初兄から緊急召集令がかかったのは夜11時過ぎ、お姉が風呂に入ってるときだった。

『居間に集合。ただし隣の部屋の奴らに気取られないように』

 部屋でくつろいでたあたしは携帯片手にこっそりと部屋を出た。

 初兄はどうやらあたしと二人で話がしたいみたい。

 一度寝ついたらまず目を覚ますことのない初兄が、寝たと見せかけてこっそり部屋を抜け出してきたんだから、よっぽどの話だろう。

 居間の卓の上に肘をついて、深刻な顔した初兄がいた。

「どーしたの?」

「不安なんだ」

「何がよ」

「明日が」

「あのさ、はっきり言ってくれない?」

 初兄は答えないで、代わりにノートを差し出した。

 あたしらの交換日記。

「これがどうしたの?」

「豹雅と伊吹の日記に、彰さんという男性の名前が書かれてる」

「明日つれてくる人でしょ? 豹兄と伊吹の共通の友人だっていう」

 初兄はノートをじっと見つめる。

 眉間にシワ寄せて。唇噛み締めて。

「何よ。彰さんがどうかしたの?」

「不安なんだ」

「だから何が?」

 段々イライラしてきた。

 何ではっきりきっぱり言わないんだよ。

「何が、と、はっきり言えないから不安なんだ」

 腕をさすって、重々しい口調で初兄は言う。

「なんか嫌な予感がする。あの人を、彰さんを家につれてくるのは、あまり良くないような気がする」

 マジな顔してなに言ってんの?

 なんて、相手が豹兄や伊吹だったらそう言って笑い飛ばすとこだけど。

 残念なことに、初兄の「嫌な予感」はあたるんだ。

「その彰さんとやらがあたしらに危害を加えるとでも言うわけ?」

「わからない。が、あまり関わりをもたない方がいい気がするんだ」

 初兄は間違ったことは言わない。

 だから、初兄の感じてる不安ていうのも、本当なんだろうけど。

「豹兄の友達だよ? そんな人が悪いことするなんて思う?」

「豹雅の友達だから不安なんじゃないか。あいつはぬけてるとこがあるし、もともと友達が少ないから、久しぶりに出来た友人を信用しきっているだろう」

「でも伊吹だって何も言わないじゃん」

 あいつは素直っていうか、ばか正直っていうか、ただのバカっていうか。

 好き嫌い激しいうえに、わかりやすいから。

 伊吹の中には、好きか、興味ないか、嫌いかしかない。

 嫌いな奴には敵意剥き出しにするけど、好きな人にはべったりだし、興味ない奴はそもそも相手にしない。

「伊吹は明日の彰さん訪問を楽しみにしてるみたいだけど? 初兄が危惧するような危険人物なら、伊吹がなつくはずがないじゃん」

「そうなんだよ。伊吹がなついてるってことは、悪い人じゃないと思うんだ。ただ、もし、彼が伊吹を欺いていたとしたら?」

「あれが騙すことはあっても騙されることはないでしょ」

「だといいんだが」

「良くないから。突っ込むとこだから」

 初兄はそれでも険しい顔をやめない。

「蓮花はいい男だと聞いて浮き足立ってるから、頼りにならないしな」

「なにそれ。あたしに何かしろって?」

「彼が、彰さんが、どういう人間か見極めて欲しいんだ」

「無理。自信ない」

「少なくとも蓮花や豹雅よりは冷静な目で見られるだろう?」

「伊吹には劣るってこと?」

「そうは言ってない。こんなことで伊吹と張り合うな」

「別に張り合っちゃいないよ。何で伊吹の名前が入ってないのか気になったから」

「あいつは楽しければいいってタイプだ」

「だから?」

「なんとなく、信用出来ない」

「弟を信用出来ないの?」

「そうじゃなくて。彰さんのことに関しては、あいつ楽しんでるような感じがするんだよ」

 初兄は腕をさすって障子を見る。

 お姉が廊下を歩く足音が聞こえた。

「なんとなく?」

「なんとなく」

「なんとなくね」

 初兄の「なんとなく」はほぼ間違いなく「絶対」なんだよ。

「てゆーか。何であたしに頼むの? 初兄、自分で彰さん観察すればいいじゃん」

「なんとなく、」

「またなんとなく?」

「明日はいつものように落ち着いていられない気がするんだ」

 胸に手をあてて、

「心臓の音がやけにうるさい。ざわざわする。身体の何処かで警報が鳴ってるんだ」

「彰さんて悪魔かなんかなの?」

「人間だろ。普通かどうかは別として」

 何で人間をそんなに怖がるのか。あたしにはわかんない。

「生きてる人間が一番怖いよ」

 初兄の口調は重々しい。

「そんなに嫌なら、明日、断ればいいじゃん」

 初兄がこんなに怯えてるんだから。お姉だって、豹兄だってわかってくれる。伊吹は自己チュー野郎だから、渋るかもしれないけど。

「出来ないよ。みんな、あんなに楽しみにしてるのに」

「初兄もバカだよね」

「それはバカみたいに人がいいよね、てことか?」

「うん、まあ、そんな感じ」

「そんなつもりじゃないんだけどな」

 でも、あたしは初兄のそーゆーとこ好きなんだよな。

 ときどき、本気でバカじゃないの? て思うけど。うちの兄弟は人がいいんだ。伊吹とあたしは別として。

「わかった。出来るだけ協力する」

「助かるよ。おまえは本当に頼りになる子だ」

 そう言われて、ちょっとだけ得意な気分になった。

 そうよ、あたしのが伊吹なんかより初兄の役に立つんだからね。






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