過去の過ち1


 昔から、恋愛や異性に興味がなかった。
 だからって男に興味があったわけでもないけれど。

 村瀬とは元々、同じ高校で知り合った同級生の1人だった。席が近かったことで話す機会が増えて、授業の合間や放課後になれば、2人でつるむことが増えた。
 一緒にいる時間が増えれば、村瀬の人柄もわかるようになる。その場の空気を読むのが上手くて、常に周りをよく見ている奴だった。洞察力に長け、その上面倒見がいいから後輩達にも好かれていたし、成績優秀だったことも相まって、教師達からも一目置かれている存在だった。
 そんな村瀬の周りには、いつも人が集まってくる。誰もがみんな、我先はと村瀬と話したがっていた。
 気持ちはわかる。村瀬と話すと安心感が半端ないから。それは全部、村瀬の会話スキルが異常に高いからだ。会話のキャッチボールが上手く、話の内容もわかりやすいからイメージに繋げやすい。更に相手の反応や表情を見て、伝え方を瞬時に変えてくる。表情、視線、声のトーン、言葉の抑揚、身ぶり手振りを加えた非言語コミュニケーション力が抜群に高く、相槌のタイミングも絶妙だ。お陰で会話が円滑に進み、途切れることがない。
 その上、人の気持ちを読み取るスキルも優れているから、聞き手が望んでいる答えを伝えてくれる。だから村瀬との会話は気持ちがいいし、安心する。そしてそれは、穏やかな空気を生む。
 村瀬自身も本当にいい奴だから、村瀬を悪く言う人間なんてまずいなかった。

 村瀬といると楽しい、と。
 ただ、それだけの感情で思い留められたらよかったのに。



 気がつけば、村瀬に惹かれている自分がいた。
 その時になって初めて、自分は普通と違うことに気がついた。
 恋愛に目を向けられないのも、異性を煩わしく思ってしまうのも、ただ単に興味がないからだと思っていたのに、そうじゃなかったことに絶望した。自分は同性にしか興味を抱けないのかもしれない───受け入れがたい現実を認めたくなかったから、村瀬に抱く感情から目を逸らした。これはただの友情だと思い込もうとした。それでも無意識に村瀬を目で追っている自分がいるし、傍にいないと不安になるし、他の男子と話している村瀬を見ると、勝手に突き放されたような気分になって悲しくなった。女子が村瀬と話しているだけで、酷い嫉妬に駆られて苦しかった。こんな有り様で、これはただの友情だという主張を誰が信じてくれるんだろう。俺の感情は間違いなく、友情の域を越えていた。

 報われない想いを引きずったまま、1年が過ぎた。1年が過ぎても、俺はまだ現実を受け入れられないでいる。村瀬にも向き合えないまま、自分の気持ちも受け入れられないまま。それが災いしたのか、それとも起こるべくして起こったのか。俺は過ちを犯してしまった。





「冴木、帰ろーぜ」
「あ、うん」

 帰り際、村瀬に呼ばれて顔を上げる。2年に進級し、また同じクラスになれたのは正直複雑だった。嬉しい気持ちもあるし、この苦しみから解放されたかった気持ちもあって、心の底から素直に喜べない自分がいる。そんな俺の心境なんて知る由もない村瀬は、無邪気な笑顔を向けながら誘い掛けてきた。

「駅前にさー、新しくできたコロッケ専門店あるじゃん? そこ行ってみよーぜ」
「いいけど、俺そんなに金ないよ」
「俺もないわ。所持金30円」
「無理じゃん」

 小学生でももっとお金持ってるよ、そう突っ込もうとした直後、前を歩いていた村瀬の足が急停止した。危うくぶつかりそうになって、慌てて足を踏み止める。

「びっくりした……どうしたの村瀬」
「……いや、うん……」
「……?」

 言い淀む村瀬の様子がおかしいことに気付く。顔を覗き込めば、酷く険しい表情をしていて首を傾げた。村瀬とは1年の頃からの付き合いだけど、ここまで不快感を露にしている村瀬の顔を、俺は今まで見たことがない。村瀬が見つめる視線の先は、教室の外へと注がれていた。

