Secret in the moonlight | ナノ


▽ 10


なんとか無事定時で仕事を終わらせた優華は上司や同僚達からゆっくり休めよ、と暖かい声を掛けられ帰ろうとしたところを、疾風に捕獲とばかりに捕まえられた。そしてそのまま無言でズルズルと引きずられていく。優華は戸惑いの声をあげながら助けを求めるように振り返るが、誰もそんな二人をとめることなく、それどころかにこやかに手を振って送り出されてしまった。無情にもドアがバタンと音を立てて閉まる。

「ただ単に睡眠不足って感じじゃなかったからなあ。疾風の尋問タイムだろうな。」
「せやな。まあ頑張りや〜優華ちゃん。」

疾風の優華に対する過剰な心配性は周知の事実。ここは彼に任せておこう。それが全員一致の考えだった。

―――

「で、昨日の夜何をしていた?」
「・・・。」
「ばれていないと思っているのか。正直に言え。」

ズルズルと引きずられて着いた先は休憩室だった。目的の場所に着くなり腕を組みじっと見下ろして尋ねてくる疾風に優華は顔を引きつらせる。だが、疾風がそんな優華の反応を気にするわけもなく、吐けとばかりに無言の圧力が加えられ、優華は観念するしかなかった。

「どうしてもあの場所に行きたくなって行ってきました。それで寝不足。」
「・・・やっぱりか。次の日の仕事に影響が出るようなことをするな。社会人だろう。」
「ごめんなさい。」

果たして今の自分は社会人というカテゴリーに入るのだろうか。そんなことを考えながらも、ぐうの音も出ない程正論を述べられ、優華は返す言葉もない。

・・・やっぱり疾風が悪魔だなんて信じられない。なんなら人間よりもマナーに厳しいんじゃないのか。

そんなことを思いながら疾風を見上げると金色の瞳と視線が交わる。

「で?それだけじゃないだろう。」

そこで終わるかと思いきや、やはり疾風の洞察眼は鋭かった。もはやごまかしなど通用しないことを悟った優華は諦めて白状する。

「・・・諸伏さんに頼まれた件の相手によく似た人に会った。最初本人だと思ったくらい本当によく似てたんだけど・・・別人だったみたい。」
「・・・会った?見かけた、じゃないのか?」
「それ。私人間に見えるようにしてないのに、彼が私に気づいて・・・本当驚いたよ。・・・彼、よっぽど霊感強いのかもしれないね。」
「・・・そいつの魂、うまいかもしれないな。」
「・・・疾風。」
「冗談だ。」

疾風は優華の咎めるような目に肩をすくめる。悪魔である疾風は人間の魂を好んで狙っていた時期もあった。人間の魂は悪魔としての力を高めるためには必要だが、今の疾風は悪魔ではあるが、その前に優華のパートナーだ。優華がもっと強い悪魔としての力を望むならばともかく、優華はそんなことは望まない。悪魔界で生きているわけでもないし、特にこれ以上悪魔としての力を求める必要はない。

「まあそうそう会うこともないだろうしな。」
「・・・ま、そうだよね。」
「お前が珍しく仕事中に居眠りするくらいだ。よっぽど疲れてるんだろう。明日は休みだ。ゆっくり過ごせ。」
「ん、ありがとう。またね。」
「ああ。」

そう言って疾風と別れると優華は歩き出す。

なぜか明日安室と会う約束をしていることは言えなかった。疾風のことをパートナーとして誰よりも信頼しているし、彼が自分のことを心配してくれているのはよくわかっているのに。

もちろんパートナーだからと言ってプライベートまで全てを話さなければいけないわけではない。だが、常日頃から疾風が自分のことを気にかけてくれていることをよくわかっている優華は、疾風に隠し事をしてしまったことに対してまるで染みが広がるように罪悪感がじわじわと広がっていく。それを振り払うように優華は首を振ると、再び歩き出す。そんな優華の様子を見ていた疾風は何かを案じるように目を細めるとその場から姿を消した。

―――――

その日、降谷が警察庁についたのは21時過ぎだった。ここのところポアロの仕事、組織での仕事とたてこんでいたため、本来の自分の職場へは久しぶりの登庁だった。

「降谷さん。お疲れ様です。」
「ああ。お疲れ様。」

風見以外はすでに帰宅しているようで、部屋にいたのは彼一人のみだった。隈の出来た目元にやはり仕事に追われていたことが分かり、降谷は眉を顰める。

「お前、しばらくまともに寝てないだろう。一体いつからここに缶詰になっている。」
「・・・4日前からです。」

スーツの上着を脱ぎながら訪ねると、気まずそうな返答があった。公安の仕事は不規則なこと極まりない。それは仕事の特性上やむを得ないことだ。それにしても4日間。いくら風見が優秀でもそろそろ休ませなければ、逆にミスを招きかねない。まだ仕事が残っているのか尋ねると粗方のめどはついたと答える彼に、一旦仮眠室で休憩を取り、今日はもう帰宅するように指示する。自宅でゆっくりと休ませてやりたいが、フラフラの状態で車を運転させるわけにもいかない。二次被害が出かねない。降谷は上司である自分を差し置いて休むことに躊躇する風見を半ば脅すように仮眠室へ押し込むと、久しぶりに自分のデスクに座り、風見がまとめてくれていた報告書に目を通し始める。

桜月優華。当時の年齢は23歳、巡査部長。2階級特進で警部。10年前の連続女子高生誘拐殺人事件の捜査に当たっている際に、誘拐されていた女子高生を発見、救出したものの、自分は銃撃を受けて死亡。

そして報告書に載っている写真は間違いなく昨日出会った彼女だった。採用当時のものだろう、今よりほんの少しだけ幼さが目立つような気がするものの、ほぼ昨日出会った姿と変わりなかった。

殉職したとされる桜月優華が生きているとすれば・・・もしかして公安案件か?

降谷の報告書に向ける視線が無意識のうちに鋭くなる。本当は生きている「桜月優華」という人物を殉職したことにして、別の人物になりすます。公安案件であればあり得ないことではないが、そうだとしても不可思議な点があった。降谷が知っている「桜月優華」は確かにこのリストに載っている人物に間違いないが、仮にもし彼女が生きているならば、なぜ報告書と変わらない姿のままなのか。この報告書が偽装されたものであるならば、日付は10年前なのにも関わらず現在の姿と写真がほぼ同じなのもおかしい。いくら童顔とは言え、あまりにも不自然だ。そしてもし彼女が「桜月優華」に成りすましている別人ならば、何らかの理由であえて当時の姿のまま変装しているという可能性もゼロではない。だが、データベースに残る当時のままの姿になりすますことはリスクが大きすぎる。一度怪しまれると一気に足がつきかねない。ということはおそらくなりすましの可能性も低いはず。

では彼女は一体何者なのか。本来色々な情報を処理することが得意である降谷だが、今回ばかりは解決に向かう糸口を見つけあぐねていた。

「ここで考えていても仕方ない・・・か。」

降谷は持っていた資料を机の上に無造作に投げ出す。バサッという音とともに乱雑に広がった報告書を一瞥した後、目を閉じて椅子にもたれかかり大きな息を吐きだした。いくら考えてもわからないならばこれ以上は時間の無駄だ。かと言って「降谷零」を知っているようなそぶりを見せる得体のしれない女をそのままにしておくことは出来ない。となればあとは自分でその答えを見つけるのみ。

「安室透」は探偵だ。謎を解き明かすのは得意である。

「さて・・・覚悟してもらおうか。」

そう呟いた降谷の瞳はまるで狙うべき獲物を見つけたとばかりに鋭いものだった。

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