03/18 Wed 23:08:34


春も近づき気温もぐんと上がったから、ニットや厚手のカーディガンは箪笥の奥に片付けて春物を出してもよさそうだ。幸いにも、昼から干しても夕方には乾いてしまいそうな雲一つない快晴である。寝坊助の義勇さんが寝ている間に彼の服もまとめて洗濯してしまおうと、手に取れる限りの服を箪笥から引っ張り出して洗濯機に放り込んでいく。もこもこしていてほつれやすいものはネットに入れておしゃれ着洗いにするのを忘れずにスイッチを押すと、義勇さんが寝起きの顔を覗かせた。

「…なんだ、まだ洗濯機を回すのか。」
「今日中に冬物は片付けてしまおうと思って。」
「………お前の、」

まだ眠りの世界から完全に抜け出せてない義勇さんの言葉には一つ一つ間がある。いや、彼との会話に間があるのは常日頃からなのだから、いつもよりと表現したほうが正しい。しかしこちらとしては中途半端なところで文を切られると、その先が気になって仕方ないのだ。次にくる言葉を待ってごくりと唾を飲んだ音は洗濯機の振動音にかき消された。

「白の長いの…。」
「…?ニットのワンピースですか?」
「多分。それも片付けるのか。」
「ええ、他の物を片付けてワンピースだけ片付けないのも変なので。」

そうか、と急に物凄く落胆した義勇さんは恨めしそうに洗濯機を見つめる。

「あの服は抱き心地が良くて好きだった。」

それはぜひ着ている間に教えて欲しかった。私が何を着ていても似合っているとしか言わないからあまり興味がないのだと思っていた。教えてくれていたら、洗濯機を回す前に片付けていいか確認したのに。回りだしてしまった洗濯機からは無情にも水が揺れる音がしていて、既にワンピースは絞れるまで浸っていることだろう。次の冬までお預けですと言って、未だに洗濯機を見つめている義勇さんを洗面所から押し出した。それ以来服に限らず気に入ったものがあれば直ぐに伝えてくれるようになった。
Giyu Tomioka






03/12 Thu 00:04:26


長い長い夜が明けて任務が終わりを告げた。苦しい戦いではなかったけれど、本来人間が身体を休める夜に駆け回れば日中よりも多く体力を使う。鬼殺隊に身を置いてからは夜型へと生活習慣が変わっていったものの、全く眠くならず辛くないことはない。今すぐにでも倒れこんで寝てしまいたいが、そんなことをすれば師範から拳骨が飛んでくる。依れた羽織を手繰り寄せて帰路を急いでいると、見知った男性の後ろ姿を見つけた。思わず早足で駆けよ…っているはずなのに、一向に距離は縮まらない。

「何故逃げるんですか冨岡さん。」
「苦手だからだ。」
「それは前にも聞きました。もっと詳らかに話していただけません?」
「……胡蝶に似ているからだ。」

見目麗しい師範と私が酷似して見えるなんて冨岡の目は節穴なのだろうか。それとも消毒液や薬の鼻を通る独特の香りのことを指しているのだろうか。如何せん情報が少なくて判断に欠ける。詳らかにと言っても全く詳らかにしてくれないのが冨岡義勇だ。

「ご参考までに似ていると感じた点を教えていただけますか?」
「…身なり、話し方、香り。胡蝶の真似事をして愉しいか。」
「私は継子ですのでいずれは後を継がねばなりませんし。」
「自我を殺してまで継ぐくらいなら継子をやめろ。」

"俺は昔のお前の方が好きだったよ"

…今更そんなことを言われたって困るんですよ、冨岡さん。胡蝶しのぶが胡蝶カナエに成ったように、私もいつか胡蝶しのぶに成らなくてはならない。その為には常日頃から胡蝶しのぶを目に焼き付けて、見た目だけじゃなく所作や香りまで同化しないと。蝶屋敷を守れるのは師範だけ、私ではない。アオイ達が師範を失っても真っすぐ歩いていけるように導いていかなければならない。

「……本当にもう、だから貴方は嫌われてるんですよ。」

"消えたくない私にどうか気づいて"
Giyu Tomioka






03/06 Fri 23:44:00


「義勇くん、今回はいつまでいるつもりなの。」
「春休みが終わるまでは世話になる。」

一週間分の衣服が入りそうな大きなキャリーケースを持って訪ねてきた大学時代の三つ下の後輩は、部屋に入るなりせっせと衣服を整理し箪笥にしまっている。これは今に始まったことではない。私が就職して最初の年の夏にリュックを背負ってやってきた彼を泊めたことから始まった。それ以来長期休暇に入ると荷物を持ってやってきて、講義が始まると実家に帰るルーティンが組まれている。現在と過去とで違う点を挙げるとするならば、滞在期間が大幅に伸びていることぐらいだろう。

「流石にそれは親御さんが心配しない?」
「問題ない。」
「でも一週間や二週間とはわけが違うよ?」
「…俺がいては迷惑か。」

しゅんと肩を落とした義勇くんに危うく絆されかけたがその手にはもう乗らない。前回の一か月の滞在を許した時も同じ手に引っかかった。いや、引っかかったというよりかは無自覚に繰り出される寂しげな表情に、考えるより先に口が了承していただけなのだが。義勇くんのペースに乗せられればきっとまた考えなしに了承してしまう。二か月なんてちょっと泊りに来ました、と言えるような長さではない。立派な同棲である。

「年度末だから仕事が忙しくてお客さんをもてなすのは私自身難しいんだよ。」
「俺が家事をやればいい。」
「あ、あと朝早いから起こしちゃうかも…。」
「弁当が必要ならば起きて作る。」

