貴方という光の道標 | ナノ


▽ 6


「住所が存在しない・・・?そ、そんなわけないです。私の家は間違いなくそこだもの!今朝だって間違いなく家を出て仕事に行ったんです。・・・そうだ。」

少しの沈黙の後に気を取り直した優華は、先程安室から渡された袋からスマホを取り出すと手帳型ケースを開く。そしてそこに入れていた免許証を取り出した。そこには間違いなく優華が記憶している住所が記載されている。それを確認すると安室へと免許証を差し出す。

「これ、私の免許証です。さっき言った住所が書かれています。」

安室は差し出された免許証を受け取ると目を通す。そこには確かに優華が今言った通りの住所が記載されている。

「確かに・・・先程桜月さんがおっしゃった通りの住所が記載されていますね・・・。」

それは確かにこの国で使用されている免許証に違いなかった。だが、やはりそこに記載されている住所は東京にはない住所だ。ただ一つ気づいたことがあった。この住所は全く出鱈目なわけでもなく、実在する地名と一部分ずつが違うということだった。偽造という可能性ももちろんあるが、わざわざ存在しない住所の免許証を偽造する意味があるとも思えない。それに加えて先ほどの「毛利小五郎」という名前にも全く覚えのないような態度。そして何より公安が隅なくチェックをした上で敷いていたネズミ一匹入り込めない程の厳重警備をかいくぐったかのように突然現れた事実。安室の脳裏に一つの考えが浮かぶ。だが、そんなことがありえるというのか。安室は難しい顔をして考えこんだ後に優華に向き合う。

「桜月さん、あなたのスマホは通じますか?」
「え?スマホ、ですか?」

突然ふられた脈絡のない話題に一瞬首をかしげると、優華はスマホの画面を起動させる。そして画面を目にした優華は目を見開く。

「圏外・・・?」

病院だからなのだろうか。優華は一瞬そんなことを考えたが、その思考は次の安室の言葉で否定された。

「そうですか・・・。僕のスマホは圏外ではないんですよ。実際先程問題なく検索出来ましたし。」
「じゃあ崖から落ちたときの衝撃で壊れた・・・?」

優華は困ったように自分のスマホを見つめる。壊れてしまったのであれば新しいものを買わなくてはならない。今の情報化社会ではスマホはもはや必須アイテムだ。

「もし桜月さんがよろしければスマホを少し見せて頂いてもよろしいですか?」
「あ、はい。」

優華は安室にスマホを手渡すと、安室はスマホの裏表を見た後に少しだけ考え込むような仕草を見せる。

「ケースから外してもいいですか?」
「はい、どうぞ。」

安室は優華の了承を得るとケースからスマホを取り外す。そして取り外したスマホの背面を見るとそこにはリンゴが欠けたようなマークが印字されている。それは安室にとって見たことのないものだった。だが、それはおくびにも出さず、元通りにケースに収めると優華へと返す。

「見た感じ綺麗なままですし、衝撃で壊れたという感じではなさそうですね。」
「でも・・・。」
「それに――。」

何かあるのかと言わんばかりの不思議そうな顔をした優華に視線を送られ、安室は少し困ったように視線を返す。

「不可能なものを排除していって、残ったものがどんなに信じられないものだとしても、それが真実・・・でしたね。」
「安室さん・・・?」

安室の言葉に優華は首を傾げる。そんな優華に安室は真剣な瞳を向けた。

「桜月さん・・・あなたは十中八九、この世界の人間ではないと思います。」

「・・・は?」

安室から真剣な表情で告げられたその言葉を受けて、優華はただただポカンとした顔で安室を見つめるしかなかった。

「・・・ごめんなさい。おっしゃってる意味がよくわからないんですけど・・・。」

しばらく訪れた沈黙の後に優華はなんとか声を絞り出すようにして安室に言葉を返した。

この世界の人間ではない。確かに今安室はそう言った。けれどその内容はあっさりそうですかと受け入れるようなものではなかった。

「まず最初にあなたは警察が事前に入念に下調べをして不審者がいないことを確認したうえで誰も侵入できないように厳重警備されていたビルに現れたこと。僕もちょうど警察に協力していたからわかりますが、あの厳重警備を掻い潜ってあのビルに入るのは難しい。そして次に僕が毛利小五郎の弟子だと話した時の反応です。あなたは毛利小五郎という言葉を聞いて全く聞き覚えのないような反応をしました。・・・間違いなく毛利小五郎という探偵をご存じないのですよね?」
「はい・・・。」
「毛利小五郎は今や押しも押されぬ名探偵。この国で彼のことを知らない人はほとんどいないと思います。たとえ顔は分からなくても名前は知っている人がほとんどでしょう。仮にあなたが世の中から離れた生活を送っていたのならわかりますが、あなたはスマホも持っていてそれを当たり前のように使っている。ということはあなたは常日頃から様々な情報に触れて生活していたはずです。それなのに毛利小五郎のことを知らないというのはあまりにも不自然すぎる。」

そこまで有名な人物だったとは思わず、優華は目を瞬かせるしかなかった。安室はそんな優華を見やりながらも話を続ける。

「そして最後にあなたが持っていた免許証です。先ほど拝見したところ、確かにこの国が発行している免許証とほぼ同じものと思われました。けれどそこに記載されている住所は先ほども話した通りこの国には存在しない住所です。偽造という点もありえますが、わざわざ存在しない住所を記載した偽造免許証など意味がない。それどころか逆に疑われるものでしかありえない。それにも関わらずあなたはその免許証を迷いなく差し出した。自分が話していることが本当のことを証明するために。ということはあなたにとってはその免許証とその住所は間違いなく慣れ親しんだ本当のものということです。」

優華は口をはさむことも出来ず、ただただ唖然として安室を見続ける。

「これらの情報を総合的に考えると、あなたはこの世界の人間ではなく、何らかの事情でこの世界に迷い込んだ、例えるならば世界を超えた迷子・・・といったところではないかと。」
「・・・これドッキリですか?そうですよね?ほら、テレビでもあるじゃないですか。一般人にドッキリを仕掛けるって番組!」
「残念ながらドッキリではないです。」
「・・・嘘だ。そんなことって・・・。」

優華の顔からは血の気がひいていた。あまりにも想像を絶する状況にただただ絶句するしかなく、その手は動揺を表すかのように微かに震えている。

「今は色んなことがありすぎて混乱されているでしょう。今日はもう休まれてください。明日またこれからのことについてなどお話ししましょう。」
「・・・。」

不安で潰されそうになっている優華のすがるような視線を受けて安室は優しく微笑むと、横になるように促す。優華は促されるままゆっくりとベットへと体を横たえる。元々体へ負担がきていた優華はすぐに意識がゆるゆると揺らいでいく。

「そんな顔をしないでください。きっとなんとかなります。今は自分の体のことだけ考えて下さい。あなたが眠るまで僕がついていますから。」
「・・・ありがとう・・・ございます・・・。」

それだけ呟くように答えると優華は意識を失ったように眠りについた。しばらくその姿を見ていた安室は優華が確実に眠りについたのを確認すると大きくため息を吐いた。

「まさかこんなことが起こりえるとはな。」

異世界からの異邦人。安室は基本的に現実主義者であるし、そんな非現実的なことに遭遇するなど予想だに出来なかった。だが、桜月優華の言動や持ち物は全てがそれを主張していた。本人の反応を見る限り、それは嘘などではないとよくわかる。

「さて、どうしたものか・・・。」

安室は思案するように顎に手を置いていたが、しばらくするとそっと病室を後にした。

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