02/16 Sun 00:56:01


※そこそこ平和な世界前提

「もうそろそろ降りたらどうだ。」
「錆兎こそ、余裕なくなってきたんじゃない?」

会話だけを聞けば鍛錬でもしているかのように聞こえるのだが、二人は剣を抜くことすら難しいほどの泥酔状態である。更に言えば隊服を身にまとっておらず、下着と辛うじてワイシャツを羽織っているだけの無防備な姿だ。鬼が見つけたら格好の餌食だろう。それでも気にすることなく向かい合ったまま互いに一歩も引かず勝負を続ける。普通、同僚とはいえあられもない姿の男女が個室で二人きりでいたら何か間違いが起こりそうなものなのに、目の前の勝負に夢中になりすぎて互いの身体など見えていないところが残念この上ない。

「そろそろ勝負をつけましょう。次負けたら全部よ。」
「いいだろう。負けて泣きべそをかいても知らんぞ。」

勢いよく突き出された拳に掛け声を合わせて最後の勝負に出る。先の八回に及ぶ勝負で癖は大体把握しきれており、後は心理戦に打ち勝てるかどうかが鍵だ。相手の裏の裏をかかないとこの勝負には勝てない。しかし、酒に酔っていてもこういう時は何故か頭が良く回る。ぽん、の合図で出された拳と手のひらを見て錆兎は大きくガッツポーズをして年甲斐もなく喜んだ。

「俺の勝ちだ。」
「……何でパーなの、さっきまで一手目は大体チョキだったじゃない!」
「あれだけ見せておけば警戒するのも仕方ないよなあ。」
「…もう一回!」
「次負けたら全部と自ら言ったのを忘れたのか?」

女に二言はないよな、と珍しくにやけた顔で笑う錆兎の顔面を思い切り殴りたくなった。
Sabito






01/28 Tue 23:44:08


流行りの邦楽を鼻歌で奏でながら、シャワーヘッドから流れ出す温かいお湯を頭から被る。軽く指圧して地肌のマッサージを行いながら丁寧にトリートメントを流しきると、蛇口を捻ってお湯を止めた。ぽたぽたとホースに残ったお湯がタイルに落ちる音が心地いい。髪の水気を切り、身体を柔らかいタオルで包んでから風呂場を後にする。

「ふー…気持ちよかった。」

吸水マットの上で肌に残った水滴を十分に拭き取ると、水分を含んで重くなったタオルは洗濯機の中へ投げ入れた。身体を包むものが無くなった途端に身体は冷えていく。冬場の洗面所は風呂上がりであろうとも関係ないぐらいに寒い。早く着替えなければ湯冷めをしてしまう。身震いしながら周りを見回すが、義勇に頼んでおいた私のパジャマが見つからない。その代わりに義勇の寝間着であるスウェットが、上下揃えて置かれている。

「自分のと私のとを間違えた…?」

念の為広げてみると、ズボンの下に置かれた下着が顔を出す。下着は私の物で間違いない。うっかり間違えたにしては組み合わせがちぐはぐで、スウェットだけ意図的に自分のものを用意したと見るのが正しいだろう。何の為に、と考える前に聞いたほうが早い。下着を履いてスウェットを被り、裾の余ったズボンを引きずりながらリビングへと戻った。

「お風呂上がったよ、ところでこれはどういう間違いか教えてくれる?」
「着たのか。」

何事も無かったかのように平然と言ってのける義勇に拍子抜けしてしまう。裸で出てこられるわけもなく、着る以外の選択肢を無くしておきながら何を言っているのだ。益々疑念が募り訝しげに眉を寄せて見れば、義勇は私の身体を目線を行ったり来たりさせながら見つめている。

「…確かに悪くない。」
「何の話?」
「吾妻から聞いた。」
「だから何の話?」

話が見えないのはいつもの事だが、今日はいつにも増して酷い。恐らく彼の頭の中では上手く伝わっているのだろう。伝わっていないから問いかけているのに、聞いてか聞かずか義勇は自らの風呂の用意を始めた。

