Secret in the moonlight | ナノ


▽ 13


気が付くとといつの間にか優華が入店してからもう2時間近く経過していた。優華はそのことに少し驚きながら店内をチラリと見渡す。優華が入店した際にいた客はほとんど帰っており、今はカフェタイムを楽しむお客がメインなようだ。年配の夫婦と思われる人達、スーツを着たサラリーマン、女子大生と思われる若い女の子達・・・幅広い年齢層が常に途切れることなくやってくるその様子に、ポアロがたくさんの人に愛されているのがよくわかる。優華自身ポアロの居心地の良さを無意識に感じていた。気づいたら2時間近くも経過していたことが何よりの証拠だ。きっとこのお店の雰囲気のせいだろう。

「このお店って・・・凄く温かいですね。」
「え、暑かったですか?」

ぽつりとこぼした優華の言葉に、もう少しエアコンの設定温度下げた方がいいかなと梓が慌てる。

「あ、ごめんなさい!そういう意味ではなくて。なんていうか、お店の雰囲気が温かいなあって思ったんです。私、今日初めて来たのにまるで慣れ親しんだ場所のようにすごく居心地よくて。なんか心が癒されてく感じがするんです。きっと安室さんや梓さんのおかげですね。久しぶりにこんな素敵なお店に出会えました。」
「そんな風に言ってもらえるなんて・・・店員冥利につきます!ね、安室さん。」
「ええ。そうですね。・・・というか優華さん、ひょっとして最近お疲れですか?お仕事関係とか?」

そんなに疲れているように見えるのだろうか。優華は軽く首を傾げる。

「自分ではそんなに言うほどでもないと思っているんですけど・・・やっぱり多少はあるのかもしれないですね。ま、仕事なんてそんなものでしょうけど。」

仕事において仲間には恵まれている。同僚達もパートナーである疾風も時には厳しいこともあるけれどみんな優しいし、大好きだ。ただそれでも時々あまりの不条理さに心が潰されそうになることがあるのもまぎれもない事実だった。死神になって10年。この仕事をしていくにおいてまだ優華の心には未熟な部分が多々あった。

「ちなみに今はどんなお仕事をされているんです?」

そう安室に尋ねられ、優華は一瞬躊躇する。何と答えたものか。まさか本当のことを言うわけにもいかないので当たり障りなく答えることが出来そうな範囲で言葉を選びながら答える。

「んー営業、みたいなものですかね。外回りも内勤もあるんで完全に営業とは言えないのかもしれないですけど。」

実際死者に関するトラブルがないときには召喚課にこもってひたすらデスクワークだ。あながち間違ってはいないはずだ。

「そうなんですか。色々多岐に渡るお仕事をされているんですね。それは疲れるのも無理ありませんよ。お仕事だからなかなか難しいかもしれませんが、あまり無理はされないでくださいね。」
「ありがとうございます。」

心配そうに気遣ってくれる安室にお礼を伝える。だが、これ以上あまり不用意な発言はしない方がいいだろう。入店してかなり長居してしまったこともあり、優華はそろそろ切り上げることにした。

「・・・そろそろお暇しますね。長居しちゃってごめんなさい。お会計お願いしてもいいですか?」
「え、もう帰られちゃうんですか?寂しい・・・。」
「この後まだ予定もあるので。・・・そのかわりまたお邪魔してもいいですか?」
「もちろんですよ!楽しみにしてます!絶対来てくださいね!」

一瞬見せた寂しそうな顔とうって変わった笑顔で梓に念押しされ、優華も笑いながら頷くと席を立ちあがる。そしてすぐ近くのレジまで行くと、レジ対応をする安室に支払いを終えて財布をしまう。

「優華さん、手を出してください。」

会計を済ませた後安室にそう言われた優華が不思議に思いながらも手を出すと、手のひらの上には可愛くラッピングされたクッキーが入った袋がちょこんと乗せられた。

「これは?」
「僕からのサービスです。疲れているときは甘いものですから。・・・あまり無理はしないでくださいね。それからぜひまたいらしてください。楽しみにしていますので。」

人差し指を唇に当て秘密ですよと言いながら笑う安室に優華も柔らかい笑みを向ける。安室の心遣いが心に染み渡るようで、優華はありがとうございますと両手で嬉しそうに受け取ると、ポアロを後にした。店を一歩出ると店内とはうってかわってじんわりと蒸し暑い空気が体中にまとわりつき、優華は眉間に皴を寄せる。死神でも不快指数は同じである。そしてそのまま駅の方へと流れていく雑踏の中に紛れて歩くと、タイミングを見計らって人知れず姿を消した。

―――だが、その姿を密かに追っていて突如その姿を見失ったことに焦りながら周辺を探しまわっていた者がいたことを優華は知る由もなかった。

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