01/09 Thu 22:24:48


勤め先が繁忙期に入って休日出勤をしなければならなくなった。その日は錆兎とのデートの日だったけれど仕方がない。少し遅い昼休み中に”ごめん、土曜日行けなくなった”と連絡を入れて仕事に戻る。折角久々に映画でも見に行って、その後は家でゆっくりしようと思っていたのに計画が丸潰れだ。錆兎も結構乗り気で予定を立ててくれていたし後で埋め合わせをしよう、なんて軽い気持ちで考えていた。

時間を忘れて仕事に打ち込んでいたらいつの間にか21時を回っている。疲れで今にも倒れそうな体を必死に働かせて鞄を片手にエレベーターに駆け込んでビルを出ると、柱の陰に見知った髪色が覗いている。疲れから幻覚でも見ているのだろうと通り過ぎようとすると、肩を掴まれて悲鳴を上げてしまった。

「おい、あのメッセージはなんだ。」

肩を掴んで足を止めさせたのは幻覚ではなく本物の錆兎だった。何かあった時の為に会社の場所と連絡先を伝えていたが、まさかそれが活用される日が来ようとは。感心している場合ではない。錆兎の額に浮かぶ青筋が、ぼんやり照らす街灯の灯りだけでもはっきりとわかるからだ。

「早めに伝えておかないとと思って。」
「言っておくが俺は絶対に別れないからな。」
「?なんの話、」
「理由もなくデートを断られ、その後の連絡には既読もつかない。俺はお前にとって簡単に切って捨てられる男になった覚えはない。」

どうやら錆兎に誤解を与えてしまっているらしいが、疲れから弁明する気にもなれない。しかし、このまま錆兎が引き下がってくれるとも思わない。手っ取り早く誤解を解くには愛を伝えるのが一番だと思い、背伸びをして唇を寄せた。小さいリップ音を立てて離れれば錆兎は目を丸くして固まっている。こんな人目のつくところでキスされるとは全く考えてもいなかったのだろう。

「…っお前なあ!…もういい、帰ろう。」

やっと動き出したかと思えば顔を真っ赤にしてまた怒ったが、先程の怒りとは違い照れ隠しに近かった。ちゃんと伝わったのだなと内心満足しながら帰路につく錆兎の腕に、自分の腕を絡ませた。
Sabito






01/05 Sun 15:51:01


(妖狐パロディ)

山の上にある小さな神社には美しい狐が住んでいると祖母からよく聞かされていた。廃れた神社に人々の足は向かず、手入れらしい手入れは十数年と行われていない。それでもお供えだけはと毎年決まった時期になると祖母に連れられて山を登ったものだ。そんな祖母も足を悪くして、今年は私一人で向かうことになった。母にはやめなさいと強く止められたのに押し切って家を飛び出した。呼ばれた気がしたのだ。早く来いと、待っていると、強く名を呼ばれた気がしたのだ。傾斜のある足場の悪い山を登るのは簡単なことではなく、鳥居が見える頃には息切れと激しい筋肉の痛みが襲ってきた。

しゃん、と鈴の音が当たりに響く。これまでただの一度も出会ったことがなかったのに自分以外にも参拝客がいるのだろうか。ざらついた土を踏んで歩いていくと段々と強くなっていく鈴の音に、耳を塞ぎたくなるほどの恐怖を覚える。しかし、足は独りでに進んでいって止まることを知らない。大人しく母に従っておけば良かったと思ってももう遅い。鳥居の真下まで来るとそれまでずっと鳴っていた鈴の音がぴたりと止んで、霧と共に男性が急に姿を現した。どこか現代離れした風貌に和装の彼は私を見下ろしたまま指先一つぴくりとも動かない。

