私達の方へ向かって一歩一歩、確実に階段を踏み締めながら上がってくる男性。
その人物の後方から、まるで後光が射したように朝の光が輝き、同時にその光に乗ってスーッと風が吹き抜けて来た。


あぁ、この映像、何処かで見た事あるような……。
そうだ、以前に博物館に展示されていた『来迎図』。
死者を西方の極楽浄土へと迎え入れるため、多くの菩薩を引き連れ迎えにきた阿弥陀如来の姿。
そんな絵を彷彿とさせる神々しさを伴って、その人物は私達へと近付いてきた。


「シャカ。」


アイオリアが呟いた一言に、心がドキッとする。
その言葉は目の前の人物の名である事に間違いない。
だが、それが『シャカ』という名だなんて、嘘としか思えなかった。
仏の姿を思わせる姿をした人の名が『お釈迦様』と同じだなんて。


「アイオリアか。そっちの女性は……、浅香の妹かね?」
「っ?!」
「誰かから聞いたのか?」
「いや、誰からも、何も聞いてはいない。」


まだ名乗りもしてない、初対面の相手なのに、何故、私が姉さんの妹だと分かったのか。
早々と私に関する話が伝わっているのかと思いきや、そうではないと言う。
私は目の前の『シャカ』と呼ばれた男性を、穴の開く程にジッと見た。
彼は私の方に顔を向けてはいるが、瞳は閉じている。


「目に見える物など僅かなものだ。見えぬからこそ、より深い部分まで理解が出来る。そうは思わないかね?」
「俺にはさっぱり分からん。」


そのような言葉など理解出来ぬと、きっぱり言い切って、アイオリアが顔を顰める。
それを見て、いや、目を閉じているのだから実際には見えていないのだろうが、シャカさんはフッと軽い笑みを零した。


「キミから感じる小宇宙は、浅香のものと良く似通っている。強い血の繋がりを持った者だと直ぐに分かった。で、聖域に来て、何をしようというのかね? もしや、彼女の死について、探りに来たとでも言うのか?」
「……えぇ、その『もしや』です。知りたいんです、姉の死について。」


彼が私をジッと見つめているのを感じた。
瞼は閉じられ、私の事など見えていないだろうに、それでも心の奥まで見透かすように全てを見つめられている気がした。


「一つだけ、キミに忠告をしておこうか。」
「何でしょうか? 何かをご存知なのですか?」
「いや、私は何も知らぬ。何も分からぬ。だが、キミにとって真実を知る事が必ずしも良い事かどうか、私は些か疑問に思う。」
「それはどういう意味だ、シャカ?」


何も知らないと言いつつも、何かを知っているような口振り。
その言葉に混乱する私に代わって、彼がシャカさんに問い返した。


「言葉通り、そのままの意味だが? 見落としそうな程に近くにある真実を見つけた時、後悔したくないと思うのならば、何も知らぬ方が良い。」
「……近くにある、真実?」


ボンヤリと、近寄り難いシャカさんの整った顔を見つめる。
その視界の中でコクリと一つ頷くと、彼は私達の横をすり抜け、音も立てずに階段を上っていった。
あっと言う間に遠ざかってしまった後ろ姿に、ハッとした時には、もう遅く。
私達は階段の途中で、呆然と立ち尽くしていた。





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