真夜中の訪問


 目鼻立ちクッキリの、整った顔立ち。
 青筋をぴきりと立てながら微笑むその様は、なかなかの凄みを醸し出している。
 その辺の女子なら、一瞬でハート鷲掴みにされるであろうその笑顔だ。

 しかし私は気づいてる。
 郁兄から漂う、キラキラな笑顔に隠された禍々しいオーラを。

 突如現れたイケメンに盲目な友人達は、その不穏な空気に気付いていない。
 気付いているのは、幸か不幸か、私と春の2人だけだ。

 なかなか危機的状況ではある、が。
 女たるもの、ここで挫けてはいけない。
 弱腰になりそうな心を奮い立たせて、毅然とした態度を貫く。


「まあ、郁也おにーさん。ご機嫌麗しゅう」

「ほんとにな。こんなところで、大魔神だのゲスだの天に召されろだの、罵詈雑言を浴びせられて最高に気分いいわ」

「一体誰ですかネ。そんなならず者は」

「お前だよ」


 んがっ、と頭を掴まれた。片手で。


「ふぎゃ!?」

「憎まれ口叩くようになったな、もかの癖に」

「ちょ、痛い痛いアイアンクローはやめて!」

「ごめんなさい、は?」

「すみませんごめんなさい比類なき才能をお持ちの郁兄様に嫉妬した凡人の戯言でございます!」

「わかってるならいい」


 パッと手を離されて解放された。
 頭イタイ。
 結局後ろを振り向こうが振り向かないが、私は郁兄の手によってプロレス技をかまされる運命にあったようだ。


「……もか、大丈夫?」


 心配そうに、私の様子を窺ってくる春の優しさが身に染みる。


「顔と頭がイタイ」

「うん、痛そうだった」

「頭、変形してない? ひし形になってない?」

「大丈夫、まんまるだよ」


 まんまるか。なら大丈夫か。

 全く、か弱い乙女になんてことをするんだ。
 郁兄のスットコドッコイ。


「何か言ったか」

「何も言っておりませんんん!」


 貴様、エスパーか。


 心の中で悪態をつく私をよそに、「お兄さんもイケメンだよー」と互いに手を取り合ってはしゃいでいるのは、友人AとBだ。

 おかしい。
 君ら、『顔はよくても性格悪い男はムリ』って言ってなかったっけ?

 今の暴力沙汰を目のあたりにして、キャッキャと騒げる精神が理解できない。
 中身が一番大事だと、切々と訴えた私のあの主張は何だったんだろう。
 帰ったら泣こう。



・・・



「―――郁也さ、ほんとに今日はどうしたの」

「なにが?」

「迎えとかビックリしたよ」

「たまたま営業の帰りだったんだよ。ついでだ、ついで」


 ついで、を殊更強調して、郁兄は春にそう告げた。



 友人達と別れた後、郁兄が運転する車に春と2人で乗り込んだ。
 助手席に誰かが座ることを郁兄は嫌うので、座る場所は後部座席と決まっている。
 嫌がる理由は知らないけど。








 ―――私は幼い頃、両親を事故で亡くした。


 以来ずっと、春と郁兄の家に同居させてもらっている。

 2人の両親は海外で医療ボランティアのお仕事をしていて、日本に戻ってくるのは、年に2回あるかないか、だ。
 実質、この家は春と郁兄2人で暮らしているようなもので、私も一緒に住み着いている。

 3人で暮らしているあの家は、私にとっても、なくてはならない大事な場所。
 ケンカも絶えないけれど(主に私と郁兄が)、そんな事も含めて、毎日穏やかで楽しい日々を送っている。

 ―――"ある事"を除けば。





 私と春は今年で高3。
 春は大学試験に向けて、受験勉強真っ只中。
 医療のお仕事をしている両親を手伝いたいと、医科大学の一般入試を控えている。

 そして私は就職組。
 就活の勝ち組になるべく、大手の内定を貰おうと日々奮闘中だ。



 郁兄は高卒と共に、地元の会社に就職した。
 入社して2年、営業成績は大変優秀らしく、既に上司の人達から一目置かれている存在らしい。
 来年の春頃に、今住んでいるこの家から出て1人暮らしを始めるようだ。



 医大には、男子のみの学生寮がある。
 合格すれば、春も、この家から出ていく。
 3人で一緒に過ごせるのも、残り数ヵ月だ。


「ね、郁兄っていつ家出るの?」

「まだわかんね。来年の3月くらいかもな」


 素っ気ない回答に、ふうん、と返事を返す。






 桐谷家には、昔から古いしきたりがある。
 それは、

 "18歳になったら子供達は家を出る"

 という決まり事。



 でも、郁兄と春の両親はずっと不在の状態。

 だから郁兄は私と春の面倒を見なきゃいけなくて、桐谷家のしきたりを破って、20歳を迎えた今でも、この家に居てくれている。
 私達が高校卒業する頃を待って、この家を出るみたいだ。

