告白


「竹井、くるしい」
「……悪い」

 背中に回された腕の力が弱まり、竹井が小さく息を吐く。顔を覗き込めば目が合った。

「どうしたの」
「……嫌だって言われるかと思って」
「言わないよ」
「……ふうん」

 素っ気ない返事と共に、こめかみに竹井の指が差し込まれた。その手が後頭部に回り、そのまま頭ごと掻き抱かれる。
 さっきからくっついたり離れたりを繰り返してる私達は、端から見れば、ただじゃれあっているだけの男女にしか見えないだろう。

「……竹井、手、熱い」
「手汗がやばい」
「緊張してたの?」
「してた」
「緊張してた風には見えないね」
「よく言われる」
「なんで緊張してたの?」
「……そりゃするだろ。プロポーズまがいなこと言えば」

 聞き慣れない単語が聞こえてきて思考が止まる。今、何気にさらっと凄いことを言われたような気がして困惑した。竹井の顔が見たくて離れようとしても逆に押さえ込まれてしまい、結局顔は見れずじまいに終わる。
 ぎゅうぎゅうに抱き締められたままで考える。竹井の言うプロポーズまがいなことって、「私を連れていきたい」って発言のことかな。

「……あれってプロポーズだったの?」
「……一応」
「気づかなかった」
「気づけよ」
「わかりづらいんだもん。直接言ってくれないとわかんない」
「……いずれ海外に住みたいって言ってる奴が、その時に連れていくって宣言したら、プロポーズ以外に何があるんだよ」

 そう突っ込まれたら、妙に頷けた。普通に考えればわかる、家族でも恋人でもない人に「日本を出たら海外で一緒に暮らそう」なんて言うはずがない。それこそ一生涯、側にいて欲しいと思える程の人にしか言えない台詞だ。考えようによっては確かにプロポーズかもしれない。
 でも、何もかも急すぎる。
 話が大きくなりすぎて頭が混乱してる。
 ヨリを戻すとか戻さないとか、そんな生易しい話じゃなくなってきた。

「……え、と。どうしよう」
「……今返事が欲しいわけじゃないから」
「あ、うん……」

 とりあえず考える猶予はあるらしい。控えめに頷けば、またゆっくりと抱き寄せられた。

 結婚の2文字が頭の中をぐるぐる巡る。
 一緒にいたいからという理由でその選択を迫られて、素直に承諾するほど単純でもないし馬鹿でもない。でも。

「……私でいいの?」

 竹井の言う「プロポーズまがいの告白」を受けても、嬉しいという感情は湧いてこなかった。
 あまりにも突然すぎる話だからかもしれない。
 驚きはあっても喜びは正直なくて、でも、嫌だとも思わなかった。

「……俺は」
「うん」
「北川以外の女はたぶん、無理」
「……ふぁ」
「……なんだ今の声」
「気が抜けた……」

 いつもと違う竹井の発言にびっくりしたり落ち込んだり、舞い上がったり。今日の私は感情の起伏が激しい。

「……俺も聞きたいことあるんだけど」
「……何?」
「さっき、ずっと俺に謝ってただろ」
「さっき……?」

 思い起こして、告白した前後の記憶が呼び起こされた。

「北川に謝られるようなことしたかなって、ずっと疑問なんだけど」
「……あ、いやあれは……」

 思わず口ごもってしまった。躊躇してしまったのは、今までずっと避けてきた問題だったからだ。
 竹井が荒れた原因は私かもしれない、なんて本人に確かめるわけにもいかないしその勇気もない。結局何も言えずじまいでここまで来たけれど、ずっと避け続けていい問題でもない。
 むしろ自らの想いを打ち明けた今なら、数年越しの後悔を口に出せるかもしれない。

「……昔、半年間だけ付き合ってたことあるでしょ」
「……ああ」
「でも別れてから、竹井、おかしくなったから。色んな女の子とでたらめな交際ばっかりして、竹井ってそういう奴じゃなかったのに、なんでかな、私のせいなのかなってずっと悩んでた」
「別れた日のことはいまだに夢に見る」
「めっちゃゴメン」
「いや(笑)。根に持ってねーよ」
「……でも、私のせいだよね?」
「……少しな」

 あえて控えめに頷いたのは、竹井なりの優しさなのかもしれない。それでも私に原因があるんだって、本人の口から認められるとショックだし心が痛む。
 シュンと気落ちしていると、くしゃくしゃと私の頭を撫で回す竹井の手。やや乱暴なその手つきから、不器用な優しさが感じ取れた。

「……気づいてたよ。北川が俺に対して、そういう気持ちがないって。わかってて、付き合おうって言ったのは俺だから。だから北川を責める気持ちはないし、北川が必要以上に謝る必要もない。別れたいって言われた時はショックだったし荒れたけど、俺にも非があったって思えるようになったし、今は他にやりたいことも見つけて充実してるから」
「……」
「俺も悪かったんだ。北川とはずっと一緒にいたから、何を言わなくても北川ならわかってくれるって慢心してた部分もあったんだ。必要なことはちゃんと口に出して言わないと駄目だって、あの頃はまだわからなかった」
「……」

 ……竹井の話を聞いて、じわじわと湧く違和感。互いに恋愛感情ナシでの交際だったと私は認識していたけれど、今の竹井の言い分は、その認識が覆るほどの衝撃的な内容だった。

「……竹井」
「なに」
「あの、勘違いだったらごめんね。その言い方だと、まるで竹井があの頃から、私に好意を持っていたように聞こえるんですが」
「好意も何も、あの頃からずっと好きでしたけど」
「えっ」