「早めに上がる。」
「宣言しなくても普段から十分早いって。」
「それよりも早く。」

矢鱈と強調をしてくるものだから押し問答が続き、こちらが折れてやると義勇は満足気に微笑んだ。珍しいこともあるものだ、酒大根を食べる時以外で笑みを零すとは。変な物でも食べたか夕飯を思い返しても、ただの野菜炒めだった気がする。用意を終えて部屋を出ようとした義勇は小脇にスウェットを抱えながら身を翻す。

「寝ないで待っていてくれ。」
「はいはい、いってらっしゃい。」

言われなくとも起きて待っているのだからゆっくり浸かっておいでと言いかけて口を噤んだ。どうせまた、早く上がると言うに違いないからだ。
Giyu Tomioka






01/28 Tue 23:41:19


仕事帰りに立ち寄った本屋でたまたま見かけたブライダル情報冊子。普段であれば一瞥して直ぐに通り過ぎるのだが今日は違った。雑誌の見出しに、今月号限定付録のキャラクター入り婚姻届の文字を見つけてしまったからだ。わざわざ発売日を確認して購入する程熱を入れている漫画で、尚且つ好きなキャラクターイラスト入りと知れば買わないという選択肢はないだろう。雑誌の内容とは縁がないために周りの視線を気にしつつも一冊手にとって会計に向かう。発売日が重なりに重なったのか、やけに長い列の一番後ろに並べば、見知った髪色と広い背中が目に入った。多分、恐らく、もしかして。飽きるほど見てきた後ろ姿を間違える筈がなくとも、恐る恐る名前を口に出してみる。

「錆兎…?」

ぴくりと耳朶が動き、声を捉えた男が宍色の髪を揺らめかせながら振り返る。藤色の目が私を捉えて少しだけ瞳孔が開いたかと思えば、直ぐに目尻を緩められた。

「驚いた、まさか後ろにお前が並んでるとはな。」
「人違いだったらどうしようかと思ったよ。それにしても本屋なんて珍しいね。」
「俺だって本を読むことだってあるさ。ほら、これ。」

体ごと振り返って片手に携えられた本の表紙を見せられる。作品名はピンと来なかったが、作者名は先日義勇が勧めていた作者だ。勧めるというよりかは半ば強引に読めと押し付けられた小説は本棚に並べられて手付かずになっている。錆兎も同じようなものだと思っていたのに、予想は裏切られた。

「これで読んでないの私だけか。」
「感想戦に参加したいなら今週中に読んでおいたほうがいいぞ。」
「そうやって二人して急かすんだから…。」
「で、ところでお前は何を買いに来たんだ?雑誌なんて滅多に買わないだろう。」

上からのぞき込まれる前に胸に押し付けて表紙を隠したかったのに反応が遅れてしまった。ぺたんと勢い良く雑誌を倒す頃には、錆兎の目はしっかりタイトルを捉えていた。いくら男性とはいえテレビ広告で散々流れる有名な雑誌を知らないわけがない。暫く考え込む様子を見せたあと、錆兎が放った声は幾分か低く怒気をはらんでいた。

「……お前、彼氏なんていつ作った?どこで?どれぐらい経つ?」

畳み掛けるように質問をしてくる錆兎の表情は真剣そのもので、気圧されそうになる。質問から、既に誤解を招いていることは明らかだ。まさか好きなキャラクターの婚姻届が欲しかっただけとは思わないだろう。正直に言えば呆れられるかもしれない為極力言葉を選択しようとするが、中々いい言葉が思いつかない。

「えっと、」
「早く答えてくれ。」
小説を持っていない方の手でがしりと肩を掴まれて恐怖から逃げ出したくなった。
「ほ、欲しかったの。」
「俺の質問の答えになっていない。」

中途半端な回答をしてしまったせいで、錆兎の額に青筋が浮かぶ。いよいよ不味いと思ったところで店員のお姉さんが、次の方と声を上げる。いつの間にかすっかり会計の渋滞は解消されており、残りは私と錆兎の二人だけ。丁度2つ会計が同時に空いたようだった。

