貴方という光の道標 | ナノ


▽ 10


「ところで桜月さん、体の調子はどうですか?」
「おかげさまで昨日に比べたらだいぶ楽になりました。」

ふいに安室に体調を尋ねられた優華は不思議に思いながらも答える。実際怪我はまだ痛むものの、昨夜は泥のように眠ったおかげか、随分と体の重苦しさはなくなっていた。

「それはよかったです。今から少し動けそうですか?」
「はい、大丈夫です。」
「では今から携帯の契約と桜月さんの必要なものを買いに行きましょう。」
「必要なもの・・・ですか?」

きょとんとしたまま首を傾げる優華に安室はチラリと視線を送りながら話を続ける。

「今桜月さんはほとんど何も持っていないに等しいでしょう?生活するうえで必要なものを買っておかないと。さっきも言いましたが、お金のことは気にしなくて大丈夫ですから。」

そう安室に言われて優華は改めて自分の体に視線を落とした。今優華が持っているものは、着ていた礼服1着に安室が用意してくれたワンピース1着、そして元の世界から一緒にこっちへと飛ばされてきた役に立たないスマホと車の鍵、そして宝物である懐中時計だけだ。確かにこれではとても生活できるような状況ではない。しかもいつ元の世界に戻れるのかもわからない状況なのだから尚更だ。どうしたものかと一瞬迷ったものの、朝の安室の言葉を思い出して素直に安室の好意に甘えることにした。

「・・・それでは申し訳ないですが、お願いできますか?」
「ええ、もちろん。」
「お金は必ず後日お返ししますので。」
「桜月さんは律儀ですね。そんなに気にしなくていいのに。」

苦笑いする安室に優華は首を横に振る。

「いいえ、ただでさえご迷惑をかけているのに・・・必ずお返しします。」
「・・・わかりました。でも焦らないでくださいね。今のあなたに必要なのは休息ですから。」
「・・・ありがとうございます。」

それでもどこまでも優しく接してくれる安室に優華は余計に申し訳なさでいっぱいになった。

生活に必要なものをそろえるためにどこに買い物に行くか相談した結果、二人は少し離れた場所にあるショッピングモールに行くことにした。安室によると、そこはかなり大きなショッピングモールでこの界隈では一番品揃えがいいとのことだった。そこならば一気に必要なものを買い揃えることが出来そうだ。買わなければならないものをある程度リストアップすると、二人は再び安室の愛車に乗りこみ、ショッピングモールを目指した。

安室に連れてこられた米花ショッピングモールは最初に聞いていた通り、かなりの大きさのショッピングモールだった。案内板を見ながら必要なものを置いてあると思われるお店を回っていくが、ここで一つの誤算が生じた。それは安室が必要以上に物を買い与えようとすることだった。安室としては女性である優華に不自由な思いをさせないようにとの思いだろう。優華は本当に最低限度のものだけあればいいと安室に主張したものの、桜月さんが選ばないのなら僕が勝手にきめてしまいますよとニッコリと笑いながら言った。最初はただの冗談かと思いきや、高級ショップのワンピースを見て優華に似合いそうだと言いだして買おうとしていた安室に優華はギブアップして自分で選ばせてほしいと伝えた。

・・・あれは冗談ではなく間違いなく本気で買おうとしていた。

優華はそんなことを考えて軽くため息をついた。高級ショップの服なんて万が一汚してしまったらどうしようと考えてしまうだけでとても着たいとは思えない。それよりも汚れてしまっても何も気にせず思いきりじゃぶじゃぶと洗えるリーズナブルな服の方がよっぽどいい。そんなことを思いながらその後比較的リーズナブルに買えるお店でジーンズやロングスカート、そしてシャツやチュニック等、そして下着等を何着かずつを購入した。その後最低限度の化粧品や日用品を買った二人はカフェに入って一旦休憩をすることにした。

「桜月さんは何にしますか?」
「えっと・・・じゃあアイスカフェラテでお願いします。」
「僕はブラックコーヒーをアイスで。」

かしこまりましたと告げてテーブルから離れていく店員を見送った後、安室は優華に声をかける。

「ちょっと一気に買い物しすぎちゃいましたね。体は大丈夫ですか?しんどくありませんか?」
「はい、大丈夫です。それに正直気分転換になって楽しかったんです。ありがとうございました。」
「そうですか。それならばよかったです。」

少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうにほほ笑む優華に安室も目を細めて笑った。しばらくすると注文した商品が届けられて二人はそれを飲みながら他愛もない会話を交わした後、安室はところで、と切り出した。

「こちらはあなたがいたところと比べてどうですか?生活していく上で問題はなさそうですか?」
「そうですね。正直なところ、私がいたところとあまりにも似通っていて本当に違うところなのか疑ってしまいそうなレベルです。なので生活上問題はないと思います。」
「そうですか。それはせめてもの救いですね。」

確かに今までの生活とほとんど変わらない生活習慣は有難かった。けれど何よりも今の優華にとって恵まれていたといえることは一つしかなかった。

「いえ・・・私にとって一番の救いは安室さんに出会えたことです。安室さんに出会えなければ私どうなっていたか・・・。本当にありがとうございます。」

飲みかけのカフェラテをテーブルに置き、頭を下げる優華に、安室は殊更穏やかに声をかける。

「そんなことは気にしないでください。いつかあなたが元居たところへ帰る日が来るまで手伝えることがあれば手伝いますので、いつでもおっしゃってください。」
「ありがとうございます。」

そう言った優華は出会って一番柔らかい表情で微笑んだ。

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