雄……。
カプリコちゃんじゃない、とすると……。
ほ、本当にシュラ様なんですか、この黒猫ちゃんはっ?!


「ミャン。」
「それは、『はい』というお返事ですか?」
「ミャン。」
「し、シュラ様でしたら、右手を挙手してください。」
「ミャッ。」


シュパッと上がる右手、もとい右の前足。
これは明らかに以前に見た光景と同じ。
という事は、この黒猫ちゃんは、またしてもシュラ様が猫に変化してしまった姿。
あ、頭が痛いわ、何やら頭痛が……。
と、呆然とベッドの上に座り込む私の膝に、黒猫ちゃんがミャンミャンと嬉しそうに頬を擦り付けてきた。
艶々な猫っ毛が、素肌に心地良い。


「いや、これは夢よ。うん、夢に違いないわ。」
「ミャッ。」
「シャワー浴びてくるので、ちょっとココで待っていてください。良いですね?」
「ミャー。」


嫌だと言いたげに首を振る猫ちゃんを引き剥がし、サッとバスローブを纏った私は、足早に浴室へと向かう。
しかし、足首にポフンと当たる柔らかな感触に、私は溜息を吐きつつ屈み込んだ。


「待っていてくださいと言った筈ですが?」
「ミャッ?」
「猫は水が嫌いで、お風呂が嫌いだと聞いていますけど?」
「ミャッ?」
「何を言っているか分からないって顔して、可愛く首を傾げても駄目です。」
「ミ、ミャー!」


狭い眉間に指を当て、グリグリと押し付けてやると、途端に不機嫌な鳴き声を上げる黒猫ちゃん。
もがく前足がシュッと伸びてきたのを避けると同時に、素早く立ち上がり、その勢いのままにバスルームに駆け込んだ私は、急いでドアを閉めた。
バタンと閉ざしたドアの向こうから、ガリガリガリと引っ掻く音が響いてくるが、気にしない。
えぇ、気にしないわ。


――ザザザー……。


冷たいと感じるくらいに温度を下げたシャワーを浴び、気持ちを落ち着けようと試みる。
シュラ様が再び猫化してしまう夢? 幻覚? を見てしまう程に、私も癒しに飢えているのかしら。
あの一件の後、デスマスク様もアイオリア様も可愛い猫ちゃんを飼い始めたのに、磨羯宮でペットの飼育は許さんと、シュラ様に断固拒否された事が、自分で思うよりも、ずっと堪えていたのかもしれない。
だから、猫ちゃんに飢えて、猫ちゃんを欲してしまったのだわ、うん。


――ミギャー!
――ガリガリガリ!


ドアの向こうから怒り狂った猫ちゃんの泣き声と、ひたすら爪で引っ掻く音が聞こえてくる。
でも、聞こえない、聞こえないわ!
これも幻聴よ、幻聴!


「ミャン!」
「やっぱり居る……。」


シャワーを浴び終え、ドアを開けて廊下へと出ると、そこにチョコンと座って待っていた猫ちゃんが、嬉しそうに甘えた鳴き声を上げて、私を見上げてきた。
少し前から鳴き声が聞こえなくなっていたので、やはり夢だったのかと安堵していたのに。
どうやら夢でも幻覚でもなかったようです、現実というのは何と恐ろしいものか……。


「ミャーン。」
「悪夢ですか、これは……。」


寝室に戻り、手早く女官服に着替えた私は、鏡に向かってメイクをしている間も、背後のベッドでゴロゴロと転がったり、ググッと手足を突っ張って伸びをしたり、モゾモゾとシーツに潜り込んだりしているシュラ様であろう黒猫ちゃんの様子が気になって、気になって。
何度も振り返っては、暢気に広いベッドを占拠している黒猫ちゃんの、危機感のまるで感じられない姿を見て、深く溜息を吐いたのだった。





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