「は、早く行ったら?店員さん困らせちゃ駄目だよ。」
「…先に会計が終わっても逃げるなよ。」

しっかり釘を差したあと会計に向かう錆兎は兎というより獲物を追う狩人の目をしていた。
Sabito






01/26 Sun 15:38:03


※コラボカフェ考察

予約で常に満員のホールを捌こうとしても何から手をつけたらいいか分からない。善逸ほどの聞き分け能力はないため、あちこちから呼ばれると無になって停止してしまう。キッチンから実弥の怒号が飛んでくる前に指示を出してあげたい。
「冨岡、冨岡!聴こえてる!?」
「…すまない。」
「次のお客さん通してくれる?」
「分かった。」
指示すれば的確に動いてくれるので困らないけれど、本人は接客苦手かもしれないと不安に思う時もある。
「今からでもキッチンに異動の希望出せるよ?」
「別にいい。その方が長くいられる。」
冨岡的にはキッチンに下がるよりホールで働いていた方が彼女のウェイトレス姿を眺めていられるから役得だと思っている。

〜ここまでが前提〜

オープンから想定以上の客が入って大賑わいのカフェは大きなトラブルもなく一日目を終えた。皆疲れからか明日の仕込みや清掃を終わらせてすぐに帰宅してしまい、鍵の番を任されている私だけが残って施錠確認を行っていた。きっと明日も同じように忙しくなるだろう。疲れを残さない為に私も早く帰って寝てしまおう。残された表扉の鍵を閉めて立ち上がると、扉のガラスに反射した私の顔の隣に冨岡の顔が浮かんでいる。

「まだ帰ってなかったの?」
「夜道に女一人は危険だ。」

大きな欠伸をしながらうつらうつらと首を揺らしていて今にも寝てしまいそうな冨岡の隣に並んで歩く。時々当たる手がもどかしくて自分からそっと手を握った。

「カフェ付近は手を繋がないんじゃなかったのか。」
「…皆帰ったからいいの。」

冨岡と付き合っているとバレたら茶化されるに違いないからカフェで働くメンバーには誰一人として報告していない。極力外で触れ合うのは避けていたが、今日ばかりは甘えたっていいだろう。疲れていて目の前に癒しがあったら誰だって飛びつきたくなるはずだ。

「明日は。」
「明日?明日も忙しくなりそうだね。」
「違う。明日も手を繋いで帰れるか。」

握られた一回り大きな手にぎゅっと力が篭る。…残念ながらそれは叶えられそうにない、何故なら明日の鍵当番は実弥だからだ。
Giyu Tomioka






01/16 Thu 22:23:01


家に帰ると毛玉が彼女の膝の上に転がっていた。そいつは俺を視界に入れるやいなや、ふいと逸らし彼女の手を舐めて満足げにごろごろと喉を鳴らしている。かちんと来たが動物相手に文句を言っても仕方がない。

「おかえり。」
「ただいま。…拾ってきたのか?」
「ううん、友達が出張で家を空けるから一日だけ預かってって言われて断れなくて。」

部屋の隅に置かれたゲージと一日分の餌の袋を見て納得する。押しに弱い彼女のことだ、半ば強引に預けられたのだろう。それにしても猫はすっかり慣れた様子で寛いでいる。大抵見ず知らずの部屋に連れて来られた動物は怯えてゲージから出てこないとテレビで見た気がするが、個体差はあるようだ。

「すぐにご飯温めるね。今日は鮭大根だよ。」

ドアを開けた瞬間に匂いで分かっていたが、俺の好物を知っている彼女が微笑みながらメニューを告げるこの時間が好きでたまらない。キッチンに立つ姿を眺めながらコートを脱いでいると自然に疲れも吹き飛んでしまうのだ。しかし、今日の彼女は一向に立ち上がろうとしない。

「猫ちゃん、退いてくれませんかー…。」

丸まったまま動かない猫に声をかけながら抱えようとしても、頑なに拒否されてお手上げのようだ。俺の大事で愛しい彼女を動物とはいえ独占されて黙ってままではいられない。彼女の為にも退かしてやろうと手を伸ばし、あと数センチで触れるところで勢いよく飛んできた猫パンチ。予想外の俊敏な動きに対応できるはずもなく一本取られた。これで猫の中で力関係は明らかになったのだろう、その日の夕飯は自ら用意することとなった。
Giyu Tomioka




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