貴方という光の道標 | ナノ


▽ 11


その後携帯の契約も済ませて一通りのことはやり終えた二人は米花ショッピングモールを後にした。車内では安室が名探偵である毛利小五郎の弟子をしながら一人前の探偵を目指していること、毛利小五郎の探偵事務所があるビルの1階にあるポアロという喫茶店でアルバイトをしていることなどを教えてもらった。また、他にも工藤新一という有名な高校生探偵や、ポアロによく来る女子高生探偵などもいるらしい。元の世界では全く探偵という職種に縁がなかったし、そもそも探偵という職種についている人がピックアップされるようなこともあまりなかったので、こうも有名な探偵が次々といるというのは優華にとって不思議としかいいようのない感覚だった。ただ、こうして色々と会話をしてほんの少し安室の人となりがわかったこともあり、優華はほんの少しだけ肩の力を抜いて安室と接することが出来るようになった気がする。優華はそんなことを考えながら微かに笑みを浮かべた。

ーーー

「桜月さん、あなたは怪我人なんですよ。大人しくベットで寝てください。」
「絶対にそれだけはお断りです。私は床で大丈夫ですので安室さんがベットで寝てください。」

その夜早くも問題が勃発した。お風呂からあがって一息ついた優華に安室がベットで寝るように告げたところ、優華は断固としてベットを拒否したのだ。だが安室とて女性を床に転がして自分一人がベットで眠らせるような無粋な真似は絶対に許容できない。二人の間にはバチバチと火花が散っているような雰囲気が漂っていた。

「このお部屋は畳敷ですし、平気ですから。」

絶対にここばかりは譲らないとばかりに強い意思を宿した瞳でそう言い切る優華に、安室は苦笑いを浮かべる。

どうやら桜月優華という人物は意外に頑固らしい。

そう判断した安室は、断固としてベットを拒否する優華に最終手段を持ち出すことにした。

「・・・いいですか。あなたはまだ怪我が治りきっていないんです。まずは怪我を完治させることが何より優先です。怪我が完治したらあなたの言い分も聞いてあげますから今は諦めて大人しくベットで寝てください。僕は今からシャワーを浴びてきますが、その間にもしも床で寝ていたら・・・問答無用で抱き上げてベットまで連れていきますからね。これでも僕は鍛えてますから貴方くらい造作もないですから。」
「・・・。」

わざとらしいまでの笑顔で半ば脅しのように言うと、優華の顔は一瞬の沈黙の後に真っ赤に染まっていく。生憎こんなイケメンにそんなことを言われて平然としていられるほど優華は男慣れしていなかった。優華は幾度か口をパクパクさせた後、俯いたまま、わかりました・・・と小さな声で呟くと大人しくベットへと納まった。それを確認すると安室は満足そうな笑みを浮かべる。

「ではゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい。」
「・・・おやすみなさい。」

小さなくぐもった声で返された声を聞いた安室は浴室へと向かった。

ーーー

安室がシャワーを終えて出てくると、優華はすうすうと寝息を立てながら眠りについていた。今日一日色々と動き回ったことでやはり疲れてしまったらしい。かろうじてベットでは寝ているものの、遠慮しているのだろう、隅っこの方で丸く小さくなっている優華を見て、安室はそこまで遠慮しなくてもいいのにと苦笑いを浮かべる。そんなことを考えながらも安室の脳裏には今朝の出来事を思い返されていた。

『夢じゃ、なかった・・・。』

優華が退院することが決まっていた今朝方。突如耳元に聞こえてきたその声。それは密かに盗聴器を仕掛けておいた優華の病室からの音声だった。昨夜の話から十中八九世界を超えた異邦人と思われる彼女だったが、当然ながらそれをそのまま信じて野放しにするわけにもいかず、盗聴器だけは仕掛けておいた。だがやはり心身ともにダメージが大きかったらしく、優華は昨夜眠ってから朝方まで一度も目を覚ますこともなく眠り続けていたようだ。そして目覚めた第一声の落胆したようなその音声からは彼女が目覚めたら元の世界に戻っていたという状況を切望していたことが容易に読み取れた。

『お兄ちゃん・・・私どうしたらいいの・・・。』

今にも泣きだしそうな声ですがるように吐き出された小さな小さなその声。それを聞いた瞬間、なぜか安室の胸は柄にもなくチリリと傷んだ。今日はとりあえず事情聴取は延期させたものの、近い内に一応形ばかりの事情聴取は受けておいてもらわなければならない。風見には昨夜のうちにある程度の説明はしてあるものの、それを聞いた風見は盛大に眉間に皴を寄せた後、酷く戸惑った顔で視線を向けてきたことを思い出す。とはいえ、風見の反応は至極当然な反応だろう。正直なところ、安室もあの免許証やスマホ等がなければ到底信じられなかったと思う。それほど優華の身に起きたことは不可思議なことこの上ない出来事だった。――最もその免許証やスマホすら安室を惑わすための罠、という可能性も完全にゼロとは言い切ることは出来ない。その可能性も頭の隅に置きつつ、念のためその後の優華の反応を注意深く見ていたが、その言動には一貫性があり、特に怪しい行動をするようなそぶりも見られなかった。

そして今安室の目の前にはあどけない顔で眠る優華。その姿には警戒心の欠片すら浮かんでおらず、逆に仮にも自分という男が同じ空間にいるのにそれでいいのかと思ってしまうほどだ。これを警戒しろと言われても馬鹿馬鹿しいレベルだとすら思ってしまう。それらを総合的に考えると「桜月優華」という人物は、ほぼ間違いなく本来の自分が守らなければならない国民の一人と見てほぼ間違いはないだろう。

ただ、問題は優華の極度の警察への嫌悪感だった。たとえ優華が怪しい人間ではないとしてこのまま解放したところで何の身元の証明も出来ない状態では真っ当に生きていくことは難しい。公安として非合法ではあるが手を回して身分を作ることも出来ないことはないが、例えそれを伝えたところで優華は間違いなくそれを全力で拒否するだろう。いずれにしても優華の身に起きたことはもう少し調査は必要ではあるし、その間に「安室透」が優華の警察への嫌悪感をぬぐい取り、優華が警察からのフォローを受け入れる方向へもっていく。それが最善だろう。もちろんそれまでに優華が元の世界に戻れることが一番いいのだが、それは今の段階では何とも言えない。そんなことを考えながら安室が優華に視線を送ると、優華は相変わらず何の警戒心も抱いてないような穏やかな顔で眠り続けていた。それを見て安室は笑みを浮かべる。

「おやすみなさい。いい夢を。」

安室は眠る優華にそう告げると、そっと寝室を後にした。

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