彼との秘め事


 ベッドサイドに置かれたスタンドライトが、周囲を淡く照らし出す。
 ほのかに灯る照明のお陰で、互いの姿ははっきりと見える。
 壁に映る影が、ふたつ。

 ベッドの上で、ぺたんと座っている私に近づいてくる気配。
 Tシャツ姿にジーンズというラフな格好に変えた春は、机の引き出しから小さな箱を取り出して、そのままベッドに腰掛けた。
 枕元に伸びた彼の手が、静かにそれを置く。
 その先にある物を目で追ってしまって、つい赤面してしまった。

 今更何を純情ぶって、って思う。
 もう、既に見慣れてしまったものなのに。
 それでも、いざ目の前に差し出されたら直視出来ないほどの、卑猥な産物に見えたから。


 ふいと視線を逸らす。
 照れを誤魔化すように、前髪をいじる。
 その仕草を眺めていた春が、小さく笑った。


「……久々だから、ちょっと緊張するね」

「……うん」


 私をからかう事もせず、代わりに胸の内を代弁してくれるのが、いかにも春らしい。
 何十年もずっと一緒にいるから、相手の考えも気持ちも、手に取るようにわかってしまう。
 それが恥ずかしい時もあれば、逆に安心する時もある。
 今は、どちらかといえば後者の方だった。


 春の指が、私の髪に触れる。
 髪質を堪能するように、指先で弄ぶ。
 その手が、今度は肩に触れた。
 緩い力加減で引き寄せられて、自然と前のめりになってしまう。
 そのお陰で、春との距離は一気に縮まった。

 灯りに染まる春の顔が傾く。
 それを合図に、私も軽く目を瞑る。
 唇に熱が触れたのは、一瞬のこと。
 薄く瞳を開けば、春と視線が重なった。

 優しさを宿す瞳が愛しげに細められて、キスの余韻に浸る間もなく、また唇が重なり合う。
 次第に深みを増していくキスに、緊張も恥じらいも、少しずつ消えていく。


 衣服と、毛布の擦れる音。
 ベッドが浮き沈みする感覚。
 春がベッドに乗りあがったのを、閉じた瞳の裏で感じ取った。
 腰に回された腕に引き寄せられて、後ろにバランスを崩した私の体を、春の、もうひとつの腕が支えてくれる。
 そのまま、静かにベッドへ横たえられた。

 枕元から、春の匂いが鼻腔を掠める。
 それすらも甘い刺激となって、身を焦がしていくのがわかった。


 唇の熱と舌の感触に、意識が向く。
 静寂が満ちる薄暗い室内で、零れ落ちる吐息と水音しか、耳が拾うことは出来なくなっていた。


「……春」

「なに?」

「……気持ちいい……」

「……キスだけで満足しちゃったの? これからだよ?」


 少しだけ余裕の笑みを浮かべる春は、昼間とは全く違う"男"の雰囲気を纏っていた。



 最初の頃は知識も経験も乏しくて、相手に触れ合うにしてもどうしたらいいのかわからず、互いに手探り状態で行為に及んでいた。
 けどそれは過去の話で、今となってはそんなに取り乱すことはない。
 2年もこんな事を続けているのだから、さすがに経験がものを言う。


「……あっ」


 重なり合うキスに応じていたら、春の両手がゆっくりと、キャミソールをたくし上げた。
 驚きで思わず声が上がる。
 胸の項が晒されて、羞恥に顔が染まる。
 ピンと自己主張しているそれを舐め取られて、甘い刺激に体が震えた。


「……んっ……」


 ―――気持ちいい。

 緩やかに襲う刺激に声を上げてしまいそうで、下唇を噛み締めることで我慢する。


 家の中には、今、誰もいない。
 いるのは、私と春だけ。
 頭ではそうわかっていても、桐谷のおじさんやおばさん、郁兄に隠れて、春とこんなことをしている事に対しての罪悪感が、声を発することを頑なに拒否していた。


 声を出せない状況というのは、案外辛い。
 断続的に襲う快楽に身を任せたくても、それを許される状況じゃない事がもどかしい。
 耐えきれそうになくて両手で口元を覆っても、すぐに手首を捕らえられて、唇から離されてしまった。

 上半身を起こした春の唇が、私の手に口づける。
 生温かな舌の感触が、指の輪郭を辿るように這っていく。
 聴覚のみならず、視覚からも与えられる刺激に、ますます身体が熱くなる。