 まあ今となっては古いしきたりだから、破ったところでご両親は気にしていないみたいだけど。


「あ、そうだ」


 運転の途中で、郁兄が声をあげた。


「この後、飲み会に行くから家出るわ」

「え、夕飯は?」

「いい。多分帰りも夜中過ぎると思うから、先に寝てろよ」

「わかった」


 春がそう答えれば、郁兄の視線が、今度は私に注がれる。


「もか、ちゃんと歯磨けよ」

「子供じゃあるまいし」


 絶対、わざと言ったな。
 たった2つしか年が離れていないのに、いつまでも子供扱いして。

 胸の内で悪態をつきながらも、郁兄らしいその物言いに苦笑していた時。
 隣に座っていた春の手が、私の手に触れた。

 意図的に動く彼の指が、私の人差し指を捉えて軽く握る。
 途端、静かだった鼓動が甘やかに、私の胸を打ち始めた。

 その仕草は、私と春にとっては意味のあるメッセージ。
 彼の顔をこっそり盗み見すれば、郁兄と会話を弾ませながらも、春の視線は時折私に注がれる。


 " 夜、俺の部屋に来て "

 " うん "


 アイコンタクトで返事を返す。
 春の目を見れば、何を訴えているのかはすぐにわかる。
 何度もこうして、やり取りをしてきたから。

 春も、私の返事を聞いて安堵の息をつく。
 郁兄にバレないように、2人でこっそり笑いあった。




――――――――

――――




 そして夜も更けた頃。
 深夜22時。
 物音を立てないように、私はこっそり自室を出た。

 階段を上がればすぐ横にある、3つのドア。
 真ん中が私に割り当てられた部屋で、両端に、春と郁兄の部屋がある。
 奥へ向かえば、ご両親の寝室だ。

 けど、もう何ヵ月も使われていない。
 郁兄もまだ帰ってきていない。
 この家には今、私と春しかいない。

 いつもより早く脈打つ鼓動を落ち着かせるように、小さく息を吐く。
 ちょっと、緊張してるかも、しれない。



 春の部屋に向かう前に、郁兄の部屋にも近づいてみる。
 ゆっくりドアを開けてみても、奴は飲み会に行ってしまったから当然、中はもぬけの殻だ。
 それでも念の為にと不在を確認して、その場から静かに離れた。

 春の部屋の前に立ち、控えめにノックする。
 ゆっくり開かれたドアの向こう側には、学生服から私服に着替えた春が、私を出迎えてくれた。
 普段と変わらない、柔らかな笑顔。
 けれど纏う空気は、昼間の彼からは感じられなかった色香を匂わせていた。

 優しい手に引き寄せられて、室内へと|誘《いざな》われる。
 後ろ背にパタン、と廊下を遮断する音が聞こえて、高揚感で胸が高鳴った。
 向かい合った春と目が合ったのは一瞬の事で、すぐに彼の広い胸へと抱き寄せられる。
 縋る様に、彼の背中に両腕を回した。

 服越しに伝わる体温が心地いい。
 少しずつ、緊張が解けていく。
 少しだけ早く波打っている春の心音に、緊張していたのは自分だけじゃなかったんだと知り、小さな笑みが漏れた。


「春、緊張してるの?」

「するよ。もかに触れるの久々だし」

「ごめんね」

「ううん、もかが忙しかったのは知ってるから。部活は、もういいの?」

「うん。引退試合も終わったし、引継ぎとか指導のアドバイスもしてきたし、私の役目は終わったよ」

「そっか。じゃあお疲れ様だ。頑張ったね、バスケ部主将」

「ん、ちょっと寂しい」


 去年の夏に、所属していた女子バスケ部の新キャプテンに任命されてから、今日までずっと一心不乱に駆け抜けてきたような気がする。
 私の高校3年間は、バスケに青春注いだなあ。
 そんな日々から離れてしまうと、やっぱり、少し寂しい気持ちはあった。

 勉強、部活、学生生活。
 これからは、色々なものが終わっていく。
 高校卒業まで、もう半年と迫っていた。


「俺も寂しかった」

「………」

「もかに触れられなくて寂しかった」


 頭上から囁かれる、甘えたような声音に愛しさが募っていく。

 春の両腕が緩んだお陰で、私はやっと身を離して彼の顔を見上げることが出来た。
 色素の薄い茶の瞳。
 ゆらゆらと、不安定に揺らめいている。
 引き寄せられるように、彼の薄い唇に自分のそれを重ねた。
 一瞬の出来事に目を見張った春が、頬を赤く染めながら、私を再び抱き寄せる。


「……あまり可愛いことしないで。余裕なくなる」


 ぽつりと呟かれた言葉は甘ったるく、私の胸を疼く。



 春の傍は居心地が良い。
 その温かさに私は依存しているだけだと自覚しているけれど、手放すことも出来なくて。
 優しい彼が与えてくれる緩やかな温もりに、素直に身を預けた。

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