Secret in the moonlight | ナノ


▽ 11


次の日、優華は米花町に降り立っていた。生前は仕事の関係上よく訪れていた町で懐かしさを覚える。死神となった今は生前ほど訪れることもなくなり、久しぶりに訪れたこの街は所々お店が変わっていたりして時間が経っていることを感じる。お急ぎ便でクリーニングに出していたタオルと、迷惑をかけたお詫びにお気に入りの和菓子店で買ったお菓子を入れた紙袋を持った優華はポアロを目指す。

甘いものが好きな優華は休日になると時々スイーツ開拓と称して地上に行き、色んなお店をまわっていた。そんな時にとある和菓子屋店で見つけたかりんとう。いろんな味のかりんとうがあり物珍しさで買ってみたら想像以上に美味しくてはまってしまった。それ以降時々地上に来た時に買って帰っているものだった。気に入ってもらえたらいいなあと考えながら歩いていると、目的の場所が見えてきた。

「ここかあ。」

優華はビルの1階に入ったこじんまりした喫茶店の入口に立っていた。時計は13時過ぎを指していた時間だ。忙しい時間をさらに忙しくさせるのも気が引けて、あえてランチタイム真っ只中は外したが、それでもまだそれなりにお客さんはいるようだ。ドアを開けると来客を告げる鐘がカランカランと心地よい音をたてる。

「いらっしゃいませ!」

女性店員が元気いっぱいに笑顔を向けてくれ、思わず優華も笑顔になる。可愛い店員さんだなあ。優華はそんなことを考えながら軽く会釈をする。すると奥に一昨日知り合ったばかりの顔が見えた。安室は優華に気づくと手を止めて優華の元へとやってくる。

「いらっしゃいませ。桜月さん。」
「こんにちは。安室さん。お言葉に甘えてお邪魔しちゃいました。」
「来てくださって嬉しいです。」

ニッコリと効果音でも付きそうな笑顔で歩み寄られ、優華はどことなくくすぐったさを感じてしまう。それを隠すように持っていた紙袋を差し出すと改めてお礼を伝える。

「これ先日お借りしたタオルです。本当にありがとうございました。あとこれ気持ちばかりですが、よろしければ皆さんで召し上がって下さい。」
「本当に気にされなくてよかったのに。でもありがとうございます。後でみんなで頂きますね。」
「安室さんのお知り合いですか?」

先ほどの可愛らしい店員が安室の背後からひょっこりと顔をのぞかせる。

「知り合いというか、先日ちょっと安室さんに助けて頂きまして。」
「というより僕が一方的に勘違いしちゃっただけなんですけどね。・・・テーブル席は今ちょうどいっぱいなのでカウンターでもよろしいですか?」
「はい。お願いします。」

案内されたのはカウンター席の角席だった。少し高めの椅子に座ると、決して新しくはないその椅子はとても座り心地が良く、日頃から丁寧に手入れをされているのだろうと容易に予想できる。

優華は備え付けられているメニューを手に取って広げた。すると様々な美味しそうなメニューが並んでおり、優華は思わず目を瞬かせる。外から見たらこぢんまりとしたお店だが、メニューの種類は思っていたよりも多く、何を注文するか悩んでしまう。しばらくメニュー表とにらめっこをしていた優華だったが、おススメメニューとしてピックアップされているハムサンドの写真に目がとまる。「当店大人気メニュー」の文字に心が躍るのはきっと自分だけではないはずだ。せっかくだしお店の人気メニューを頼んでみるのも悪くないだろう。

「ご注文はお決まりですか?」

安室はおしぼりと水を出しながら、優華に尋ねる。まるで計ったようなタイミングだ。

「ハムサンドのデザートセットをお願いします。」
「かしこまりました。お飲み物とデザートはどうされますか?」
「飲み物はアイスミルクティーをお願いします。デザートはどうしよう・・・全部美味しそうで本気で悩む・・・。あの、おすすめってありますか?」

どれもこれも美味しそうで決められない。そう優華が困ったように言うと、甘いものが本当にお好きなんですねと安室が笑う。

「そうですね。半熟ケーキは最近メニュー入りしたばかりですごく人気なんですよ。もしも苦手でなければそちらはどうですか?」
「そうなんですか?じゃあそれでお願いします。」
「飲み物をお持ちするタイミングはどうしましょうか?」
「デザートと一緒にお願いします。」
「かしこまりました。しばらくお待ちくださいね。」

安室はにこりと人当たりのいい顔で笑うとキッチンへと向かう。優華はその姿を見送った後、店内に視線を巡らせる。

店内には会話の邪魔にならない程度の音量で流れる音楽と食事を楽しむ人々の会話。自分はその枠からは外れてしまっているけれど、人々が日々を営んでいることを感じられるこんな時間が優華は好きだった。

「お待たせしました。」

しばらくすると安室が注文の品を持って現れた。ハムサンドにグリーンサラダ、ポトフ。明らかに栄養バランスが考慮された綺麗な色合いに優華の目が輝く。

「美味しそう・・・!」
「ごゆっくり召し上がって下さいね。」
「ありがとうございます。」

安室はニコリと笑うと別テーブルのお客様へ注文を取りに行く。それを見届けると、優華は頂きますと手を合わせる。そしてさっそくハムサンドへと手を伸ばし、パクリと一口食べた。

「お、美味しい・・・!」

想像以上に美味しくて驚いた優華の口からお世辞抜きの言葉が漏れる。これは当店大人気メニューと銘打たれるのもわかる。カウンター越しに作業をしていた女性店員は優華の本気の感動ぶりにクスクスと面白そうに笑う。

「気に入って頂けてよかったです。」
「本当に美味しいです!私、美味しいもの食べてる時が本当に幸せで・・・筆頭は甘いものですけど、このハムサンド絶妙すぎます・・・。」
「ふふ、実はそれ、安室さんがレシピ開発されたんですよ。」
「え、安室さんがレシピ開発?」


イケメンな上に料理も得意だなんて・・・最強すぎる。


どこまでも上を行く安室のスペックに優華は目を真ん丸にして固まってしまう他なかった。

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