あたしは始まる前から爆睡してたから、聞いてなかったけど、どうやらホールの空調が壊れてるらしい。

 ホールにいた高校生たちの大半がロビーに出てきて、「暑い」と騒いだり、手で自身を仰いだりしている。

「樹里のとこ暑くなかった? こっちは隣の席から運動部っぽい、がたいのいい男子が続いて座ってたせいか暑苦しくて仕方なかったんだよー」

「全然。気づかなかった」

 自動販売機に長蛇の列が出来てるのもそのせいなのか。

「どーしよ。トイレも行きたいんだけど」

「行ってきなよ。あたし並んでるから。何が欲しいの?」

「んー……アセロラ的なもの」

 暑い暑い言いながら、よくあんな甘ったるいもんが飲めるな。

「了解した」

 お金を受け取り、前に向き直る。あたしの前にはざっと見て20人くらいは並んでいるっぽい。休憩は10分しかないのに、本当に間に合うのか?

「樹里ー、」

 あと3人というところで、ようやく瑠衣が帰ってきた。

「ごめんねー、トイレもすごく込んでて」

「いいよ。てぇか、休憩あと何分?」

「んー? んんん……2分くらい?」

「マジか」

 と、ここでようやくあたしの番。間に合ってよかった。さっさと買って、急いで戻らなくちゃ。つってもホール内は飲食禁止だから、今買ってもほとんど飲めないじゃん。

「ねえ、アタシのも一緒に買ってもらえる? ミネラルウォーター」

 突然脇から腕を捕まれて、ぎょっとする。

 例の隣の席のケバいギャルがいた。

「なに?」

「急いでるの。一緒に買って。じゃなかったら順番譲って」

 有無を言わさない強い口調で命じられ、あたしの血液はまた一気に上昇してきた。

「急いでるって、んなのみんな一緒だろっ? こっちだって10分並んでよーやく順番回ってきたってのに。自分の都合ばっか言ってんじゃねーよっ」

 あたしの言葉にギャルがむっとしたように、口をつぐむ。

 でもそんなの一瞬で、

「確かにあんたの言うとおりだわ。わかった。あんたがダメなら後ろの人に頼むから、とりあえず買うなら買って、買わないならどいて」

 だから何だよその言い方はっ! って怒鳴ってやりたかったけど、あたしの後ろにはまだまだ人が並んでる。

 「そろそろホールに戻ってくださーい」という係のおねーさんの声も聞こえる。

 仕方なしに、あたしは自分の緑茶と瑠衣のアセロラを買って列から離れた。

「樹里、」

 近くで見てた瑠衣が慌てたように近づいてくる。

「ごめんね」

「なんで瑠衣が謝るの?」

「だって、なんか一人で並ばせちゃったからあんなふうに絡まれたのかなって」

「違う。あのギャルあたしの隣の席に座ってんだ。性格キツそうで、嫌な感じなんだよ」

 あ、そうだよ、あのギャル隣の席なんだ。戻ったらまた何か言われるんかなー。

 別にあのギャルが怖いわけじゃない。

 怖いのは自分。あたし、ほんっと短気だから、また何か言われたら手出しちゃうかもしれない……実際1年の時「あんた1年のくせに調子乗ってない? 校則なめてんの?」とかいちゃもんつけてきたうぜー2年の女子に呼び出されて、返り討ちにしてやったら、問題になりかけたことあったし。

「ね、樹里。あの人、中入らないのかな?」

 瑠衣の視線の先に例のギャルがいた。

「違う学校の奴なんてほっときゃいいんだよ」

「んーでもー、何か変だよ?」

 ロビーの端に置かれたサイコロみたいなソファに、セーラー服の女の子が一人、ぐったり、壁にもたれるように座ってた。

 ギャルは床にしゃがみ込んで、その女の子の顔をのぞき込むようにしながら、ミネラルウォーターのペットボトルを差し出してる。

「瑠衣、先戻ってて」

 瑠衣の手にお茶のペットボトルを押しつけて、あたしは大股で二人に近づいた。

 名前がわからないから、

「ちょっと、あんた」

 ギャルが怪訝そうに振り向く。

 あたしの顔を見るなり、眉間の皺をますます深くした。

 ムカつくなあ、その顔。

 てゆーか、

「具合悪い人がいるなら、先にそう言えよっ! あたし一人で怒っててバカみたいじゃんかっ!」

 ギャルは反論するように口を開きかけたけど、それより早く、

「どこの学校の子? 先生には伝えたの?」

 と訊ねる。

「まだ。アタシらの3列前に同じ学校の子がいるみたいだけど」

「名前は? 生徒手帳とかないの?」

「わかんない。でも一番端、通路側に座ってたから言えばわかるかも」

「なら、あたしが言ってくる」

「医務室があるみたいだから、そこに連れてくわ」

「わかった」

 大股歩きで、急いでホールの中に戻る。

 ほとんどの生徒は席に着き、第2部が始まるのを待っていた。

 だけど決しておとなしくではない。

 あたしの席から数えて3列前、一番端に空席。その左隣では男の子が2人、何だか知らないけどジャンケンをしてる。

「ちょっとごめん」

 突然現れたあたしに男子2人は、驚いたように手をグーの形にしたまま固まった。

「あんたらの隣の席の女の子、具合悪いみたいなんだ。先生呼んできてくれる?」

「隣?」

「誰が座ってたっけ?」

 男子2人が顔を見合わせる。

「ショートカットで色が白くて、おとなしそうな女の子だよ。同じ学校なんだからわかるだろ?」

 イライラするとあたしは口調が荒くなる。

 手前の男子が怯えたように首をすくめたけど、奥の男子は面白くなさそうな顔をしてる。

 いかんいかん、初対面の人間に失礼だろう。

「とにかくね、あなた方と同じ学校の女の子が具合悪くて困ってるの」

「そうですか」

 そうですか、って。

「どうする?」

「誰が座ってたか覚えてないし、本当にうちの生徒かもわかんないじゃん?」

「先生どこにいるかわかんないし」

「なあ?」

 本日二回目のぶちっ、がきた。

「うるせーんだよっ!がたがた抜かしてねーで、さっさとテメェんとこの教師探してきやがれっ!」

 一喝すると周りの視線が一斉にあたしに向けられた。

「あ、あの、うちの生徒が何か?」

 おどおどしながらやって来たまだ若そうな男。

 一睨みしてから、教師(と思われる男)の手をつかみ、あたしは医務室へ向かった。

 まったく手間かけさせんじゃないっての!






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