ココだけ、まるで違う空間のようだ。
そう思わせる程に、穏やかで落ち着いた空気が流れている。
そして、それは私の目の前で優雅にお茶を注いでいる人物の物腰や話し方が、そう感じさせる一番の理由だった。


「そうですか。シャカが、そのような事を……。」
「はい。でも、お陰で返って真実が知りたくなってきました。」


白羊宮のリビング。
私の言葉にフフフと軽い笑いを零したムウさんは、カップに注ぎ終えた紅茶をアイオリアと私に手渡すと、ゆっくりと空いていた椅子に腰を掛けた。
穏やかな表情を崩さず、私に視線を移したムウさんは、手にしたカップを口に運びつつ言葉を続ける。


「確かに、知らない方が良いと言われれば、余計に知りたくなるのが人間の心理ですからね。全く、シャカも人が悪い。」
「アイツ、何故、あのような事を言ったのか……。何か知っているのか?」


アイオリアは、この宮に入ってからずっと顰めていた顔を、更に顰めて言った。
視線は目の前に置かれたカップに注がれてはいるが、それに手を伸ばそうともしない。


「いえ、彼は何も知らないと思いますよ。ただ、何かに気付いたと言うか、悟ったのかもしれませんね。シャカの感性は人一倍鋭いですから。」
「悟った? つまり、シャカさんは独自に何らかの答えに辿り着き、それが疑いない真実であると確信している、という事ですか?」
「えぇ、そうでしょうね。そして、それは貴女にとって知らない方が良い事だと判断した。」


知らない方が良い真実。
だから……、だからこそ姉さんの死の真相は闇に隠されて葬られ、誰にも知られる事なく消えていこうとしていたのかもしれない。
それを掘り返そうとしているのだから、この一件に関わった人達にとっては、傷を抉るような痛みなのだろう。
そっとして置いた方が良い。
シャカさんの言葉には、そういう意味も含まれていたのかもしれない。


「どうするおつもりですか、浅海さん? と言っても、貴女の決意は変わらないのでしょうけど。」


自分の気持ちを見抜かれていた事に、私は深く驚いた。
目の前で柔らかな笑顔を崩さないムウさんは、その冷静な視線で私の心の奥まで見透かしていたのかしら。
優雅な物腰と、聡明で落ち着いた雰囲気。
確かにアイオリアが苦手にしそうなタイプだと思って傍らの彼に視線を移せば、相変わらず眉を顰めたまま紅茶には手を付けようともしていない。
きっと居心地が悪いのだろう。
彼の横顔を見ながら、心の中で零れそうになる笑いを堪えた。


「このまま何も知らずに帰国すれば、ココまで来た意味がまるでなくなりますし、折角の沙織さんの好意も無駄にしてしまうでしょう。私は知りたいんです、姉の死の真相を。例え、後悔する事になったとしても。」
「そうでしょうね。真実が分からずモヤモヤとした日々を送るのも、また辛いものです。分かりますよ、貴女のお気持ちは。」


ムウさんは、それまでずっと浮かべていた笑顔をスッと引っ込めると、一旦、何か考え込むように眉を顰めた後、再び私に視線を戻した。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「浅香さんの事は、私自身はあまり良くは知りません。ですが、あの三人――、デスマスクとシュラ、アフロディーテの三人と、仲が良かったと言うか、一緒にいる事が多かったようですよ。」
「それは知らなかった。本当か?」
「えぇ。以前、アフロディーテがそのような事をポツリと言ってましたから。」


私がアイオリアの方を見ると、彼は深く頷いてくれた。
考える事は同じ、その三人に会いに行こう。


ムウさんに短い挨拶を済ませて白羊宮を出ると、私達は急いで来た道を戻り始めた。
長い階段が延々と続き、心が急いた私には、永遠に終わりのない階段なのではないかとすら思えた。





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