19.曇天



それからの数日間は、代わり映えのしない日々だった。
沙織さんが戻ってくる前と変わらず、アイオリアと私は聖域中の色んな人と会い、姉さんの話をして。
でも、行く先々で、話の内容は殆ど変わらず、新たな情報もないまま、ただ時間だけが流れていく。


それでも、以前とは違っているところも幾つかある。
午後のお茶の時間は、執務に疲れた沙織さんのところへ赴き、三十分程、お喋りするのが日課となった。
そして、時間が空いているからか、興味本位か分からないけれど、聞き込みをして回っている時に、たまにアイオロスさんが加わったりする事もある。


不思議な事に、アイオロスさんが加わると、話がとても弾むのだ。
アイオリアに対しては、黄金聖闘士様相手だからと萎縮していた人達も、アイオロスさんが相手だと、何故か皆が朗らかに話し出す。
『聖域の英雄』と呼ばれ、誰からも尊敬の眼差しを向けられる彼だが、その重々しい呼び名とは裏腹に、とても親しみ易い人なのだ。
多分、いつも浮かんでいる太陽のような笑顔のためもあるんだろうけど。
それ以外に、『アイオロスさん』という一個の人間が、分け隔てなくあらゆる人を惹き付けるだけの魅力を持っているのだと、そう思う。


ココに来た最初の頃は、私は周囲から異質な目で見られ、疎外されている感じを大いに受けていた。
黄金聖闘士さん達にしてもそうだった。
それは、私が誰も信じず、皆を疑いの眼差しで見つめていたから。
だから、皆も私に対して、意識しない程度の低い壁を作っていた。


でも、今は……。


今は、皆が優しく私に接してくれる。
ミロとカミュは、いつも積極的に声を掛けてくれるし。
ムウさんとアルデバランさんは、慣れない生活を続ける私の身体を心配して様子を見に来たり。
サガさんも、教皇補佐の権力で何かと便宜を図ってくれる。
デスマスクさんは、お隣のよしみで、たまに料理を持ってきてくれたり。
アフロディーテさんが、薔薇園でのお茶に誘ってくれる時もある。
あのシュラさんも、遠回しながらも気遣いを見せてくれる事がある。
シャカさんは時折、獅子宮に顔を出しては、「真実は見えたかね?」と私に問い質し、それに対して私が首を横に振ると、「そうか。」と言って、また去って行く。


皆が皆、彼等なりの優しさを持って、接してくれているのだ。
そう思うと、ココに姉さんの死に繋がる人が本当にいるのかと、疑問に思えてならない。
誰も、姉さんの死には関係していないのではないか?
あれは、ただの事故だったのではないか?
近頃は、そんな考えばかりが私の頭の中で繰り返し回っていた。


もし……、もし、そうならば……。


私は、このままアイオリアとの時間を過ごし、約束の時が来たら彼と別れて、彼の元を去って行く。
ただ彼と出逢い、彼と恋をし、彼と共に過ごし、彼と離れる。
それだけで、私のこの長い休暇は終わってしまうのだろう。
それは、とても寂しく、悲しい気がした。


結局、何も分からないまま終わってしまうだけなんて。
姉さんの死の真相も分からず、アイオリアとの恋も終わってしまう。
強い風に吹かれて、遥か遠い異国の地までも流されてしまう雲のように、静かに散って終わってしまうの。
それは劇的な最後でもなく、自然に、いつの間にか消え行くように。


私は腕を伸ばして、隣にいたアイオリアの手をギュッと握った。
彼は首を傾げて私を見たけど、何も言わず強く手を握り返してくれた。
この手の温もりを強さを、ずっと忘れたくない。
思い出を魂の中にまで記憶出来れば良いのになんて、私はそんな事を考えていた。





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