Secret in the moonlight | ナノ


▽ 14


「見失った、だと?」
「申し訳ありません。自分の采配ミスです。」

降谷は風見からの報告を苦虫をかみ潰したような顔で聞いていた。この日優華がポアロにやってくることから、降谷は予め誰かに店を出た彼女を尾行させるよう風見に指示を出していた。その結果を聞くため庁舎を訪れた降谷への報告は、およそ降谷が納得できるものではなかった。一体誰を尾行に当たらせたのか風見に確認すると、その口からは新人などではなくそれなりの経歴を積んできている者の名前が挙がり、降谷の表情はますます険しいものになる。新人ならばともかく、それなりの経験がある者の尾行をまけるということはやはりただの女ではなさそうだ。降谷がそんなことを考えていると風見が少し戸惑い気味に「あの・・・。」と声をかける。

「なんだ。」
「いえ、その・・・。」

言うべきかどうか悩んでいる風見に視線で続きを促すと、風見は少し躊躇した後、口を開いた。

「それが・・・彼が言うには彼女は雑踏に紛れて歩いていたそうです。ちょうど信号が赤になり彼女の近くで信号待ちをしていたとき、一瞬目を離した次の瞬間には彼女の姿はなかったそうです。」
「・・・瞬間移動が出来るわけでもあるまいし、そんなことあるわけないだろう。」
「はあ・・・自分もそうは思いますが・・・。」
「ただあいつが自分のミスをごまかすためにそんな言い訳をするとも思えない、か。」
「まあ・・・そうですね。」

尾行をまかせた部下は仕事に対して非常に真面目で、己のミスがあれば正々堂々と謝罪をするような男だった。己の失敗を隠そうとしてそんな適当な言い訳をするような男ではない。それは降谷も風見も彼に対する共通の見解だった。

一方で優華が住んでいるといった2駅離れた町のアパートをすべて当たらせていたところ、確かに駅から徒歩5分の場所に10年前に「桜月優華」が借りていた部屋はあったことが判明した。ただ今は別の住人が入っており、その他の場所には「桜月優華」名義で借りられている部屋はなかった。

まさに八方塞がり。さてどうしたものか。せめて彼女がポアロに来た時に適当に理由でもつけて連絡先の交換をしておくべきだったかと思う。いきなり連絡先の交換を申し出て警戒されるよりは焦らずにとも思ったが、その考えは甘かったかもしれない。だが、このまま何もなかったかのように彼女のことを忘れてしまうわけにもいかない。僅かな綻びがいつ命取りになるかわからない。

そんなことを思いながら色んな方面から優華について探らせていると、その一週間後、驚きの展開を迎えた。優華がまたひょっこりとポアロへとやってきたのだった。公安の尾行を巻いたという結果から彼女がポアロに現れることは二度とないだろうと思っていた安室は内心かなり驚いた。己を尾行しようとする者が現れた場所などは警戒しそうなものだが、そんなそぶりは全くない。これはすぐにまけるような尾行など歯牙にも掛けないということか、はたまたまさかとは思うが、尾行そのものに気づいていないのか。安室は彼女にどういう評価を下したものか悩む。だが、そんな内心は表に出すことはなく、いらっしゃいませ、と人当たりのいい笑顔で迎える。

「優華さん!いらっしゃい!もう、なかなか来てくれないからそろそろ拗ねちゃうところでしたよ!」

そんなことを言いながらもニコニコと笑顔で迎える梓は優華の来店を大いに喜んでいる。今日もまたテーブル席はいっぱいだったため、カウンター席へと案内された優華はいそいそとメニュー表を手に取ると、真剣な顔をして眺めていた。そしてしばらく悩んだ結果、今回はカラスミパスタのドリンクセットをオーダーした。

ちょうどお昼時ということもありお客が次から次へと訪れたため、安室はなかなか優華の元に行くタイミングはとれなかった。消え失せそうだった優華の正体への道しるべが再び現れたのだ。この機会を逃すことは出来ない。何か彼女の真実の手がかりになりそうな情報を手に入れなくては。安室は仕事をしながら何度か優華を盗み見たものの、彼女は前回と同じく幸せそうな顔で食事を満喫しているだけだった。そのあまりにも幸せそうな姿に安室は思わず毒気を抜かれた。全く警戒心がない。なさすぎる。これで公安の尾行をまいたのだと言われても正直信じられない。ありえない。まさにその一言に尽きる姿だった。それから時間が経ち、少し店内が落ち着いてきた頃、安室は優華へと近付き、声をかけた。

「お久しぶりですね。また来て頂けて嬉しいです。ひょっとしたらもう来て頂けないかもしれないと思っていましたので。」
「どうしてですか?」

優華は意味が分からないとばかりに瞬きを繰り返した後、安室に尋ねた。

「いえ・・・先日お仕事について少々不躾に聞きすぎたかなと気になっていましたので。」
「大丈夫ですよ。もし本当に嫌だったらまた来たりしません。」

優華は笑いながら答える。その優華の反応は、きっと本当に気にしていないのだろうと察するに十分だった。

「それにここに来てリフレッシュ出来たみたいで。仕事も頑張れました。」
「そうなんですか?それはよかったです。」
「ここで美味しいご飯やデザートを食べてお二人と色々話して気分転換出来たから・・・ですかね。前回も言いましたけど、私このお店の雰囲気が本当に好きなんです。」

そう言って笑う優華に嘘は一切ないように思えた。

本当に彼女は疑いを持つ必要がある相手なのか?

こうやって目の前にいる優華は公安の尾行をまいたりできるような女性には見えない。それに出された料理やデザートに一々感動している姿はどう見ても安室が警戒の対象とするような存在には思えなかった。だが、それとは逆に彼女を調べれば調べるほど、怪しい存在でしかない。一体何が本当の彼女なのかわからなくなるほどだ。安室は人知れず心の中で盛大なため息をついた。

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