違う、そうではない。適当に理由をつけて断ろうとしているのに折れる気配を見せてくれるどころか完璧な主夫になろうとしている。どうして義勇くんは私の家に居座りたがるのだろうか。家庭に事情があるなら考えないこともないが、以前彼から聞いた話では問題はなかったはずだ。アルバイト先への通勤時間だって実家の方が短い。家族の目から離れたいならば異性の私ではなく同性の友人の方がよっぽど都合がいいだろうに。それでも私の家を選ぶということは並々ならぬ理由が存在するのだろう。こうして要らない推論を行い義勇くんの行動を肯定してしまうから、口が勝手に了承してしまうのだ。

私がいいよと言った途端、目を輝かせる義勇くんはこれまた無自覚に違いない。
Giyu Tomioka






03/01 Sun 21:37:53


義勇さんと付き合って初めてのお泊りから帰宅して鞄を降ろすと、どっと疲れが湧いてきた。決して一緒に過ごしてみたら合わなかったわけではなく、緊張感から解放されたことによるものだ。外では全くベタベタしないから義勇さんはてっきり淡白なのだと思っていたら、家ではずっと引っ付いていて一人になる時間といえばお風呂とトイレぐらいだった。テレビを見る時は膝の間に入れられて、ご飯を食べる時はじっと見つめてくるし、布団の中では…存分に可愛がられた。一日中ドキドキさせられれば心臓も疲れたと言いたくもなる。今も落ち着かずどくどくと煩い音を立てる心臓は自分の物ではないみたいだ。気分を落ち着かせるために大きく息を吐くと、義勇さんが寝ている時の深い呼吸を思い出してまた心拍数が上がりそうになる。気を落ち着かせるために、お泊りセットの入った鞄の中身の片付けに専念すればスマートフォンが電話を知らせる通知を鳴らした。

「…足りない。」

酷く寂しそうな声色で電話をかけてきたのはつい先ほどまで一緒に居た義勇さんだった。耳元で囁かれていた声が機械越しで聞こえると急に寂しくなる。鼻をすすった音が聴こえてないといい。しかし、足りないとは何事か。足りない、足りない、足りない。もしかして義勇さんの私物を間違えて持って来てしまったのだろうか。具体的に何がとは言われてはいないが、口数の少ない義勇さんのことだから心の中では何が足りないかは言っているのだろう。すぐさま電話をかけてくるあたり、大切なものに違いない。スマートフォンを肩と耳で挟みながら鞄をひっくり返して慌てて漁るも、それらしきものは見つからなかった。

「取り込み中か?」
「足りないと言われたから鞄の中身を確認しているのですが見つからなくて。」
「そうではない。部屋が広くて静かなのが落ち着かない。」
「…もしかして私が足りないという意味ですか?」

自惚れだったら恥ずかしいが、口に出してしまったものは取り消せない。スマートフォンを持つ手に力がかかるも、待てど暮らせど返事を返ってこず恐ろしいほど静かである。時折聴こえてくる電話特有の機械音がもどかしい。今ならまだ冗談だと笑って誤魔化せばダメージを軽減できるだろうと口を大きく開いた時だった。

「来週の週末は空いている。」
「へ?」
「買い物に出たらお前が好きそうなチョコレートがあったから買っておいた。賞味期限は来週末だ。」
「え、はい。」
「…次はいつ来る。」

義勇さんなりの下手な誘い方に笑みがこぼれた。自分の欲をあまり出さない義勇さんが回りくどい言い方をしてまで誘ってくれたのが嬉しくてたまらない。返事は勿論来週末で。
Giyu Tomioka






02/25 Tue 00:43:58


(猫の日)

炭治郎に連れられて返ってきた同期の姿を見るなり腹を抱えて笑ってしまった。体長五十センチ弱、ぴんと立った耳に伸びる尻尾、愛らしいフォルムに反した不貞腐れた瞳。どれをとっても普段の冨岡の姿からはかけ離れていて、笑わない者が居るならば教えてほしいくらいだ。胡蝶様ならば間違いなく畳を叩いて堪えているだろう。そんな私の姿を見て冨岡は猫パンチを喰らわせようとしてくるが、炭治郎に抱えられているため不発に終わった。

「ふふっ…妙な血鬼術もあるんですねえ…。」
「義勇さんがこうなってしまったのは俺のせいなんです!俺を庇ったばかりに…!」

申し訳なさそうに炭治郎が頭を下げて経緯を説明しだした。その間も冨岡は隙を狙って炭治郎の腕から抜け出し私に奇襲を仕掛けようとする。流体のような猫の身体はぐにゃぐにゃ曲がるものの、炭治郎の方が一枚上手で難なく抑え込みながら話を続ける。不満そうに尻尾をパタパタと動かしていても、噛んだり引っ掻いたりはしない。私なら間違いなく顎にキックを貰っていたところだった。

「しのぶさん曰く数時間で元に戻るようです。責任をもって戻るまでは義勇さんの傍に居たいんですが、これからまた任務で…後はお願いしてもいいですか?」
「えっ私?」
「冨岡さん達てのご指名だったので…。」

返事をする前にはい、と言われて腕の中に放り込まれた毛玉は温かくて程よい重みがあった。抱えさせるなり手を振って去っていった元気な姿を見送って、日の当たる縁側に腰かける。猫は嫌いではない、むしろ好きな方だ。冨岡でなかったら撫でまわして構い倒している。それでもつい我慢できず腕の中の温もりに問いかけた。

「冨岡…ちょっと吸わせてもらっていい?」

巷で噂の猫吸いを試そうと顔に腹を近づけようとすると、返事の代わりに強烈なキックをお見舞いされた。
Giyu Tomioka




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