視界には薔薇ばかりが映る、一面の薔薇に包まれた庭の一角。
ふんわりと薔薇の香りを漂わせる紅茶を手にして、私はただ黙って座っていた。
そして、紅茶まで薔薇の香りがするなんてと思いながら、ついつい惹かれて口を付けてしまう。
先程、白羊宮でお茶を頂いたばかりだというのに。


「ふふっ。アイオリアの恋人は随分と大人しい子なんだね。」
「こっ、恋人ではないぞっ!」
「だから、その慌て振りは返って怪しいと、さっきも言ったろう、アイオリア。」


柔らかで、それでいて、からかうような微笑を顔いっぱいに浮かべたアフロディーテさんの言葉を、目一杯、否定するアイオリア。
そんな彼を更にからかうシュラさんは、鋭い瞳を細めて楽しげに口元に笑みを浮かべている。


確かに、アイオリアの顔は否定するだけ無駄な程、真っ赤だ。
まるで、私達が本当に恋人同士だと宣言しているように見えてしまう。
実際は恋人でも何でもなく、彼はただ私の護衛をしてくれているだけ。
なのに釣られて私まで顔を赤く染めれば、否定する余地など何処にもなくなってしまった。


「あーあー、つまンねぇな、ったく。なンでまた、アイオリアの恋人ご披露会に俺等が付き合わなきゃなンねぇワケ?」
「僻むな、デスマスク。お前に恋人が出来んのは、その口の悪さのせいだと分かってるだろう?」
「そうそう。黙って真面目な顔して立ってれば、それなりにセクシーで格好良いものを。」


赤くなって黙りこくっている私達を置き去りに、彼等三人の話はドンドン進んでいく。
それを聞きながら、この人達はとても『大人』なのだと感じていた。
それぞれの中で、ある程度の線引きをして、それ以上は深く入り込まない。
だから、楽に会話が進むし、楽に過ごせる。
三人一緒にいながら、それぞれのスタンスを守り続けいているからこその、この絶妙なバランスなのだわ。


「オイ、テメェ等。そりゃ、どういう事だ?」
「お前は喋るな、という事だ。」
「そういう事だね。」
「チッ! 見てろよ。その内、すンげぇ美人でナイスバディーの姉ちゃん連れてくっからな。ビビるんじゃねぇぞ!」


そうか、だから私は戸惑っていたんだ。
どう話に切り込んでいけば良いのか分からずに、ただ圧倒されて。
この絶妙なバランスの中に飛び込んでいくのは難しい。
しかも、それが彼等にとって楽に聞けるような話題では無いからこそ、余計に。


「お前には無理だ。」
「確かにね。」
「うっせー、黙れよ。極悪山羊とオカマ魚。」


私達は完全に置いてきぼりを食らっている。
どうやって彼等の会話に加わろう?
それより、どのようにして姉さんの話題を振ろう?


私はチラリと横に座るアイオリアの横顔を見上げた。
彼はもう落ち着きを取り戻し、顔の赤さも引いている。
私の視線に気付くと小さく頷き、テーブルの下の見えない場所で、そっと手を握ってくれた。
その大きな手は、「俺に任せろ。」と、そう言ってくれているようだった。





- 3/9 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -