Secret in the moonlight | ナノ


▽ 8


独特のエンジン音が響き渡る車内で、優華は手慣れた様子でシフトレバーを操作する安室にチラリと視線をやる。その滑らかなシフトチェンジは車の特性を体に染みつかせているようで、まさに人馬一体のようだった。

それにしても本当一挙手一投足が絵になる人だ。助手席に乗せた女の人はみんな彼に見惚れてしまいそう。

「そんなに見つめられるとさすがに恥ずかしいんですが。」

そんなことを考えていると安室が苦笑いしながら優華の方をチラリと見る。いつの間にか随分と凝視してしまったらしい。初対面の相手になんて失礼だ。ごめんなさい、と謝ると慌てて視線を外す。するとそういえば、と安室が切り出し、優華は再び安室の方へ視線をやる。

「失礼を承知でお尋ねしますが、さっきから昔とおっしゃっていましたが、桜月さんはおいくつですか?僕はてっきり高校生くらいかと思っていたのですが・・・免許を持たれているということは少なくとも18以上ですよね。」
「・・・これでも23になります。」
「・・・それは、失礼しました。」

安室が静かに動揺しているのがわかり、優華は思わず笑ってしまう。

「気にしないでください。昔からよく言われるので。20過ぎているのに夜の街で補導されかけたことは数知れずです。」
「それは大変でしたね。」
「正直最初は腹立ちましたが、途中から一体何歳まで補導されかけるか楽しむことにしました。」

予想外の返答に安室はそれは前向きだ、と笑う。

「そういう安室さんはおいくつなんですか?」
「僕は29です。」
「え!?」

優華は思わず大きな声を上げて安室を凝視する。見えない。と雄弁に語る優華の反応に安室は苦笑いをする。

「僕もその反応はしょっちゅうです。」
「すみません・・・。てっきり私とそんなに変わらない位かと思ってました。」

まさかそんなに年上だとは。まさに青天の霹靂である。

「僕も頑張れば大学生くらいならなりすませますかね。」
「絶対余裕でいけます。」

優華が思わず本気で答えると、安室はそうですか?とおかしそうに笑い、思わず優華もつられて笑う。

優華は本来あまり初対面の相手とすぐに打ち解けられる性格ではなかった。どちらかというと時間をかけて相手との距離をはかるタイプだ。それなのに安室とは不思議と肩の力を抜いて接することが出来る。安室が穏やかで人当たりのいいタイプだからかもしれないが、不思議な感覚だった。

―――――

安室とたわいもない会話をしていると、車はあっという間に優華が昔住んでいた町に辿りつく。自宅の場所を尋ねられた優華が駅の近くだと伝えると、駅前のロータリーで大丈夫ですか?と聞かれたので、お願いしますと答える。すると車は駅を目指して走り出した。しばらくすると駅が見えて、ゆっくりとロータリーに車が停められる。

「あの、今日は色々と本当にありがとうございました。タオル、洗って今度お返しさせて下さい。それと改めて今度お礼をさせて頂きたいんですが・・・。」
「タオルはたまたまあったものですし、本当に気にしなくていいんですよ。・・・と言っても桜月さんの性格上気にしてしまいそうですね。ではお願いしましょうか。それから本当にお礼はいらないので、そのかわりに今度僕の働いているお店にいらして下さいませんか?」
「お店、ですか?」

優華は目を丸くして首をかしげる。

「ええ。米花町にポアロという喫茶店があるんですけど、僕はそこで働いでいるんです。ここからならそこまで遠くないですし、食事からデザートまで結構いい評判は頂いているんですよ。いかがですか?」

米花町ならばここから2駅だ。安室から差し出されたショップカードを見ると、駅からもそんなに離れておらず、行きやすそうだ。評判のいいデザート、と聞いて優華のスイーツ好き魂がむくむくと膨れ上がる。

「でも・・・ご迷惑じゃありませんか?」
「まさか。迷惑なら誘いませんよ。今日は色々お話しできて楽しかったですし、ぜひまたお会いしたいです。もちろん桜月さんが嫌でなければ、ですが。」
「嫌だなんてとんでもないです。それでは是非お邪魔させて下さい。明後日はちょうど仕事が休みの予定なので、もしよければ明後日のお昼に伺ってもいいですか?」
「もちろんです。ぜひいらしてください。楽しみにしていますので。お近くとのことですが、家にたどり着くまで油断せずに気をつけて帰って下さいね。」
「安室さんお母さんみたいです。」

優華はクスクスと笑う。安室は心外ですね、と少し眉を下げて笑い返す。その姿は童顔な安室をさらに若く見せた。優華がゆっくりとドアを開けて車から降りると、安室が助手席の方に身を乗り出すようにして声をかけてくる。

「ではお気をつけて。おやすみなさい。」
「ありがとうございます。おやすみなさい。」

安室と挨拶を交わした後、一瞬どうしたものかと悩むが、このまま立ち尽くしているわけにもいかない。

とりあえず自宅があった近くまで歩くことにしよう。

そう決めた優華はまっすぐに道を歩き出した。一方の安室はしばらく優華の様子を伺っていたものの、その姿が消えると愛車を走らせ始める。その表情はすでに「安室透」のものではなかった。耳にイヤホンマイクを装着させるとスマホをタップして目的の人物の名前を表示させる。数コールで応答があった。

「風見か?こんな時間にすまない。至急ある人物の調査を頼む。」

鋭く真っ直ぐに前を見つめる瞳―それは間違いなく「降谷零」、その男のものだった。

prev / next

[ back to main ]