Secret in the moonlight | ナノ


▽ 9


「桜月優華という女を調べろ。現在23歳で元警察官らしい。」

そう風見に指示を出したのは昨日の夜中、というよりもむしろ今朝方夜明け前といった方がいいような時間だった。多くの人が深い眠りについているだろう時間帯に数コールではっきりと出た風見の声からまた帰宅できず仕事に忙殺されているのだろうと容易に察知できた。風見は優秀な男だった。だからこそゼロである降谷との連絡係として配置されたのであろう。あからさまに表現はしないが、年下の上司である自分の我儘に振り回されながらも、常に全力でサポートに回ってくれる彼には非常に感謝していた。

朝の10時を少し過ぎたところ。今日は11時から夕方までポアロで仕事だ。ポアロに向かうため愛車を運転していた降谷は、スマホが震えるのに気づき、助手席においてあるスマホにチラリと視線をやる。そこに表示されているのは風見の名前だった。あれから半日も経っていないにも関わらずきた風見からの着信に、相変わらず仕事の速い男だと降谷は口端をあげながらイヤホンマイクで応答する。しかし、その後続く報告に降谷は動揺を誘われることになった。

「・・・もう一度言ってくれ。」

滅多にない反応をする降谷に風見は珍しいこともあるものだと思ったものの、報告を繰り返す。

『ですので・・・桜月優華という警察官は確かに警視庁に所属していました。ただし、それは10年前のことで、当時起きた女子高生連続誘拐殺人事件の捜査中に殉職しています。当時年齢は23歳でした。』

10年前の女子高生連続誘拐殺人事件。

そう言われれば10年くらい前に確かにそんな事件があったことを思い出す。念願だった警察官になったばかりで情熱にあふれて仕事についていた頃に起きた事件。それは女子高生を誘拐して暴行、殺害するという最悪な事件だった。しかも犯人はまさかの警察官。最後に誘拐された女子高生は女性警察官が身を挺して守ったおかげで助かったが、その女性警察官は死亡。守るべき立場の者が守らなければならない者を傷つける。当時の降谷にとって衝撃を受けた事件だった。

「・・・それは確かか?」
『データベースに改ざんの跡はありませんでしたので、おそらくは。・・・必要であればデータをお送りしましょうか。』
「いや・・・今日はポアロは夕方までだ。組織からの急な指示が入らない限り登庁する。関連資料をひとまとめにして僕の机に置いておいてくれ。それから念のためその情報に誤りがないかもう一度洗い出しを頼む。」
『わかりました。』

電話を終わらせるとイヤホンマイクを外す。愛車を走らせながら降谷は面倒なことになりそうだと溜息をついた。

桜月優華。勘違いから関わってしまった女。本来ならばその場で終わる程度の関係。だが、彼女がまるで「降谷零」を知っているかのような反応をしていたことからそうもいかなくなった。本名ですか?そう聞いてきた彼女の瞳はまるであなたが安室透なはずがない、とでも言いたそうだった。

彼女は一体何を知っている。

当然降谷には彼女に見覚えはなかった。だが、もしも警察官だったという優華の言葉が本当だったとしたら、降谷零を知っているという可能性がゼロとは言えない。限りなく低くはあるが。それに加えて今の風見の報告から問題はそこだけではなくなった。

殉職。風見は確かにそう言った。では昨日の彼女は何者だというのか。「桜月優華」に成り済ました何者かなのか、それとも殉職という情報が誤り、つまり改ざんされているのか。降谷の脳裏に昨夜の優華の姿が浮かぶ。

高校生位にしか見えない童顔。何かを知っているようだがそれを隠そうとして隠しきれていない抜けているとしか言いようのない言動、少しいい表現をしてみるならば嘘があまり得意ではない素直な性格といったところか。そして何を憂いているのか時折切なそうに揺らぐ瞳。昨夜接していて特に危険な人物だとは思えなかったが、そう思わせるための演技の可能性もゼロではない。もしそうだとしたらなかなかの人物だ。

「まあ後は実際に報告書を確認してからだな。」

降谷はそう呟くと、「安室透」の仮面を張り付けてポアロを目指した。

―――――

一方、十王庁。召喚課ではコツコツ・・・と机を指でリズミカルに叩く音が響いていた。机に課長とある年かさのその男の視線はある女から離れないが、視線の先の女はそのことに全く気付くそぶりもない。男は大きなため息をつくと―。

「桜月くん!」
「はいっ!!」

優華ははじかれるように椅子から飛び起き、思わず敬礼をする。これは優華の生前染みついた職業病というものだろうか。まるでお手本のような一寸の間違いもない角度の敬礼に周囲の同僚達は笑い出す。一方で優華はといえば、敬礼状態のまま目をぱちぱちとさせ、何があったのかわからないという顔で固まっていた。そんな優華を見て、疾風は呆れたようにため息をつく。

「今日はどうしたんだ。いつも真面目な君が居眠りだなんてめずらしいな。」
「・・・すみません。夕べちょっと寝不足だったもので・・・。」

夕べの波乱の出来事に、優華は自宅に戻ってからもなかなか寝付けず、ようやく眠りについたのは夜明け前。そのため、またすぐに目覚まし時計に起こされ、ほぼ徹夜状態での登庁となってしまったのだった。自業自得だが睡眠不足はつらい。

「優華ちゃん。これ食べなよ。」

斜め前から紫安の瞳を持つ先輩が清涼系のガムを渡してくれる。

「わ、ありがとう。都筑さん。」
「あとちょっとだし、しっかり噛んで仕事頑張りなよ。」

都筑の人当たりのいい笑顔に優華もつられて思わず笑顔になる。だが、そんな都筑の台詞を聞いた課長の米神に青筋が浮かぶ。

「万年昼行燈のお前が先輩風を吹かせて偉そうなことを言うな!」
「今度は俺!?」

課長の矛先が思わぬ形で自分に向かい都筑は焦るものの、課長の怒りはとどまることを知らない。

「だいたいお前は!」
「課長、勘弁してくださいよ!」

完全に藪蛇状態の都筑に呆れ笑いをする同僚たちはいつもの光景を生暖かい目で見守る。そこには死神と呼ばれる者達とは思えない和やかな雰囲気が漂っていた。

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