Secret in the moonlight | ナノ


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安室に連れられて少し離れている場所にとめてあるという彼の車の元まで歩いていく。濡れた靴で砂浜を歩くと砂が靴に纏わり付いて歩き辛いが、まさに自業自得なので誰にも文句を言えるわけもない。少しして見えてきた安室の車に優華は思わず声を漏らして立ち止まる。

「あ・・・。」
「どうかされましたか?」

立ち止まったまま車を凝視する優華に安室は首をかしげる。

「いえ、すみません。実は私も昔同じ車に乗っていたんです。色も白で同じだったから懐かしくなっちゃいました。」

優華は懐かしそうに眼を細める。

そう、優華は見かけによらず車好きだった。何の目的もなく自分の気持ちの赴くままにドライブをすることは優華にとって癒しのひと時だった。今となってはもう車を運転することは出来ないけれど、それでもかつての自分の愛車と同じ車に思わず顔がほころぶ。

「おや、意外ですね。」
「そうですか?・・・そういえば昔、友人に車と私を二度見してビックリされたことが何回かありますね。」
「お友達の気持ちがわかりますね。」

安室は全く持って同感だというように笑う。

「それにしても綺麗・・・。この子大事にされているんですね。」
「時々無茶なこともさせてしまいますけどね。僕の大事な相棒ですから。」

―相棒という言葉。そして綺麗に磨かれたボディに、安室がこの車を本当に大切にしているのよくわかる。安室はドアをあけて狭い後部座席からそれほど大きくはないボストンバックを引っ張り出すと、そこからタオルを取り出す。

「ちょうどタオルがあるので使ってください。足が濡れたままだと足元から冷えて風邪をひいてしまいますから。」
「でも・・・。」
「桜月さん?」
「・・・お借りします。」

ここでタオルまで借りてしまうなんて・・・と一瞬躊躇した優華だったが、安室の有無を言わさない笑顔に早々と屈し、大人しくタオルを借りることにした。先ほどのやりとりから彼に歯向かうのはあまり得策ではない、と学んでしまったばかりだった。優華が素直にタオルを手にしたことに満足そうに口元をあげた安室は、自分が使うためのタオルを取り出した。お互いある程度足元を綺麗にすると車に乗り込む。安室に自宅を尋ねられた優華は仕方なく生前住んでいた町の名をあげた。ここからは30分くらいで着きそうな距離だ。車はまるで滑るように走りだした。

久しぶりに乗った自分と同型の車。独特のエンジン音に優華の頬が緩む。なぜだか座り心地もひどく自分の体に馴染むような気がする。

「やっぱりいいですね。この車。」
「桜月さんは本当にこの車がお好きなんですね。」
「中学生の時から憧れていた車なんですよ。どうしても乗りたくて頑張って買ったんです。」

その言葉は本当だった。だが、優華が車の免許を取って運転できるようになった時にはこの車はもう生産終了となっており、中古車しかなかった。しかも程度のいいものは非常に高価で働き始めたばかりの優華が買えるようなものではなかった。そこそこ良心的な値段で、なおかつある程度の状態の良さを抑えているものを探すため、色々と中古車店を見て回ったのを思い出す。何件も回ってようやく出会えた車は綺麗な白のボディだった。そこで即決して店員に唖然とされたのは今でも忘れられない。

「昔、ということは今はもう手放されたんですか?」
「・・・維持費が高くて泣く泣く手放しました。」
「まあ確かに金食い虫なのは否定できませんね。」

笑う安室に、ですよね、と答える優華の瞳が一瞬悲し気に伏せられる。
優華が命を落とした後、愛車がどうなったのか今となっては知る由もない。でもきっとどこかで誰かに大切に乗ってもらっていることだろう。
そう自分に言い聞かせるように優華はゆっくりと瞳を閉じる。そんな優華に安室はチラリと探るような視線を送るが、そのことに彼女が気づくことはなかった。

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