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病院を後にしてしばらく走った後、時間的には少し早いものの、コンビニによって昼ご飯を買うことになった。安室が車を止めたコンビニは優華の世界では誰もが知っているコンビニを連想させる名前だった。掲げられた看板を見つめながら優華は安室とともにコンビニに入る。店員の間延びしたいらっしゃいませの声を聞きながら優華はキョロキョロと辺りを見回すが、その作りは外観同様優華の世界と全く変わりがない。近くにある新商品と強調されているお菓子を見ると、やはり有名な菓子メーカーの名前が一部違っていたりするものの、意識しなければ元の世界のコンビニにいるかのように錯覚してしまいそうなほど似ている。そんなことを考えながらぼんやりとしていると。
「桜月さんは何にしますか?」
振り返った安室に聞かれ、優華が慌てて視線を前へと戻すと、ちょうど様々なサンドイッチが視界に入った。
「えっと・・・じゃあサンドイッチでお願いしてもいいでしょうか。」
「もちろんです。ここのコンビニはサンドイッチの種類が色々ありますけどどれがいいですか?」
安室の言う通り陳列棚にはたくさんのサンドイッチが並べられていた。お昼前に商品の補充がされたからというのもあるだろうけれど、それを差し引いても実に種類が豊富だった。けれど優華の中に迷いはなかった。
「ハムサンドでお願いします。」
「ハムサンド、お好きなんですか?」
迷うことなく決めた優華に安室はきょとんとした顔を向ける。
「はい。サンドイッチの中で一番好きなんです。」
「そうなんですか。僕もバイト先の喫茶店でハムサンドを作っているんですよ。機会があればぜひ召し上がって頂きたいですね。」
「安室さんが自分で作られるんですか?」
「ええ。これでもなかなかの評判なんですよ。」
そう言いながら笑みを浮かべる安室の姿には自分の作るハムサンドへの自信が読み取れる。無類のハムサンド好きとしてはぜひ一度食べてみたいものだ。
「それはさぞ美味しいんでしょうね。機会があったらお邪魔させてください。」
そんな雑談をしながらサンドウィッチやパスタなどある程度の食べ物をかごに入れて支払いを済ませると、コンビニを後にする。そして車は再び安室の自宅へと走り出した。
ーーー
「狭いところですが、どうぞ。」
「お、お邪魔します。」
コンビニからしばらく走った後案内された安室の自宅は小さなアパートの一室だった。カチャリと鍵が開けられた途端、甲高い声を上げながら部屋の奥から白の小さな犬が勢いよく出てきた。尻尾がちぎれんばかりに振られ、全身で飼い主の帰宅を喜んでいる姿は可愛らしさに溢れている。
「か、可愛い・・・!なんて名前なんですか?」
「ハロって言うんです。」
「ハロくん、こんにちは。」
優華は目を輝かせるとしゃがみこんでハロに挨拶をする。するとハロはまるで言葉が分かっているかのように高い声で返事をする。そんなハロに優華の瞳はますます輝いていく。そっと喉元をなでてやると気持ちよさそうに目を細めるハロに優華は嬉しそうに安室に声をかける。
「ふふっ・・・ハロくん、とってもいい子ですね。」
「そうですね。飼い主贔屓かもしれませんが、頭もよくいい子ですよ。」
優華にそう答えると、安室は優華にじゃれつくハロに声をかける。
「ハロ、今日からしばらく一緒に暮らす桜月優華さんだ。仲良くできるな?」
「桜月優華です。ハロくん、よろしくね。」
アンッ!と一際大きな声で返事をするように鳴くハロに安室と優華は目を合わせて笑いあった。ハロへの挨拶を一通り済ませた後、安室と優華は少し早めのお昼ご飯を取りながらこれからのことについて話すことにした。
「今朝も少しお話ししましたが、僕は普段喫茶店のバイトと探偵業を掛け持ちしていますので、不在のことが多いです。なので桜月さんは基本的にここで好きにしていただいて構いません。体もまだ治りきっていないんですし、しばらくはゆっくり過ごしてください。」