「……あ」

 そこで気づいた。
 廊下に佇む、3人の女生徒の姿に。

「……最近よく見かけるね、あの人達」

 小声で告げれば、村瀬は小さく頷く。その表情はますます曇りだし、あの子達に対する嫌悪感が滲み出ていた。
 甲高い声で騒ぎ立て、下品な笑い声を繰り広げている彼女達は、時折教室の中を窺うように、ちらちらと視線を送ってくる。こんな光景は今に始まったことじゃなくて、最近は放課後以外でも、登校時や昼食中に彼女達の姿が視界に入ってくる。明らかに、俺達の周囲をかぎ回って己の存在感をアピールしている様子に眉をしかめてしまう。3人組の出待ちの相手は、間違いなく村瀬だ。
 俺の勘が正しければ、真ん中に立っている女の子が村瀬に想いを寄せているのだろう。黒髪のショートボブの彼女は見るからに内気そうで、両端に挟まれている女子にひやかされている様子が見える。女子特有の黄色い声が教室の端にまで聞こえてきて、正直煩いな、と思った。迷惑だし、教室から出づらいし、個人的に面白くない。
 村瀬も困ったように眉を下げていて、この場を切り抜けるべく、俺はひとつの提案を下した。

「村瀬。あの子達に見つからないように、窓から飛び降りて逃げよう」
「まじかよ冴木。アツいなお前」
「寒いよ。いま2月だよ」

 2年の教室は2階にある。この高さから飛び降りるなんて、本来ならば自殺行為だ。けれど今は真冬真っ只中で、除雪されないまま放置されている雪山が校舎の外に出来上がっている。着地場所は窓から近いし、積雪がマット代わりになるから怪我をする心配もない。実際、彼女達の目を盗んで飛び降りても問題はなかった。
 膝下まで積もった雪の中をザクザクと進み、やっとの思いで校門まで辿り着く。

「……村瀬、どうすんの。これから」
 
 ズボンに付着したままの雪を払い、靴を履き替えながら問い掛ける。村瀬も苦笑いを浮かべながら天井を仰いだ。
 彼女達の様子を見る限り、この状況はしばらく収まりそうにないだろう。明日も明後日もあんな風に待ち伏せされるなんてたまったもんじゃない。かなりのストレスだ。

「どうすっかなー……。毎日この方法で逃げるわけにもいかねえもんな」
「言えばいいのに。迷惑だから止めろって」

 あの子達はきっと、自分達の行動がどれほど村瀬を悩ませているのか気づいていない。周りの目も気にしないで騒ぎ立てて、自分達の行為を恥じいてもいない。だったらハッキリ言葉にしてしまえばいいんだ。そうじゃないとあの子達は自覚もしないし、いつまで経ってもこの状況は変わらない。
 けれど、村瀬は首を縦に振らなかった。

「まあ、毎日あんな風につきまとわれるのも嫌だけど……一番嫌なのは、あの真ん中の女の子の端っこにいる女子で」
「……ああ、いるね。騒がしい子が2人」

 多分、あの子達は純粋に、村瀬に好意を寄せている友達を応援したいだけなんだろうけど、それならもっと正しいやり方があるだろうに。あんな風に騒がれて、悪目立ちしてしまっているこっちはいい迷惑だ。

「……なんかさ」
「……なに?」

 村瀬は何かを言い掛けようとして、一瞬躊躇したように言葉を止めた。暫く考え込んだ後、意を決したように話し始める。

「……あの真ん中の子さ、本当は嫌がってるんじゃないかな。友達2人が盛り上がってるだけで、あの子、いつも困ったような顔してる。無理やり付き合わされている感じがして、なんか、可哀想だな……って」
「……」

 そんな風に思いやれる村瀬はやっぱり優しい奴だと思う。俺はそんな風には思えない。優しいから、言えないんだ。村瀬も多分、あの真ん中の子が自分に想いを寄せていていることに気づいてる。「待ち伏せするな」なんて言ったら傷つけてしまうのがわかっているから、この状況を甘んじて受け入れている。その現状に、歯痒い気分に苛まれた。

 ……イライラする。
 彼女達の迷惑行為に対して何も言わない村瀬にも、一言も咎められる事がないあの子達にも。
 好きなら何をしても許される訳じゃない。あんな風に複数人で押し掛けてきて、相手の迷惑も省みないで追い求めるなんて最早ただの暴動だ。

 ──……言ってしまえばいいのに。
 迷惑だ、って。





「……あっ、」

 その翌日だった。帰り際、例の3人組と廊下ですれ違ったのは。

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