ミズキチちゃんは頑張る(前) - 水森視点


「お兄ちゃん」

「どうした妹よ」


 某月某日。
 ある日の昼下がり。
 会社近くの喫茶店に、私は兄を呼び出した。

 5つ年上の兄は有名な玩具メーカー企業に勤めていて、子供向けの商品企画を担当している。
 開発アイテムを考案するだけではなく、営業部と共に小売店との商談を進めたり、生産現場である中国工場に出張する事も多く、多忙な日々を送っているみたいだった。
 そんな兄とこうして会うのは実に久しい。

 しかし今日は。
 無理やり時間を作ってでも、多忙の兄と直接会って相談したい事があった。
 それは。


「色気ってどうやったら出ますか」


 これだ。
 ふざけているつもりはない。
 私はすごく、今ものすごく真剣に悩んでいる。



 密かに好意を寄せていたキリタニさんと、想いが通じ合って3ヶ月。
 特に荒波立つようなトラブルも無く、いたって順調にお付き合いをさせて頂いている。
 今までの経験上、交際2ヶ月も続かなかった私が、だ。快挙だ。

 今まで誰と付き合っても、僅か1ヶ月という短期間でフラれまくっていた私。
 その原因はきっと、私にあるんだと思う。
 童顔だし、チビだし、体つきだって男がそそるようなスタイルとは言い難い。中身だって普通の女の子みたいに可愛い性格はしていない。
 要は女としての魅力が無いんだ。

 けれどキリタニさんは本当に真面目で誠実な人で、そんな私でもとても大切にしてくれる。
 いつも私を気遣ってくれる。
 優しくしてくれる。
 時折頬や唇を撫でてくるその手が、指先が、愛しさを滲ませた触れ方だと気付いてくすぐったい気持ちにさせてくれる。
 今まで、こんな人に出会ったことは無い。

 仕事は出来るし、見た目も格好いい。
 中身だって、確かにクール系だけど周りが言うほど無愛想な人じゃない。
 頼れるし、人としても本当に理想の存在だ。
 そんな彼とお付き合いをしている私は幸せ者だと思う。


 ……思う、けれど。


 そろそろ、直に触れ合ってもいいんじゃないのかな、私達。

 付き合い始めて3ヶ月。
 次のステップへと踏み込みたいと思うのは、私だけでしょうか。


「……さやか」


 そんな事をムラム……じゃない。
 モヤモヤと考えていた私に、兄は静かに頭を振った。


「よく聞くんだ。お前が本来持っていたはずの色気は、その尋常ならざる胃の中に飲み込まれてしまったんだ。これは予想でも妄想でもなく、純然たる事実だ。そもそも色気というのは、それに見合うヤツでない限り、どうあがいても醸し出せるものじゃない。よってお前に色気は出せない。何故か? お前には、食い気しかないからだ」

「………」


 ひどい。


「もう一度言う。お前に色気を出すのは、無理だ」

「そんな悲しくなる事言わずに。無理だからって諦めたらそこで試合は終了です」

「お前は何の試合をしようとしているんだ」


 冷静かつ辛辣な兄の突っ込みは今日も一段と冴えている。
 なんだか女としての自分をズタボロに否定された気分で悲しくなる。

 そもそもこんな悩み事を家族相手に相談するのもどうなのかと思う。
 けれど私達は交際している事を周りに隠しているから、会社の人間には大っぴらに相談しにくい。
 何より、幼い頃からずっと相談事の相手はいつも兄だった。
 毒舌ではあるけれど、何かと頼りになる兄に甘えてしまう癖は、成人を迎えた今でもどうにも抜けない。


「試合というか、一戦交えたいんです。ベッドの上で」

「万年発情期もいい加減にするといい」

「失礼です。万年発情なんてしていません」

「どの口が言う。胸に手を当てて考えてみろ。過去の自分の行いを振り返るんだ」

「………。(あててみる)」

「どうだ」

「胸の高鳴りを感じます」

「動悸息切れだな。養○酒を飲め」


 冷めた視線が私に突き刺さる。
 やっぱり相談する相手を間違えた。
 酷い言われ様だ。

 確かに、過去付き合っていた人数は多い方かもしれない。
 自分が惚れやすい性格だって自覚もある。
 でも決して遊びなんかじゃなかった。
 浮気心なんて無かったし、ひとつひとつの恋に、私はいつだって真剣だった。
 だからこそ今、前へ進むことに恐怖を抱いてしまう。相手が離れてしまうんじゃないかと躊躇してしまう。
 万年発情してるわけじゃない。
 万年下ネタトークは炸裂しているけれど。

 キリタニさんが好き。
 けれど、彼に対して募る想いは、もう好きという感情や言葉だけじゃ収まらなくなっている。

 彼に触れたい。
 触れられたい。
 私の全部まるごと、あの人のものにしてほしい。
 彼にとって私が一番特別な存在なんだと実感したい。
 彼に想われていることはちゃんとわかっているけれど、大切にされている=触れない事じゃないと思う。

 未だに進展の無い私達。
 キリタニさんはどうして触れてくれないんだろう。
 やっぱり私が子供っぽい所為だろうか。
 私に女の魅力が無いからだとしたら、それは大変由々しき事態だ。死活問題だ。
 そんな危機感が、臆病な私を奮い立たせる。
 いつまでも怖がって受身なままではダメだ。
 彼が動かない以上、私が行動に出るしかない。


「でもいきなり剥いだらドン引きされそうな勢いです」

「おい剥ぐな」


 冷静なツッコミが逆に癇に障る。
 こんなに真剣に悩んでいるのに。

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