弱さも愛嬌



私が通う呪術高専から市街中心部へは、知る人ぞ知る近道がある。その道は決して治安が良いとは言い難い裏通りなのだが、なにぶん利便性が高いため、ついつい使ってしまうショートカットだ。

先輩から教わったその近道は、私達一年生の中でも使用頻度が高かった。しかし、危ない道であることには違いないため、今までは同級生である五条や夏油、硝子達と一緒の時にしか使わないように心掛けていた。一人では通らないように、とよくよく言い含められていたというのも理由のひとつである。

そんなある日、私は予定があるにも関わらず寝坊をしてしまい、遅刻寸前に追いやられていた。夜更かしなんてするんじゃなかったと後悔しながら、全速力で街を駆けて行く。ちらりと腕に着けた時計を見やれば、近道を通ればギリギリ間に合いそうな頃合いだった。

どうするか一瞬考えて、私は近道を選ぶことにした。不幸中の幸いと言うべきか、今は早朝である。いくら治安が悪いとて、早朝なら平気だろう。それに、腕には多少の覚えがある。危ない目に遭ってしまったとしても、返り討ちにできるはずだ。

そんな考えがいかに浅はかだったかを、私はすぐに知ることになるのだが。

あと少しで大通りに出るというところで、もはやナンパの常套句と化している「お姉さん、一人?」と声を掛けられたかと思えば、知らない男が私の腕を掴んでいた。

「急いでるんで」

私は冷たくそう言い放つと、その男の手を振り払った。ナンパには冷たい対応が一番である。しかし、相手は何故かめげることなく再び私に手を伸ばす。

「ちょっと、触らないで!」

あまりのしつこさにどうしてやろうかと思案していれば、男は突然私のことを突き飛ばした。予想外の行動に受け身を取るのが遅れ、地面に肩を強く打ち付ける。

「いったぁ……」

頭を打たなかったのは不幸中の幸いだが、これにより私は劣勢へと転じた。下衆な笑みを浮かべた男が、倒れ伏した私を勝ち誇った顔で見つめている。そして、私の肩に触れた瞬間、彼は物理法則を無視した軌道で前触れもなく吹っ飛んだ。

「……え?」

直後、壁に激突したことによる轟音が辺りに響く。何が起こったのか理解できず、地面に座り込んだまま呆けていると、後ろから聞き慣れた声が私の名を呼んだ。咄嗟に振り返った先では、声の主である五条がこちらにひらひらと手を振っていた。

「……五条?なんでここに」
「任務帰り。夜中に呼びされてさぁ、マジ最悪」

うげぇ、と舌を出した彼は怖いくらいに普段通りだった。しかし、あの男の吹っ飛びようを思い出す限り、犯人はどう考えても五条である。

「今の、五条がやったんだよね?」
「そうだけど、それが何」
「いや、その、ありがとう……なんだけど」

助けてもらったことは感謝するべきことではあるのだが、やり過ぎ感が否めないというか、どうにも素直にお礼が言い難い。もにょもにょと言い淀みながら、五条の手を借りて立ち上がる。

「怪我は?」
「ないと思う。ぶつけた肩が痛いくらい」
「ふぅん」

自ら聞いておきながらも大して興味のなさそうな返事に、私は肩透かしを食らったような気分になった。過剰防衛をしてみたり、冷たくあしらってみたり、随分と忙しい人だ。そんな少しの不満を抱えながらズキズキと痛む肩を摩っていれば、五条がふと口を開いた。

「弱っちいね、お前」

その一言は、いつものような人を煽るための言い方ではなかった。ただただ純粋に、たった今気が付いたといったように、ぽつりと漏らしたようだった。しかし、言い方がどうであれ、気に食わないものは気に食わない。

「……は?別に弱くはないでしょ」

思わずムッとしてそう言い返せば、五条は「何を言ってるんだか」とでも言いたげに肩をすくめる。そして、今しがた自分が吹っ飛ばした男をちらりと見やった。

「弱いよ。今だって危なかっただろ」
「今のは油断しただけで……」
「そんなことない」

私の言い訳は聞いてもらえもせす、突然手首を掴まれたかと思えば、壁に身体ごと押し付けられる。背中が強くぶつかって骨が軋む音がした。後ろに壁、前に五条と挟まれてしまえば、逃げ出すこともできない。

「ほら、もう動けないじゃん」
「……痛い」

サングラス越しに冷たい視線が私に降り注ぐ。負け惜しみのようにそう訴えても、五条は手を離してはくれなかった。

「ねぇ、離して。もう分かったから」
「ヤダ」
「ヤダって……」
「ヤダよ」

彼は駄々をこねるかのようにそう繰り返す。私より随分高い位置にある端正な顔は、今にも泣き出してしまいそうな危うさを孕んでいた。

「お前弱いんだからさ、危ないことすんなよ」

言葉とは裏腹に、優しい声が私を諭す。壊れ物を扱うかのように、五条が私の頬に触れた。ひやりとした手の冷たさが伝わって、どうにも居心地が悪い。

「……危なくなったら、五条が助けてくれるでしょ」
「その場にいたらな」

軽口のつもりのセリフも否定されることなく、いとも簡単に受け入れられてしまう。いつも通りに見えて、今日の五条はどこかおかしい。そんな彼を私は試したくなり、つい大胆なことを口にした。

「じゃあずっと傍にいてよ」

目も合わせずにそう言えば、五条は「ハァ!?」と大きな声を出す。至近距離のまま叫ぶものだから耳が痛い。肩に背中に耳と、今日は痛いところだらけだ。

「おま、それどういう意味で……!」
「ん?なに?」

珍しく慌てふためく五条に意味深な笑みを向けると、彼は大きく息を吸って吐き出す。そして、腕を掴んでいた手を離し、私のことを抱き締めた。

「……五条?」
「お前が言い出したんだからな。お望み通りずっと傍にいてやるよ」

自分のものだと主張するように、五条が腕に力を込める。じわりと広がる温もりと、自分のものではない鼓動に思考が止まった。

「約束、忘れんなよ」

低い声が耳元でこだまする。私は何も言えなくて、ただ五条の背に手を回した。ぎゅっと服を掴めば、呼応するように抱き締める力が強まる。どのくらいの時間そうしていたのかは分からない。ひとつ言えることとして、私は予定をドタキャンした。



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