「ありがとうございます。せめて家事は私にさせて頂けませんか?大したことは出来ませんが何もせずにお世話になるのはいくらなんでも・・・。」
「それは気にしなくていいんですよ。」
けれど優華とて安室の言葉をそのまま受け入れることができるわけもない。
「お願いします。せめて少しでも何かさせてください。」
「・・・わかりました。それでは洗濯と掃除をお願いしてもいいですか?ただ机は色々と探偵関係の重要な資料が入っていますので触れないようにしてください。それと料理は僕がやりますので。」
「わかりました。机には触らないようにします。それと料理もやりますよ?」
すると安室がにこやかに笑みを浮かべる。これぞまさに人好きのする顔、というものだろう。人差し指を口元にあてて微笑む姿は完璧なまでのイケメンだ。
「実は僕、料理が趣味なんです。あれこれ考えながら作るのが楽しくてストレス発散になるんですよ。なので料理は僕に任せて頂けると嬉しいです。」
その言葉に優華は目を真ん丸にして安室を見つめた。このルックスに、人当たりの良さ、そこにさらに加わった料理好きというハイスペックぶりに優華は感嘆するように息を漏らした。
「・・・安室さんもてるんでしょうね。」
「いえ、そんなことはないですけど・・・突然どうしました?」
「絶対そんなわけないです。もしもてないと言うのならそれは安室さんが鈍くて気づいていないだけです。」
これだけのハイスペックな人がモテないわけがない。きっぱりと言い切った優華に安室は苦笑いを浮かべながらも話を進めていく。
「ところで桜月さん、あなたのスマホはやはり使えそうにないか、念のためもう一度確認して頂けますか?」
「はい。ちょっと待ってください。」
優華はそう言うと自分の荷物一式が入っている鞄の中からスマホを取り出す。電源ボタンを押すと問題なくすんなりと起動するものの、電波を受信することはなく圏外表示のままだ。やはり使えそうにはない。
「やはり変わらないようですね。」
「そうですね・・・。」
わかっていたはずのことだが、自分はこの世界にとっての異端な存在なのだと改めて実感してしまい、優華は悲しげに笑う。
「ちょっと待っていてくださいね。」
優華のスマホの圏外表示を確認した安室は寝室へと向かう。優華はその姿をぼんやりと見送った。しばらく小さな物音が続いた後戻ってきた安室の手にあったものは1台のスマホだった。
「これ、僕が今のスマホの前に使っていたもので少し古い型にはなってしまうんですが、よければこれを使ってください。」
そう言って差し出されたスマホは今まで優華が使っていたものよりも少し小ぶりな白いスマホだった。古いと安室は言ったものの、特に目立った傷などもなく綺麗なものだった。だが安室の申し出を受け入れるには一つだけ決定的な問題があった。
「・・・でも・・・。」
「連絡手段がないと困るでしょう?僕も急な予定変更があった時などのためにも桜月さんにすぐ連絡が取れる方が有難いですし。お金のことは心配しないで大丈夫ですから。」
見抜かれている。
優華はそんなことを思いながら眉を下げる。連絡はほとんどスマホな今のご時世、確かに安室の申し出は有難い申し出だった。優華は悩んだ挙句、安室の好意に甘えることにした。
「・・・それでは有難く使わせて頂きます。何から何まですみません。本当にありがとうございます。お金は必ず後日お返しします。」
「気にしなくていいんですよ。この後ショップに行って契約を済ませましょう。」
「はい。」
何から何までまさに至れり尽くせりとばかりの状態に優華は恐縮することしか出来ない。
この人は一体どうしてこんなに親切にしてくれるのだろう。
優華は安室を横目にそんなことをぼんやりと考えていた。
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