04/30 Thu 15:01:57


(誘い方が下手な冨岡)

空気を切るようないい音を立てて叩くと白い肌に紅い紅葉が浮かび上がる。右手の平がじんじんと熱を持って痛むが、叩かれた方がもっと痛いに違いない。やり返されてもおかしくないぐらいに力は込めた。しかし、叩かれた張本人である冨岡は唖然として目を見開き、何故叩かれたか分からないような顔をしている。

「…痛い。」
「でしょうね。」
「これ程勢いのいい返事を聞いたことがない。」
「返事じゃありません。拒否です、拒否!返事をすらしたくないと意思を表したつもりでしたが伝わりませんか?」

首を傾げる冨岡にもう一発お見舞いしてやろうと今度は握り拳を固めたが、二発目は手のひらで受け止められ阻止された。動体視力の優れた剣士にとって武道の心得のない私の一撃など年配者が腰を上げる速さと然程変わりはしないだろう。恐らく一発目も"返事"だと思ってわざと避けなかったのだ。そういうところがいけ好かない。

「返事をしたくなるような物言いが俺には分からない。」
「そもそも質問が可笑しいんですよ。遊女でなく恋仲でもない一般女性にいきなり"抱いてもいいか"と聞く方が間違っているんです。」
「一般女性ではない、お前に聞いた。」
「…どちらもさして変わりません。答えはいいえです。」

未だ握りこまれたままの拳を腕を引いて抵抗しようとしても力の差は歴然で、更に強く握りこまれたと同時に親指の腹で手の甲を擦られる。拒否をさせないぞと誘うような手つきは一体どこの誰に教わってきたのか。出来るなら言葉での誘い方もご享受していただきたかった。私でなかったら警察に突き出されていたかもしれない。いや、この男は顔立ちは整っているから絆されてしまう女性も中には…、不毛な考えだ。これ以上はやめておこう。

「兎に角、自分のことを好いているかも分からない男性に身体を明け渡すほど軽くはありません。話は以上です。」
「分かった。まず好意を伝えればいいのだな。」
「そうそう、そうです。話が早くて助かりま…、す?」
「次から気を付ける。ではまた。」

満足した表情で私の拳を離し、踵を返して去っていった冨岡の背中は瞬く間に小さくなる。余計なことを言ったと気づいてから頭を抱えるまで、あと数秒。
Giyu Tomioka






04/23 Thu 21:48:52


「…なんだこいつは。」
「ふふふ、可愛いでしょ!」

彼女の腕の中でじっとしている兎型の抱き枕は確か先日部屋を訪れた際にはなかったはずだ。黄色と緑が織り交ぜられた特徴的な模様の兎は何故だか自分と重なって見える。幸せそうに顔を埋める彼女は可愛らしいが、面白くはない。彼女を抱きしめ、抱きしめられるのは俺の役目であって、ぬいぐるみに取って代わられるのは屈辱だ。

「義勇も抱きたい?」
「いらない。」
「つれないな。柔らかいよ?安心するよ?」

見せつけるようにぐっと抱き込む力を強めた彼女を見て、額に青筋が浮かんだ。抱き枕に嫉妬など情けないと分かっていても、彼女を独占するのは自分でありたい。手が伸びるまでそう時間はかからなかった。

「…貸してくれ。」
「ずっと物欲しそうな目で見てるんだもんそうじゃないかと思った。少しだけだよ?」

俺の心境など微塵も理解していない彼女は易々と抱き枕を明け渡す。手に取るや否や抱き枕をベッドの隅に放り投げると、ああっとあたかも自分が痛みを受けたかのような声を上げて拾いに行こうとするから覆いかぶさって抱き込む。一回り小さな身体がすっぽりと腕の中に納まったことで徐々に心が満たされていくのを感じた。

「確かに柔らかいし安心する。」
「私は抱き枕じゃないんだけど?それより苦しい、緩めて、」
「先程お前もそうしていただろう。」
「それは抱き枕にだから!私じゃ潰れる…!」

もう少し、と受け流して暫くは彼女を堪能することにした。
Giyu Tomioka






04/13 Mon 00:07:58


(拾われてきた狸A)※獣化パロディ

「なんであんな嘘をついたんですか!」
「大きな声を出すな、炭治郎が起きてしまう。」
「…炭治郎を引き合いに出すのは狡いです。」

行燈の光が揺らめく中、火鉢に残った炭を器用に箸を使って壷に入れる義勇さんを問い詰めていた。勿論内容は昼間、炭治郎に誤解された件についてである。幼い子供にいい大人の喧嘩をする姿を見せるわけにはいかず、寝静まるまで努めて優しく振舞ったが限界だ。それもこれも私を妻ではないと否定しなかった義勇さんのせいだ。どういうつもりかはっきりさせる必要があると踏んで、自室に戻らず居間に残っている。女であれど、怒った相手を前にしたら尻込みの一つでもするものだが、眉一つ動かさないところもますます怒りを助長させる。

「嫌そうには見えなかった。」
「…私が奥様と呼ばれているのが、ですか。」

嫌そうに見えなかったからと言って嘘をついていいものではない。そんなことは義勇さんも分かっているはず。それでも嘘をつかなければならなかったというのなら、訳さえ話してくれれば協力をするのに。共に暮らしてきて、頼るばかりで頼られたことのない自分は弱く守られる立場なのだと実感せざるを得なかった。悔しさから義勇さんを見ないようにして立ち上がり、居間を後にしようとするとそろりと襖が開かれる。

