Secret in the moonlight | ナノ


▽ 17


「最近何かいいことでもあったのか?」

そう疾風が優華に尋ねたのは唐突だった。何の前触れもなく言われた言葉に優華は何のことだとばかりに首を傾げる。

「ここのところ妙に機嫌がいいだろう。」

そう言われ、ああそういうことかと納得した。

「それがね、お気に入りの喫茶店ができたの。」
「また地上の店回りやってたのか・・・。」

疾風が若干呆れたように呟く。優華が時々地上の美味しいお店を探して巡っていることは疾風も知っていたが、今度はよっぽどお気に入りのお店を見つけたことは明らかだ。

「食事はすごく美味しいし、デザートも本当最高でね。何よりお店の雰囲気がすごくよくて・・・なんか癒されるの。」

目をキラキラさせて語る優華は久しぶりにいい店を見つけた喜びに満ちていた。一体何をやっているんだと思わないこともないが、優華が嬉しそうにしている姿を見れるのは疾風にとって喜ばしいことだった。そんな疾風の心の内を知ってか知らずか、優華はキラキラとした目で疾風に視線をやった。・・・嫌な予感がする。

「今度疾風も一緒に行ってみない?」
「遠慮しておく。興味ない。」
「ええー・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・機会があったならな。」

不満を隠そうともせず行くと言ってと言わんばかりの目で見上げてくる優華に疾風はため息をつく。優華に悉く甘い疾風は渋々ながらも頷くしかなかった。

―――

それから数日。意外にもその機会はすぐに訪れた。米花町で亡くなった人間がいつまでも十王庁へと訪れないということでその調査が指示されたのだ。調査へと向かうと不慮の事故で亡くなった男が思い残したことへの未練からいつまでもその地へとしがみついていたのだった。最初は抵抗していた男も最終的には二人の説得で十王庁へと向かった。それを見届け終え、ふと時計を見ると時間は14時半過ぎだった。ちょうどカフェタイムともいえる時間に、優華は疾風に半ば強引にねだり倒してポアロへと訪れた。

「こんにちは。」
「優華ちゃん。いらっしゃ・・・!?」

梓の声が途中で固まる。その様子に気づいた安室が一体どうしたのかとキッチン側から店内を覗き込むとそこには定期的に訪れる優華と見知らぬ男がいた。

―――誰だ?

優華の身辺調査をしていく過程で全く上がらなかった人物の出現に安室は内心眉を顰める。

「え・・・ひょっとして彼氏さん!?」

梓が疾風をチラリと見ながら爆弾発言を投下した。その頬はほんのりと赤く色づいており、明らかに格好いいとその顔に書いてある。優華はそんな梓の反応に思わず苦笑いする。

「違う違う。同僚。ちょうど仕事で近くへ来たから寄ったの。」
「こんにちは。だから珍しくスーツなんですね。」
「安室さん。こんにちは。」

お似合いですよと返すと、優華は少し照れたように笑った。今日の優華はグレーのパンツスーツ姿だった。服装のせいか、いつもより少し大人びて見える。とは言えそれでも実年齢には届かなさそうではあるが。

「彼氏じゃないんだ・・・。てっきり彼氏だとばかり思っちゃった。」
「あいにく彼氏はいません。」

残念がる梓に苦笑いをして言う。というか今の優華に彼氏なんて作りようがないのが現実だ。疾風はそんな二人のやりとりを大して気にも留めてないとばかりに店内を見渡していた。今日は二人ということもあり、空いていたテーブル席に座ると、優華はチーズタルトとキャラメルフラペチーノのセット、疾風はブラックコーヒーをオーダーする。

「疾風もケーキ食べてみたらいいのに。本当美味しいんだよ。」
「俺は遠慮しておく。・・・わかってはいたが、お前の甘いもの好きは筋金入りだな。」

ケーキに加えて甘い飲み物。想像するだけで口の中が甘くなりそうな気がして疾風は盛大に眉間に皴を寄せる。

「いいでしょ。美味しいものは私の原動力なんだから。」
「太るぞ。」
「・・・疾風。」
「・・・はいはい悪かった。」

ジロリと優華に冷たい視線を送られ、疾風は肩をすくめる。さっさと帰りたかったところをこうして付き合っているのだ。それぐらいで一々怒らないでほしい。そんなことを思いながらもそれを言うとさらに怒らせることになりそうなので、疾風はさっさと口を噤むことにした。

「同僚とおっしゃる割には随分仲がいいんですね。」

お待たせしました、と表れた安室が笑いながら口にする。いつもの人当たりのいい笑顔だ。だが、どことなくいつもの安室と違うような気がする。優華は内心そんなことを思いながらも答える。

「そうですね。疾風は確かに同僚ですけど、同時に私にとって兄のような存在なんです。」
「本当に、散々、手間のかかる妹分だがな。」
「そこまで強調する?酷い。」
「さっさと食え。あまりゆっくりはしていられないぞ。」
「はあい。」

明らかに疾風と呼ばれる男に気を許している優華の姿が読み取れ、安室はなんだか面白くない。だが、その心情をそのまま表に出すことなど出来ないので、ごゆっくりとだけ声をかけると、出来るだけ平静を装って再びキッチンへと戻る。すると少し悪巧みをしたような梓が小さめの声で安室に声をかける。

「ふふふ・・・安室さんひょっとしてヤキモチ焼いちゃってます?」
「・・・はい?」
「安室さん、ほんの一瞬ですけど優華ちゃんの同僚の人をすごい目で見てたじゃないですか。ヤキモチかなーと思ったりして。」

安室は一瞬息を呑んだ。梓は普段のほほんとしているが、たまに鋭くなる。とはいえ、それを梓に気づかれるほど出してしまっていたとは。安室は内心自嘲する。

「そんなことないですよ。確かにただの同僚にしては随分と仲がいいなとは思いましたが。」
「安室さん、負けちゃだめですよ!あの人彼氏さんじゃないみたいだし、私安室さんを応援します!」

ぐっと手を握って安室を励ます梓のその姿に、安室はありがとうございますと乾いた笑いをこぼすしかなかった。

梓の予想はほぼ当たりだった。二人を取り巻く雰囲気が明らかにただの同僚ではないと感じられた時に抱いたのは黒い感情。胸の奥からこみあげてくるそれを無理矢理飲み込もうとしたが、飲み込み切れなかった。感情の制御は得意なはずの自分が情けない。それと同時にどこかでうっすらと感じていた優華への想いをはっきりと自覚させられた。今の安室の立場上こんな想いは障害にしかならないということは冷静な頭ではわかる。まして相手は仮にも監視対象。それなのに。安室は自嘲するように息を吐いた。

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