二輪式の観覧車が見える。

「わあ・・・!水族館なのに観覧車まであるんですね。しかも二輪式・・・初めて見ました。」
「水族館とは言いますが、もはや複合型施設の域ですね。」

まさに安室の言うとおりだった。

「ところで事前調査ってどんなことを調べたらいいんでしょうか?」
「おや、やる気満々ですね。」
「それはそうです。お金を出して頂いているのでせめてその分はしっかりお役に立たないと。」
「それは頼もしいですね。」

安室によると、今度恋人達の尾行に当たるらしく、そのうえで二人が巡りそうなルートの確認や気づかれないように尾行するためのポジショニングを確認するとのことだった。とりあえず水族館からまわることにした二人が水族館エリアに入ると、様々な生き物たちが展示されている。広がる青の世界に優華の目がキラキラと輝く。人間達を気にするでもなく気持ちよさそうに泳ぐ魚たちに優華の瞳が優しく揺れる。

「一緒に泳いでみたいなあ。気持ちよさそう。」
「ちょうど夏ですし、気持ちは分かりますね。」

二人で色々話しながらしばらく歩くと、イルカショーの案内の看板がたてられていた。時間を見ると次のショーがもうすぐ始まるようだ。

「優華さん、もう少ししたらイルカのショーが始まるみたいですよ。行ってみませんか?」
「はい!見てみたいです。」

キラキラと瞳を輝かせる優華に安室は思わず笑みを深くする。二人がショーエリアに到着するともう少しでショーが始まるとだけあって座る場所はなく、立ち見の人であふれていた。立ち見をしている人達に交じって立っていると、安室が失礼しますねとだけ言うと優華の肩を抱くようにして自分の方へと寄せる。優華は一瞬驚いたものの、すぐ近くの人がその隣の人に押し出されるようにバランスを崩すのを見て、安室の行動は自分を人混みからかばうためにしてくれたのだとわかる。触れられた肩に意識が集中して心臓の音が煩い。優華は頬に熱が集まるのを感じながらも、ありがとうございますとお礼を伝える。安室はニッコリと笑うと始まりますよと優華に声をかける。そんな安室に優華はますます頬に熱が集まるのを感じずにはいられなかった。

―――

「可愛かった・・・!」

優華は目を輝かせて感動を吐き出した。イルカの親子は調教師の合図に従って泳いだり飛んだりと実に色々なパフォーマンスを披露してくれ、優華は夢中になってショーを見ていた。最後に親子そろって尾を振りながらのバイバイを見たときには優華も年甲斐もなく思わずイルカたちに手を振っていた。

「楽しめたみたいで何よりです。」

優華の感動ぶりに安室は思わず笑ってしまう。

「す、すみません!事前調査なのに私思いっきり楽しんでました・・・。」
「いいえ、僕も楽しんでますし、何より優華さんにそんなに楽しんでいただけるなんて嬉しい限りです。」

何気なく言った安室の言葉に優華は思わず足を止める。そんな優華を見て、安室が優華さん?と不思議そうに声をかける。

「私・・・久しぶりにこんなに楽しい時間を過ごしている気がします。」

「―――安室さん、ありがとうございます。」

そう言って安室に向かってほほ笑んだ優華のそれは間違いなく心からの笑顔だった。

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