「あの…?」

不審に思って問いかけて見ても言葉は返ってこず、代わりにすっと目の前に手が差し伸ばされる。男性にしては細い指に白い肌は美しく、自分のような普通の人間が触れるには恐れ多い。首を横に振って否定の意を示しても彼は手を引かず宙に浮かせたまま待っているように見える。妙な冷気が漂った神社に早くお供えして帰りたいと思っていた私は深く考えずその手に触れてしまった、それが、間違いだった。合わされた手をぐっと握りこまれて鳥居の内側まで引っ張られると、そのまま境内の方までずるずると引きずられていく。

「ちょっと!何なんですか!」
「お前が選んだんだ。」

足に力を入れて踏ん張ってみても男性の力に適うはずもなく土に虚しく抵抗の痕が残るだけだ。泣いても叫んでも誰も来てくれないことは長年の経験から分かっている。彼の顔を一瞥すると、頭に先程まではなかった黒い獣の耳が生えている。まさかと思い腰の方にも目を向ければ大きく柔らかそうな尻尾が一本。

「狐…。」

祖母の言っていたことは本当だった。美しい狐とは紛れもなく私の手を引く彼を指すのだろう。気が付けば本殿が目の前まで迫ってきており、彼は足を止めて身体を私の方に向ける。

「義勇だ。」
「貴方のお名前?」
「そうだ。」
「名前を教えられても私はすぐに帰りますよ?」

次は来年、と言おうとしたところで彼に名前を呼ばれて制される。間違いでなければ私は彼に名乗っていないはずだ。

「お前が産まれた年にお前の祖母から頼まれた、ずっと見守ってくれと。随分待たせられた。これからは共に暮らそう。」

どう取り違えたらそうなるのだと満足げに緩められた口元を見て頭を抱えたくなった。何となく人々からの信仰が薄れたのも分かった気がした。
Giyu Tomioka






12/18 Wed 23:25:06


※オフィスパロ

ぴりぴりと刺激する痛みと時々襲う痒みに違和感を覚え手鏡で顔を覗き込むと、顎に小さなニキビができていた。赤くなって痛みを伴うニキビは肌にダメージを受けている証拠であり、早めに対処しないと後が残ってしまう。確か家に塗り薬が残っていたはずだが、仕事中に取りに帰れるわけもない。見つけてしまったばかりに憂鬱になった。顎という人の目に入りやすい位置は少々厄介で、応急措置としてマスクを着用することにした。

「風邪でも引いたのか。」

隣のデスクの冨岡が不思議そうに首を傾けて口元を指さす。昨年一度として風邪を引かなかった私がマスクを着用しているのが珍しかったのだろう。手を横に振って否定の意を示せば、冨岡は益々首を傾けて根掘り葉掘り聞いてくる。

「虫歯か。」
「違うよ。」
「化粧に失敗したのか。」
「違うよ。というか失礼だな。」
「まさか怪我でも、」

そっと手を差し伸べてマスクに触れようとしてきたから反射で身を引いてしまった。折角人目に付かないように隠しているのに捲られたら台無しだ。しかし、冨岡は避けられたと思ったのかぴたりと固まったまま動かなくなってしまった。

「ごめん、つい。怪我ではないから大丈夫だよ。」
「…もう他に理由が思いつかない。」
「……ニキビができちゃって。」

マスクの上からニキビがある位置に指を重ねると、冨岡は納得したように硬直を解いて自分のデスクのパソコンに向き直った。どうやら疑問が解決して興味が薄れたらしい。ニキビ一つに勿体ぶっていた私も悪いのかもしれないが、もう少し興味を持ってくれてもよかったのではないか。

「顎のニキビか。そうか。」

むふふ、と一つ変な笑いをして頬杖をつきながら私の方に顔だけ向けた冨岡の肌は、男の癖にむかつくほど綺麗だった。
Giyu Tomioka






12/13 Fri 23:31:30


昨夜、義勇とつまらないことで喧嘩をした。つまらないと形容したのは、きっかけすらも思い出せないぐらい些細なことであったからだ。寝て起きて忘れる様な喧嘩ならば大事になる前に謝ってしまおうと寝起きの義勇に声をかけようとしたら、目も合わさずに洗面台へ向かっていった。このままでは嫌だと思いつつも、全く歩み寄ろうとしない態度にカチンと来た。絶対に自分が折れるものか。そしてそのまま会話をしないまま静かに朝食を終えて各々出勤したのである。