「……まだ寝ないのですか。」
「もう火を消したところだから…。義勇さんは自室に行くけど私は一緒に寝るから布団に戻ろう?」

胸に枕を抱えながら片目を擦る炭治郎は、今しがた目が覚めたといった表情で立っていた。使い慣れた布団でなかったから寝つきが悪かったのかもしれない。丑の刻も近づく頃といえば子供は熟睡している時間で起きていていい時間ではない。再び寝かせるべく炭治郎の眠る部屋まで向かう前に無人となる居間の灯りを消してしまおうと行燈に手をかける。

「何故…?お二人はご夫婦なのに一緒に寝ないんですか…?俺の家族は揃って川の字で寝ますが違うんですか…?」

曇りなき瞳で見つめられて、いいえ違いますと言えない私は義勇さんを責められやしない。助けを求めて見やれば先程まで座っていたところに姿はなく、既に炭治郎の眠る部屋の襖に手をかけて早くしろと言わんばかりに手招いている。また、この人は!炭治郎を寝かせてからこっそり自室に戻れば良いと半ば投げやりになり、蝋燭を吹き消した。
Giyu Tomioka & Tanjiro Kamado






04/05 Sun 17:48:57


(拾われてきた狸@)※獣化パロディ

山の巡回に行ってくると言って出ていった義勇さんが抱えてきたのは私達とは種族の違う獣…、それもうんと元気のいい子狸だった。寡黙な義勇さんに臆することなく大きな身振り手振りを織り交ぜながら満面の笑みでよく喋る。狐にこれほどまで懐く狸を見たのは初めてだ。人間の御伽噺に出てくる狐と狸のような敵対心は持っていないものの、それぞれの生活があり種として交わることはない。道端で出くわす機会があっても互いに素知らぬふりをして通り過ぎる。義勇さんも以前狸と出くわした際は同じ対応を取っていた気がしたが、今回はどういった風の吹き回しだろう。少なくとも攫ってきてはいないのは確かだ。

「どうしたんですかその子は。」
「…拾った。」

義勇さんはげんなりとした表情を浮かべて私の腕に子狸を預けた。すっぽりと抱き留められる小さな身からは想像もできないような溢れんばかりのパワーに押されたようで、ぴんと立った耳も力なく折れてしまっている。相当お疲れの様子だ。山奥でひっそりと暮らしてきた義勇さんにとって他者と関わることはエネルギーを多く消費するのだろう。対して子狸は私の腕に抱き留められてもまた元気に喋る喋る。

「道に迷っていたところを助けていただきました!たんじろうと言います!」
「ちゃんと自己紹介出来て偉いねえ。」
「長男なので!」

ふんす、とどや顔を決めた炭治郎は誇らしげに胸を張った。その姿が愛らしくてふわふわな髪を梳きながら撫でる。子を持つなら炭治郎みたいな子がいいと思えるぐらいには既に心を掴まれていた。これは義勇さんも拾いたくなるはずだ。柔らかい毛を堪能していると、暫く撫でられて気持ちよさそうにしていた炭治郎ははっと思い出したかのように私の着物の襟を小さな手で掴んだ。

「申し遅れました!暗くなると母が危ないと言っていたので朝までお世話になります、奥様。」
「…………うん?奥様?」
「お二人で暮らしているのでしょう?それに義勇さんに聞いた時も否定されませんでした!」

義勇さんとは訳あって今は塒を同じくしているが、番になった覚えはない。ぎぎぎ、と錆びた音が鳴りそうなゆっくりした動きで首を動かして義勇さんを見れば気まずそうな顔をして目を逸らされた。相手が子供だからと言って嘘は良くないでしょう。すっかり信じ切った炭治郎は奥様!奥様!と私を呼ぶのだから一日奥様になりきる他なくなったのだった。
Giyu Tomioka & Tanjiro Kamado






03/29 Sun 21:18:44


「…聞くだけ無駄だと思わなかったのか。」
「ですよね…。」

友人の結婚式が終わり、二次会へと進む前に義勇さんに念のため連絡を入れたらこれだ。明らかに機嫌が悪いと携帯電話越しでも十分伝わる声色に肩を竦める。二次会には友人である新婦側の参列者だけでなく新郎側の参列者、つまり男性も多く参加するために許可を得ようとした結果、良い悪いの判定以前に彼を怒らせてしまった。こうなったら彼は意地でも首を縦に振らないだろう。友人達に先に言ってて、と声をかけて周りに聴こえないよう、口元を携帯を持たない手で隠した。

元々義勇さんには結婚式が終わったら様子を見て、帰れそうなら直ぐに帰宅すると伝えていた。慣れないドレスやピンヒールは疲れると踏んでいたからだ。実際に式場に着くまでの道のりで何度も足をくじきそうになった。しかし、一たび式場に入り、披露宴で友人達と顔を合わせれば話は尽きないもので、美味しいコース料理を堪能しつつ喋りに喋った。近況報告や思い出に花を咲かせていたら楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、このまま別れるのが惜しくなった私は急遽予定を変更したくなったのだ。

「…そんなに行きたいのか。」
「結構遠方に引っ越した子もいたから今回を逃すと暫くは会えそうにないの。義勇さんが心配するようなことはしないから、お願い。」
「男も沢山いるんだろう。」
「女の子だけで席を固めるよ。」
「酔ったら席なんて関係なくなる。」
「お酒飲まずにソフトドリンクにする。隙を見せなければ大丈夫でしょう?」

珍しく私が食い下がるから義勇さんは言葉に詰まり、長いため息を吐いて結論を下した。約束した時間までには店を出ること、帰る前には連絡を入れて迎えに来てもらうことを条件にお許しが出たのだ。途端に歓喜から声色が明るくなった私を案じて羽目を外さないようにと忠告は受けたが、許可が出たのは事実。

「義勇さんありがとう、大好き!」
「…ああ。」

案外甘いな、と思ったり思わなかったり。
Giyu Tomioka




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