「春、だめ」

「ん?」

「手、離して」

「どうして?」

「声出ちゃうから」

「誰もいないから大丈夫だよ」

「でも」


 途中で郁兄が帰ってくるかもしれないのに。
 そう抗議しようとした口は春の唇で塞がれる。


「……ん、んぅ……っ」


 閉じた私の唇をこじ開けて、春の熱が侵入を図る。
 ゆっくりと絡み合う、互いの舌の感触が気持ちいい。
 混ざる唾液から零れる濡れ音に、羞恥と興奮を煽られる。
 私の咥内をたっぷり堪能して、春の顔がゆっくり離れていく。


「……大丈夫、バレないよ」


 唇を触れ合わせながら囁かれる。
 同じ18歳とは思えない官能的な声に、下腹部が疼いた。

 両手を捉えられて、互いの指と指が絡む。
 そのまま、シーツの上に縫い付けられた。
 声を我慢しようにも、これでは口を覆う事も出来ない。


「……聞かせてよ、声」


 トーンを落とした声が、甘く耳元に落とされる。
 首筋に顔を埋められて、生温い感触が肌の上を滑っていく。
 もどかしい刺激に、鳥肌が立つ。
 条件反射で身を捩った。


「っ……くすぐっ、たい」


 ささやかな抵抗をしても、それでも春の唇はお構いなしに、鎖骨へと唇を這わせていく。
 這う、だけ。
 春は私の身体に、自ら所有の印はつけない。


 理由はわかってる。
 バレたら駄目だから。
 私達の関係は、私達以外の誰も知らないから。
 目に付くような跡を、身体に残しておくわけにはいかない。


「あっ」


 突然襲った胸への刺激に、身体がぴくっと跳ねる。


「……考え事してる?」


 私の両手を解放した春の手が、今度は胸の膨らみに触れた。

 両胸の先を、指の腹で撫でられる。
 緩い快感が波の様に押し寄せて、ぎゅっと目を閉じた。
 刺激に耐えるフリ。


「もか」

「ん、春、あっ、ん」

「目、あけて?」

「……っや、だ」


 今更、何の抵抗だろう。
 自分でもそう思うけど。
 変なところで意地っぱりな自分は、まだ素直になりきれない子供で。
 この雰囲気に浸れるほど、大人の対応が出来ない。
 つい、可愛くない態度をとってしまう。

 なのに春は、どこまでも甘くて。


「もか」

「っ……、」

「目。あけて?」


 結局、私は春に負けてしまう。
 従ってしまう。
 素直に瞳を開ければ、春は柔らかく微笑んだ。


「目、閉じないで。ちゃんと見て」

「……ん」

「自分が誰に抱かれてるのか、その目に焼き付けて」

「………」


 ……なんて大胆なことをぶっこむ18歳なんだろう。
 少女マンガの台詞みたいだよ春くん。
 恥ずかしい。
 そんな子に育てた覚えは無いのに。


「あ。ドン引きしてる(笑)」

「えっ。し、してないよ」

「ふーん」


 そっけない返事と共に、今度は私の太ももに彼の手が伸びた。
 すぐさま、ハーフパンツの中へと忍び込んでくる。


「ふぎゃ!」

「なんて声出すの」

「だって春がっ、や、やぁ、ちょ、待っ」

「だめ。待たない」


 薄っぺらい下着の上から撫でられる、その指先の感触に身震いする。
 加速的に身体が火照って、布越しに触れられている中心が熱い。
 水気を増していく下着の中。
 濡れるのは、感じてる証拠。
 わかっていても恥ずかしくて、ぎゅうっと両足を閉じた。
 結果的に、春の手もがっちり固定。


「……もしもし、もかちゃん?」

「う」

「俺の手、挟まってるんだけど。わざと?」

「わざとです」

「狙ってやらないで。触らせてよ」

「ううっ、だって、なんか」

「なんか?」

「なんか……今日、流れが早い……」


 いつもはもっと、ゆっくりなのに。
 性急な春の様子に、もかちゃんは戸惑いを隠せません。
 春は困ったような笑みを浮かべた。


「……ごめんね。ずっともかに触れてなかったから」

「………」

「早く独り占めしたかった」


 滅多に見せない彼の我侭に、胸がきゅんと高鳴る。

 嬉しかった。
 触れたいと思っていたのは、私だけじゃなかったことに。
 その事実が、頑なに貫き通していた意思を少しずつ崩していく。


 少しずつ剥がれていく理性。
 剥き出しに現れる本能。
 押し寄せる快感の波に、私はゆっくりと溺れていった。

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