Secret in the moonlight | ナノ


▽ 18


真っ白なお皿に果物やクリームと一緒に綺麗に盛り付けられたチーズタルトを前にして優華の目はキラキラと輝く。頂きますと挨拶をすると、一口サイズに切って口へと運ぶ。サクサクのタルト生地と甘さ控えめのチーズフィリングに優華は幸せいっぱいの顔になる。

「やっぱりこのチーズタルトも美味しい・・・!」
「よかったな。」

コーヒーを飲みながら優華の方へ向けられた疾風の目が無意識のうちに優しくなる。チーズタルトを少し大きめの一口サイズに切ってフォークに刺した優華を見ていると、優華がキラキラと目を輝かせながら疾風を見る。すると次の瞬間、優華はそのフォークを疾風に向けて差し出した。

「疾風も食べてみて!」
「は?」

疾風は思わずコーヒーを飲む手をとめて固まる。

「本当美味しいんだから!一口食べてみて。甘さも控え目だから疾風でも大丈夫だって。」
「・・・いらん。」
「そんなこと言わないで!滅多に疾風は来れないんだから。」
「だからいらないと言っているだろう。」

疾風は優華の言動に頭を抱えたくなった。優華は疾風のことを同僚兼兄ぐらいにしか思っていない。疾風自身もせいぜい手のかかる妹、下手をすれば娘的な感覚しかない。だから照れているとかそういうことではなく、単に食べたいと思わないだけだ。だが、ここには周りに他の人間がいる。周りからこの状況がどう目に映るのかを考えると疾風は軽く頭が痛くなりそうだった。実際四方八方からチラチラと視線を感じる。

もう少し考えて行動しろ。

疾風は心底そう思い、ため息をついた。

「お前はもう少し周りを見ろ。というか常識を学べ。」
「何それ。」
「恋人でもない相手にそういうことをするな。俺だからいいものの・・・他の男にそれをやって勘違いされても知らんぞ。」
「疾風以外にはさすがにしないし、仮にやっても勘違いするような相手って周りにいないし。」
「・・・やっぱりわかってないな、お前。」

背後から感じる刺すような視線、いやそれは視線というよりはもはや殺気と言えるレベルのものだった。その視線の送り主は容易に想像できた。あからさますぎるそれに勘違いをされていることを悟り、疾風は再びため息をついた。いくら勘違いされようが疾風にとってどうでもいいことではあるが、後々面倒になる可能性は少しでも避けたい。断固として優華の申し出を拒否すると、優華は諦めて渋々フォークを引っ込めた。その後チーズタルトとキャラメルフラペチーノの甘々コンビを満喫した優華は幸せいっぱいの顔でご馳走様でしたと挨拶をする。

甘いものに甘いものをこれでもかと組み合わせておいて、よく気分が悪くならないものだ。

疾風は若干呆れ気味に優華の満足げな顔を眺めた。

その後一息ついた二人はポアロを後にした。優華がおすすめだと声を大にして推していた喫茶店は確かに疾風としても居心地がいいと思える店だった。コーヒーも実によく洗練されていてあまり食事そのものに興味がない疾風でも美味しいと思えたし、次々訪れる客を見れば店が人気なのは一目瞭然だった。それと共に優華が随分とその店員達と仲がいいことは分かった。疾風にとって特に気になったのはそのうちの一人、一見したら人当たりのいい好青年に見える金髪の男だった。

――あの男、只者ではない。

時折にじませる自分への鋭い視線。それはただの喫茶店の店員がなせるようなものではなかった。その理由になんとなく勘付いた疾風は、この先面倒が起こらなければいいがと眉間に皴を寄せた。

―――――

冥府へと戻った二人が召喚課へと足を進めていると、ふいに疾風が足をとめて立ち止まった。

「疾風?どうかした?」

優華はそんな疾風の様子に振り返ると何事かと首を傾げる。するとそこにはいつになく真剣な表情で優華を見下ろす疾風がいた。

「優華。お前の地上の店回りにどうこういうつもりはないが、あまり人間に関わりすぎるな。」
「・・・何、急に。」
「珍しく一つの店に入れ込んでいるみたいだからな。特定の人間と関わり続けるのはやめておけ。いつかお前がつらい思いをすることになるだけだ。」
「・・・うん。わかってる。」
「ならいいが。」

死神は年を取らないが、生きている人間はそうではない。年を重ねて変化していく。ずっと同じ姿のまま変化のない優華が彼らと関わり続けることは出来ない。わかってはいることだが、改めて現実を突きつけられて優華の胸がチリと痛みを感じる。だが、優華とて疾風の言葉の方が正しいことくらいは分かっている。優華がたまらず視線を落とすと、そういえば、と疾風が思い出したように付け加えた。

「あの安室とかいう男。あいつには気をつけろ。あれは相当な食わせ者だぞ。」
「安室さん?・・・確かに時々なんていうか二面性を感じるような、そんな雰囲気はあるけど・・・そこまでいうほど?」
「あんなあからさまな殺気を振り撒く奴がただの喫茶店の店員なわけがないだろう。」

優華とのケーキのやり取りの時に振り撒かれた殺気を思い出し、ため息をつく。あの程度の殺気など疾風自身はどうといったことはない。だが、あれは明らかに普通の人間の出すものではなかった。しかし、そのことに全く気付いていなかった優華は疾風の言葉にただひたすら目を丸くする。

「さ、殺気?え、いつ?ってか、なんで?」
「・・・お前よくそれで警察官やれてたな。」
「あ、馬鹿にしてる!?」
「事実を言っただけだ。」

今日はため息をついてばかりだな。

不服そうな優華を見ながら疾風は本日何度目かわからない盛大なため息をついた。

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