グラード財団の内部から、この地に送り込まれた姉さん。
まだ幼かった姉さんは、おっとりとしている様に見えながら、仕事はしっかりとこなしていた。
日本人はおろか、アジア人さえ少なかった聖域で、心細い事だって多かっただろう。
時には命の危険すら感じる事だって、一度や二度ではなかっただろう。
それでも、弱音一つ吐かず、気丈に生きてきた。
それは日本の地で優しい父母に守られて生きてきた私の人生とは比べる事も出来ない、神経を磨り減らす過酷な日々だった事は想像に難くない。


そんな中で出会った一筋の光、それがアイオロスさんだったんだ。
苦しい時、辛い時、逃げ出したい時、いつも支えてくれたアイオロスさん。
姉さんにとっては、彼の魂と共にいる時だけが、唯一の心安らぐ時間だったのだと思う。


だから、聖戦が始まった時、いや、日本で沙織さんが行動を開始した時から、姉さんにとっては不安ばかりの日々が訪れたに違いない。
アイオロスさんの魂は、アテナである沙織さんや、彼女を守る青銅聖闘士の皆の元へと向かう事が多くなった。
自然、姉さんの不安は大きくなる。
アイオロスさんに会えないだけでなく、これから聖域はどうなっていくのだろうという不安に、心は千々に乱れただろう。


自身の板挟みな立場もある。
長年過ごした聖域、知り合った人々、彼等を裏切りたくないと思う反面、姉さん自身は日本にいる沙織さんの仲間であるという事。
姉さんは、どれだけ悩み、苦しい時間を過ごしたのだろうか?
その苦悩は、私には想像も出来ない。


「苦しみの時が過ぎて、やっと皆が蘇って戻って来た。だけど、そこに兄さんの姿はなかった。だから、浅香は……。」


ポツリと呟かれたアイオリアの言葉。
そう、喜んだのも束の間、戻って来た聖闘士達の中に、自分が一番に逢いたい人の姿はなくて。
それどころか、彼のお墓や、亡き人に会える草原、月に一度のあの崖の上でも、アイオロスさんはその姿を現さなくて。
きっと彼は戻ってくるのだと期待に胸を膨らませていた分、その反動が大きく姉さんの心を浸食してしまったのだろう。
姉さんはカノンが言っていたような『夢遊病』のような状態になってしまった。


「何度か言い聞かせたんだぜ。時間は掛かるが、アイツはちゃんと戻ってくるからってな。だが、虚ろな浅香の耳に、その言葉はもう届いてなかったンだろう。」
「アテナが俺の身体を蘇らせるのに合わせて、魂も同調させなければならなかった。だからその間、浅香の前に姿を現す事が出来なかった。早く彼女に会いたい一心で、だが、時間は予想以上に掛かってしまった。」


他の黄金聖闘士達が蘇ってきてから、アイオロスさんが蘇るまでの長い時間のブランク。
それが姉さんに与えた失望。
多分、姉さんは諦めてしまったんだ。
もう、どれだけ待ってもアイオロスさんは蘇ってこないのだろうと。
何しろ他の皆と違って、十三年もの時間の隔たりがある。
シオン様のように、冥界側の力を借りて、一度、蘇生したりもしていない。
姉さんにはアイオロスさんを信じて待つだけの要素が皆無だったんだ。


そして、自分からアイオロスさんの元へ行く事を決意した。
その頃にはもう、周りの言葉も景色も、何一つ姉さんには届いていなかったのだろう。


「遅かった……。遅過ぎたんだ、俺は……。」


後の言葉は途切れて消えた。
今、一番、泣きたいのはアイオロスさんだろう。
だけど、その悲しみを多分に含んだ呟きに、私の方が涙を流しそうになった。





- 6/8 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -