貴方という光の道標 | ナノ


▽ 2


気がつくと優華は真っ白な空間にいた。ここは一体どこだろう。音もなく見渡す限り白の世界。平坦な場所に立っている感覚はあるのに、何もかも真っ白すぎて平衡感覚もなくしてしまいそうだ。このまま白の世界に溶けて飲み込まれてしまうような感覚に陥り、優華はたまらず座り込んで膝を抱える。

「優華。」

突如聞こえてきた懐かしい声に優華ははじかれた様に振り返る。するとそこにいたのは会いたくて仕方のなかった、たった一人の兄だった。

「お、兄ちゃ・・・。」

なぜここに死んだはずの兄がいるのか。そもそもここはどこなのか。知りたいことはいくらでもあったが、それよりももう二度と会うことはかなわないと思っていた兄がそこにいる。優華にとってはそれが何よりも一番だった。優華が勢いよくその胸に飛び込むとその綺麗な金糸のような髪がサラリとなびいた。兄は勢いよく飛び込んできた優華の体をしっかりとうけとめると優しく髪をなでる。昔と変わらないその手の心地よさに優華はたまらず目を細める。

「お兄ちゃん・・・っ!」
「優華、久しぶりだな。」

思わず涙声になってしまった優華に対して、兄の方はまるで数日ぶりにあったくらいの軽い感じで言葉を返す。

「私、お兄ちゃんに謝りたかったの。ごめんなさい・・・。私のせいでお兄ちゃんは・・・っ。謝ってすむことじゃないのはわかってるけど・・・ごめんなさい・・・っ!」

兄の胸元に顔を埋めたまま苦しそうに吐き出す優華に苦笑いを浮かべると、そっと優しくその髪をなでる。

「お前のせいじゃない。それに俺はお前を守れて満足している。お前は俺の大切な・・・妹だからな。」
「お、兄ちゃん・・・。」

その言葉に優華の瞳からは涙がこぼれた。どこまでも優華を優先してくれていた生前の兄のままだ。生きていればきっと兄にも輝かしい未来があったはずなのに。そんなことを考えると優華は胸が締め付けられるようだった。

「ずっとお前を見守ってたよ。誰にも心を許さず一人で無理して立ってるその姿をな。」
「お兄ちゃん・・・。」

ポンポンとあやすように頭を軽くたたかれる。優華はこの手が何よりも大好きだった。

「もう無理をするな。この先きっとお前は信頼できる相手に巡り合える。」
「・・・そんな相手いらない。私が信じられるのはお兄ちゃんだけ。」

優華はそれだけ言うと兄にギュッと抱きつく。その姿はまるでそれ以上は何も聞く気がないと言わんばかりだ。

「お前は変わらないな・・・。」

そんなかたくなな態度の優華に兄は思わず苦笑いする。

「そう言うな。お前にはまだまだ未来があるんだ。これからもいつだって俺はお前を見守っているからな。・・・優華―――。」
「お兄ちゃん!?」

待って。置いていかないで―――。

―――――

「・・・面倒なことに巻き込まれたな。」
「そうですね。あのままにしておくわけにはいかないのはわかっていますが・・・。」
「まあな。あの状況下だ。可能性としては低いとは思うが組織の関係者・・・という可能性も否定できない。」

米花警察病院のとある病室。降谷と風見は目の前のベットで眠り続ける女に揃ってため息をついた。

降谷達は組織に絡んだ取引の現場を押さえるためにとある廃ビルをはっていた。情報源は降谷がバーボンとして方々から仕入れたもので、間違いない情報だった。そのため公安は事前にその廃ビルの配置図を手に入れた上で徹底して現場に不審人物が潜んでいないか、また不審物が置かれていないか調査をして、人っ子一人進入できないように厳戒体制で全ての出入り口をはっていた。にも拘わらず目の前で眠り続ける女はいつの間にか内部に侵入していた。しかも降谷達がその存在に気づいたのは組織の連中を取り押さえた直後だった。それまで全く感じれていなかった気配の出現に驚き、警戒しつつ気配の元を探るとそこにいたのは意識を失った傷まみれの女だったというわけだ。全く持って意味が分からなかった。いずれにしてもそのまま放っておくわけにもいかず、米花警察病院に運び込み、秘密裏に診察してもらったのだ。医者の見立てでは傷の数自体は多いものの、体に深刻なダメージを残すようなものはないということで、あとは目を覚ますのを待つだけということだった。しかし、当の本人は全く目を覚ます気配はなく、昏々と眠り続けており、彼女の目覚めをずっと待っている降谷達がため息をついてしまうのも無理なかった。

「・・・もし仮にこの女性が今回の件と関係がなかったとしても、一体どうやって入り込んだというのでしょうか。全ての出入り口を監視していたというのに。」
「・・・それは本人に聞いた方がよさそうだな。」

降谷の言葉に風見ははっとしたように女へと視線を送る。女はその瞳を閉じたままゆっくりとその手を宙に伸ばそうとしていた。その手はそのまますぐそばに立っていた降谷の方へとのばされ、降谷は眉間に皴を寄せる。だが、依然女のその目は閉じられたままで、夢現の状態であることがわかる。

「・・・いや・・・。行かないで・・・。」

誰かにすがるように呟かれたその言葉には悲しみに溢れている。

「・・・守ってくれたのに、ごめんね。――でも・・・もう一人は、疲れた・・・。お兄ちゃんのところに・・・いきたい・・・。」

それだけ言うとその細い手はぱたりとベッドに投げ出された。その胸が規則的に上下していることから、再び眠りについたのだろう。その目尻には涙があふれており、降谷は何とも言えない気持ちを抱きながらその姿を見つめ続けた。

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