その翌日の事だった。
沙織さんと午後のお茶の時間を過ごした後、私はアイオリアと連れ立って十二宮の階段を下っていた。
その日は、もう真夏と言っても良いくらいに暑かったけど、私達はギュッと手を繋いで歩いていた。


冷たい紅茶を飲みながらの沙織さんとのお喋り。
それは、姉さんの恋人だったのではないかと思われる人についての話題に尽きた。
姉さんが私に書いた最後の手紙に書いてあった『あの人』の事だ。


この聖域の中に、黄金聖闘士さん達の中に姉さんを手に掛けた人はいない。
この数日の間、心の中で繰り広げた問答の果てに、私はそう結論付けていた。
でも、姉さんの恋人であった人は、間違いなくココにいると思う。
犯人などいないと勝手に決め付けて忘れ掛けていたけれど、私が探している人は、もう一人いたんだ。
姉さんが大好きだった『あの人』。
彼の帰りを心待ちにし、でも、結局、姉さんは死んでしまって再会は叶わなかった……。


このまま真相が分からなくても良い。
でも、せめて姉さんの想い続けた『あの人』だけは見つけたい。
この聖域の中に『彼』がいるなら、姉さんと何があったのか、姉さんの事をどう思っていたのか、それだけでも聞きたかった。


沙織さんのいる執務室を出た後、ずっと黙りこくっていた私に何も言わず、何も聞かず。
ただ、そっと手を差し伸べて、小さな私の手を包み込んでくれたアイオリア。
姉さんにとっての『あの人』は、今の私にとってのアイオリアのような、誰よりも頼れる、誰よりも安心出来る、誰よりも愛して止まない人だったのだろうか?


肌を突き刺すような鋭い日光を浴びて、それでもしっかりと繋がれて離れない二人の手と手。
その優しさに甘えて、ずっと彼に寄り掛かっていたくなる。
私に残された時間は、あと僅か。
アイオリアとこうしていられるのも、あと僅か。
夏の暑さに上昇していく体温の変化さえも分かる程に、強く繋がれた手、寄り添い合う身体。
彼の確かな存在を感じながらも、切なさに揺れる胸が痛くて。
私は、それを自分の心から誤魔化そうと、眩しいばかりの空を見上げた。


澄み切った青い空には、綿菓子のようなフワフワした雲が浮んでいた。
流れているのか、いないのか。
空という海にプカプカと浮んで、のんびりと漂う真っ白な雲。
ふと、あの日の事を思い出した。
アイオリアと二人、空を見上げて寝転んだ草原。
あの時、私も彼も今は亡き大切な人の姿を見た、あの場所。


「……アイオリア。」
「ん、何だ?」
「この前の草原に行きたいの。ほら、魔鈴さんが教えてくれた。」
「あぁ、あそこか……。分かった。浅海が行きたと言うなら、そうしよう。」


幻影でも良い。
あの草原に行けば、もう一度、姉さんに会えるかもしれない。
ホンの少し、何かのヒントだけでも分かれば……。


そんな淡い期待を抱いて、私はアイオリアの横を歩いていた。
もう出来る事はタカが知れている
だからこそ、藁にも縋りたい、そんな気持ちだったのかもしれない。





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