仕事帰りに夕飯の食材を買うためスーパーに立ち寄る。かごに野菜から順に詰めていき、鮮魚コーナーまでたどり着いた私は鮭のパックを手に取った。義勇に合わせた献立は週の半分以上が魚料理になる。そして今日は本来ならば魚の日。パックをかごに入れようとしていた時にふと今朝の出来事が頭をよぎって手を止める。何も義勇の希望を聞いてあげる必要はないのではないか。魚は嫌いではないが肉が食べたい。自分の為に料理を作って何が悪いとかごに入りかけたパックを棚に戻して隣の精肉コーナーから生姜焼き用の豚肉のパックを迷わず手に取ってかごに放り込んだ。

湯気と共にいい香りを立てた豚の生姜焼きを盛り付けていると、玄関のドアが開く音が聞こえた。先に脱衣所でラフな格好に着替えてから来るだろうと思っていると、リビングのドアがけたたましく開かれる。驚いてフライパンを落としそうになり慌てて握り直すと、義勇が背後まで迫ってきていた。

「…何故肉なんだ。」

てっきり帰宅早々今朝のことを謝るのかと思ったから呆気にとられる。

「義勇が魚を食べたいように、私だって肉が食べたいときがあるの。」
「今日は魚の日だ。」
「肉の日にしました。」
「約束と違う。」

あからさまに落ち込んで肩口に顔を埋めるのを見て、じゃあ今日の夕飯はいらないかと聞くと、弱弱しくいると答えた。その姿があまりにも可哀そうだったからつい明日は魚にするからと言ってしまう。すると急に元気になって脱衣所まで軽い足取りで向かって行った。献立で一喜一憂するなんて子供らしい一面もあるんじゃないか。で、ところで私は何に怒ってたんだっけ?
Giyu Tomioka






12/11 Wed 21:47:55


(幼馴染の家に転がり込む水柱A)

テーブルの上に置かれたみかんを手に取って剥き始めると両側から視線を感じた。知らぬふりをして白い筋まで丁寧に取ってから口の中に放り込む。甘酸っぱさに思わず目を細めると、ついに片側から手が伸びてくる。

「やだよ、自分で剥いて。」
「手が汚れる。」
「私の手は汚れてもいいってか。」
「既に汚れているからいいだろう。ほら、早く。」

剥けと顎で促す錆兎は私の前では随分横柄だ。取り巻く女性たちには男前だの、王子様だのもてはやされているが、こっそり耳打ちして実は魔王様ですとネタバラシしてやりたい。信じてくれる人なんていなさそうだけども。そんな考えが見え透いていたからか、こたつ布団の中で足を小突かれる。義勇に見られてないからって手を出してくるとは、おのれ魔王様。逆らえるはずもなく一房もぎ取ると錆兎の手に乗せてやる。

「…俺も欲しい。」

果汁が飛ばないように捲っていた袖を掴んだ義勇も催促して来た。錆兎同様断れないと悟り、何も言わず渡そうとすると、手を布団の中に入れたまま出そうともしない。

「義勇、手を出してくれないとあげれないよ。」
「口に入れてくれればいい。」

平然と口を開けて身体を寄せてきたから、あーん、なんて声をかけつつ入れてやると錆兎は急に怒り始める。いい大人なんだから頼るな、とかそういうのは恋人同士がやるものだ、とか。錆兎も似たようなものだろうと言えば顔を真っ赤にして俺にもやれと口を開けて寄ってきた。なんだ、羨ましいならちゃんと言ってよ。
Giyu Tomioka&Sabito




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