意識してくれ



任務が片付き、迎えを待っていた頃。暇を持て余した私と伏黒は、ネットサーフィンに勤しんでいた。

「期間限定のスイートポテトタルトだって。おいしそ〜」

皆でよく行くファミレスに秋限定の新商品が出たらしい。そんな広告記事を見ていれば、伏黒が隣から顔を近づけて画面を覗き込む。

「いつから?」
「来週」
「へぇ」

虎杖達も誘って行くか、と呟く伏黒に、私は密かに息を止めていた。伏黒自身は無自覚らしいのだが、彼はパーソナルスペースがかなり狭いタイプの人間だ。もちろん気心の知れた相手限定ではあるのだが、淡い恋心を抱いているこちらの身からすれば大問題であることに違いない。

「他はねぇの」
「他って?」
「甘くないやつ」

彼の傍で安易に呼吸などをしてしまえば、動いた後だというのにどこかフローラルな良い香りをもろに感じることになってしまう。私としてはできるだけ距離を取りたいところなのだが、そんな葛藤を露ほども知らない伏黒は、追い討ちをかけるように私の手元に細く節張った指を伸ばした。

「デザートだけなのか」

彼の手が私のスマートフォンをすいすいとスクロールする。肩と肩が触れ合うどころか、後ろから抱きしめられるかのような体勢に、私の心臓は今にも飛び出してしまいそうだ。

「ちょ、あの、近いんだけど」
「あぁ、悪い」

ほぼ真横にある整った顔をチラリと見遣ってそう言えば、伏黒は驚いたように目を大きく開けて遠ざかる。その様子に罪悪感を抱いた私は、言い訳がましいことばかりをつらつらと並べ立てた。

「いや別に嫌とかじゃないんだけどね、なんて言うかちょっと緊張しちゃうから……」

あちこちに視線を泳がせながらもごもごと言葉を紡ぐ私に、伏黒は「へぇ」と楽しそうな声を上げる。

「意識してんのか?」

からかい混じりのセリフに思わず「え!?」と大きな声を出せば、彼は長い睫毛を伏してくすくすと笑った。涼しくなってきた風が火照った頬を冷やしていく。私は取り繕うように「まだ暑いね」と手で扇いだ。

「……俺はしてる」
「ん?なに?」
「お前のこと、意識してる」

この話がまだ続いていると知っていれば、伏黒の方を見たりはしなかった。振り向いた先で、真っ直ぐな瞳と視線がかち合う。

「それだけ、できれば覚えておいて欲しい」

伏黒がそう言ったと同時に、何とも言えないタイミングで迎えがやってくる。彼は何事もなかったかのように「帰るぞ」と私に声をかけた。

「……わ、分かった」

何が分かったのか自分でも分からないが、私はほぼ反射的に頷いた。伏黒の発言の意味が分からないほど、私は鈍くはない。だけど、それはあまりにも突然のことで、私のキャパシティを優に超えていたのだ。

さらに言えば、伏黒のように飄々とした性格でもないため、簡単に切り替えられる訳もなく、車に乗り込んだ私は座席のめいいっぱい端に寄って距離をとった。

そんな私を見て彼が笑っていたことなど、今は知る由もなかった。



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