流れ落ちる大きな滝の流れのように、今日初めて知った思いも掛けない姉さんの過去。
それを何とか飲み込もうとするために、私は一度、ギュッと瞳を閉じた。
そのまま、暫く黙っていても、沙織さんは何も言わず、私が納得するのを、ただ黙って待ってくれていた。


どのくらい時間が経ったか分からない。
多分、五分程度だろうが、私は漸く目を開き、目の前のテーブルに置かれていたお茶に手を伸ばした。
お茶と一緒に、胸につかえたモヤモヤした思いを飲み込みたい、そんな気持ちだった。


「事情は分かりました。姉はこのグラード財団、いえ、貴女のために幼い頃から働いていたのですね。自らの危険を顧みもせずに。」
「ええ、そうですわ。私は浅海さんのお姉さまに、どれだけ感謝しても足りないくらいです。ですから――。」


そこで、一拍置いた沙織さんは、それまで私に向けていた視線を更に強め、グッと真剣な眼差しで言葉を続けた。


「ですから、私も大変気になっているのです。浅香さんの死が、果たして事故だったのかどうか、と……。」
「やはり、疑問があるのですね。姉の死因には。」


疑惑が確信に変わっていく。
やはり姉さんの手紙から私が感じた違和感は、気のせいではなかったのだ。
同じように疑問を感じている人が、今、目の前にいるのだから。


「聞いているとは思いますが、浅香さんの死因は崖から落ちた際の転落による脳座滅(ノウザメツ)です。」
「脳座滅?」
「簡単に言えば、強い衝撃を受けて脳に損傷が起こったという事ですわ。でも、問題はそこではありませんわね。」


そう、そこではない。
何にせよ、姉さんが崖から落ちて死んだ事には変わりないのだから。
問題点は『何故』崖から落ちたのか、という部分である。


「事故直後、勿論、聖域内部でも調査は致しましたわ。ですが、結果はやはり事故だと……。」
「それでも、沙織さんは信じられなかったのでしょう?」
「ええ。嘘だと思いました。きっと、誰かが裏から手を回し、事実を改竄(カイザン)したのだと、そう思いましたわ。」


改竄……。
姉さんの死の真実を知られたくない誰かが、故意に事実を捻じ曲げ、偽りの報告を作ったという事。
しかも、そういう事が出来ると言う事は、ある程度の力を持っている人物である可能性が高い。


「あの崖は一般人が通常近付く事のない場所にありました。聖域に勤める者とはいっても、あの場所に一人で行くなど有り得ないとしか言えません。」
「それは、どういう意味ですか?」
「ある程度の想像は付いていると思いますが、可能性としては自殺か、あるいは他殺か。」


自殺……。
姉さんが自殺?
有り得るだろうか?
私には、どうにも想像が出来なかった。
ならば、可能性が一番高いのは、他殺ということになる。


「ですが私には、それ以上、追及する事が出来ませんの。事実を改竄出来るだけの力を持つ者、それは聖闘士の頂点に立つ彼等しかいないのですが……。しかし、私が彼等を疑っては、聖域内部の信頼関係が揺らぎます。ですから、私は知ってて知らぬ振りを通さなければいけないのです。」
「では、姉の件は『事故』という事で決着してしまったのですね。」
「ええ、形式上は。」


その刹那、沙織さんの鋭い瞳と目が合った。


『形式上は。』


その言葉が、沙織さんが私に何らかの期待を抱いている事を如実に表している。
彼女は私に何かを求めてる。
そして、分かった。
グラード財団のトップである彼女が、何故、私のような下々の人間と、こうして直に対面しようとしたのか、その理由が。





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