Secret in the moonlight | ナノ


▽ 15


それからも優華は時々ポアロへと訪れていた。来店回数を重ねるごとに安室や梓との距離も少しずつ近くなり、梓への敬称はさん付けからちゃん付けに変わり、随分砕けてきた感じがあった。安室への対応も梓へのそれと比べるとまだ甘いものの、随分とフランクな感じになったと思える程度にはなっていた。

「こんにちは。」
「こんにちは。優華さん。」
「優華ちゃん、いらっしゃい!」

今となってはテーブル席が空いていてもあえてカウンター席に座り、安室や梓との会話を楽しむようになっていた。

「え!?安室さんって探偵さんなんですか!?」

話の流れから安室が探偵をやっており、ここのポアロはアルバイトであることを聞いた優華は目を丸くした。レシピ開発云々の下りからてっきり正社員だとばかり思っていた優華にとってはまさかの事実である。

「・・・そういえば話していませんでしたね。」
「なんか周知の事実過ぎて忘れちゃってましたね。」

一瞬の沈黙が訪れ顔を見合わせてそんな会話をした後、あははと笑う安室と梓にそんなに有名な事実なのかと唖然してしまう。

「私、探偵さんって初めてお会いしました。あれですよね。素行調査とか浮気調査とか尾行したりとか・・・。」
「まあそういうこともありますね。」
「すごいなあ。」
「優華さんもされていたのでは?」
「「は?」」

安室の突拍子もない言葉に優華と梓の声が重なる。

「だって優華さん以前警察官だったっておっしゃっていたでしょう?尾行とかはお手の物だったのでは?」

桜月優華はただの警察官ではなく刑事だったことは既に確認済みだ。まだるっこしいやりとりはしないとばかりに安室が核心に切り込む。ただし少し首を傾げてあくまで人当たりのいい笑顔を浮かべることは忘れない。すると優華よりも梓が驚き、盛大な反応をしてしまった。

「ええええー!!」
「あ、梓ちゃん、声大きい!」

思わずしーっ!と口元に手をやると梓もつられて自分の口を手のひらで抑える。なんだなんだと店内の視線が3人に集まるが、安室と梓が軽く頭を下げると各々視線を元に戻していく。

「安室さん・・・それ言わないで下さい・・・。」
「優華ちゃん、元警察官って本当なの?」
「・・・色々あって辞めたの。ってか数年でやめたなんて恥ずかしいからお願いだから誰にも言わないで下さい・・・。」
「わ、わかった。」

机に突っ伏した優華のあまりの撃沈ぶりに梓は思わず真剣に頷くしかなかった。そして一方の優華と言えば、突如落とされた安室の爆弾にその気力はごっそり持っていかれていた。というか、初めて会った時のほんの些細な会話を覚えているだなんて驚きだ。その驚くべき記憶力も探偵向きなのかもしれない。

「そんなに隠したいとは知りませんでした。すみません。」

安室が申し訳なさそうに眉を下げて謝ってくる姿に、優華は苦笑しながらも首を振る。

「気にしないでください。というか・・・安室さんがあんな些細な会話を覚えていることの方がよっぽど驚きですよ。」
「そうですか?僕、結構記憶力いい方なんですよ。」
「探偵というお仕事をされるにはうってつけってわけですね。ってか、安室さんの前でうかつなこと喋れない・・・。」

それは寂しいですね、とちっともそんなことを思っていないとわかる笑顔で答える安室に優華は思わずジト目を送ってしまった。それくらいは許されるだろう。安室はそんな優華の視線もどこ吹く風といった感じで相変わらず人当たりのいい笑顔を浮かべている。

「で?実際のところどうなんですか?尾行とかもされてたんです?」
「そりゃまあ何度かそういうこともありましたけど・・・なんでそんなに気になるんです?」
「いつかお手伝いして頂きたいことがあった時にお願いできないかと思いまして。」
「・・・私普段仕事しているんでさすがにそれは難しいと思いますけど。」
「ふふふ、安室さん優秀な助手さん確保できずに残念ですね。」

笑う梓に安室は残念です、と返しながら優華を見ると、優華は若干ひきつった顔をしたまま固まっている。からかっているのか本気なのか全くもってわからない。優華はまた安室の隠されたタチの悪さを垣間見た気がした。

その後、お詫びですと言って安室から出された半熟ケーキに目をキラキラと輝かした優華は、すっかり機嫌を直してしまった。所詮単純な性格だということだ。ここに疾風がいたならば盛大な突っ込みを入れてくれただろうが、生憎今のポアロにはそれをしてくれる相手は誰もいなかった。

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