 ストレートな告白を打ち明けられて言葉を失う。あの日、竹井から言われた言葉がふいに脳裏に呼び起こされた。
 「じゃあ付き合う?」なんて、まるでランチにでも誘うかのようなノリで言われたから真に受けなかったのに。あれから何年も経ってから、事実を知ることになるなんて夢にも思わない。

「……誰でもいいから、彼女欲しさに口にした告白なんだと思ってた」
「誰でもよくない。北川にしか言えねーよ」
「……あ、そうですか」

 色んな意味で恥ずかしくなった。
 酷い勘違いしていた上に、もう一度交際を求められるなんて思ってもいなくて。
 しかもプロポーズって何だ。理解が追い付かない。

「……気づいてたけど、本当に俺の事眼中になかったんだな。あんなに一緒にいたのに」
「……まじで申し訳ない」
「……今は?」

 そういう訊き方はズルいと思うのは私だけか。

「…………、好き」
「……俺も」

 ぽつりと囁かれた返事に胸が熱くなる。何もかもが恥ずかしくてたまらなかった。恋愛も男性経験も初めてじゃないのに、こういうシチュエーションに全然慣れていなくて。しかも相手がコイツだから、余計に。

 竹井はいずれ遠くの国へ行ってしまう。
 でも、それは明日明後日の話じゃない。海外駐在員になれたとしても、それはまだ先の話。でも、実務研修に行くことになれば2、3年は会えなくなる。そしてその実務研修は、すぐ近い未来かもしれない。私が好きになった人は、そういう立場に置かれている人だ。

 いずれ遠距離になるとわかっている人と、結婚前提で付き合えるかどうか。今の仕事を辞めて竹井についていく覚悟があるかと訊かれたら、正直ない。けれど竹井と離れる覚悟も、今はない。
 もしヨリを戻して友人同然の関係を越えたら、その答えは見つかるのかな。

「……あ、やばい」

 と、不意に頭上に落ちた声。
 上目使いで見上げれば、いつも通りのポーカーフェイスがそこにある。

「……どうしたの?」
「終電逃した」
「え」

 条件反射で時計を見上げれば、長針がもうすぐ12時を指そうとしている。
 日付が変われば、あと数時間後に竹井は日本を経ってしまう。

「……え、どうするの」
「……」
「漫喫泊まるの? タクシーで帰る?」
「……あのさ」
「なに?」
「『泊まっていいよ』とか誘えねーの?」
「……はい?」

 つい眉をしかめてしまう。
 安易に男を部屋に寝泊まりさせるような、軽い女のつもりはないんだけど。

「……え、やだよ」
「……」
「だって明日仕事だもん」
「……俺だって仕事だわ」
「竹井、ここに泊まったら絶対変なことするでしょ」
「よくわかってんじゃん」
「帰れ」
「つめてー女」

 罵る竹井の口調に呆れや怒りの響きはない。帰れなんて言っておきながら、竹井の体を抱き締め返して離そうとしない私も大概だ。言ってる事とやってる事がまるで違うのは、竹井も既に気づいてる。だからこんな態度なんだろう。
 帰ってほしいなんて、今は本気で思っていない。
 むしろ暫く会えない分、一緒にいたい気持ちの方が勝っていた。
 竹井自身も帰りたくなさそうな雰囲気を纏っていて、そのことに安堵している自分がいる。竹井は帰らないと確信していたからだ。

「……帰らないの?」
「帰んのめんどくさい」
「明日早いんじゃないの?」
「普通に出社するよ。会社で少し仕事してから、昼過ぎに同僚と経つ予定」
「そう……」
「で、どーすんの。泊めてくれんの?」

 どこか自信に満ちた声音。睨み上げれば、唇の端を緩く吊り上げて微笑む竹井の姿がある。私が部屋に泊めてくれることを確信しているような、そんな余裕に満ちた表情に私はむっ、と口を尖らせた。
 帰って欲しくなかったのは本当だけど、そんな胸の内を全部見透かされていたようで、正直面白くない。

「……どうしてもって言うなら泊めてあげる」

 そんな可愛いげのない言葉が咄嗟に出てしまう。竹井の前で素直になれないのは昔からだ。

「泊まって欲しいくせに。強がんなよ」
「……別にそういうわけじゃ」
「はいはい。早く風呂入ってくれば」

 泊めてあげると言った途端にこれだ。腕の力を緩めて体を解放してくれた竹井は、今度は浴室へ行けと私を促そうとする。下心が丸見えだ。
 実はコイツ、ソレ目的でここに来たんじゃないのか。
 疑惑の目を向ける私に、竹井はベッドの上で悠々と足を組みながら手をひらひらと振った。

「さっさと行け」
「……アンタ、ヤりたいから来たの?」
「あのな。好きな女と部屋で一晩過ごすことになったら、健全な男子ならやらしーこと期待するもんなんだよ。健全な男子なら」
「どこが健全なのよ。不健全の塊じゃない」
「それよりいいのか? 早く済ませないと、寝る頃には丑三つ時になるぞ」
「えっ、やだ」

 私はホラーが大の苦手。必ず夜中の2時前には就寝するようにしてる。竹井の言葉に冷や汗がどっと流れて、慌ててバスタオルとパジャマを手にとってバスルームへ駆け込んだ。






「……パジャマ着るの変かな……」

 入浴後、バスタオルを身体に巻き付けたまま考える。これから抱かれようとしてる女が、お風呂上がりに服を着るってどうなんだ。空気読まなすぎか。男の視点から見てどう思うんだろう。なんてことをモヤモヤと考え始めて5分。答えは一向に出てこない。
 着たところで脱がされるってわかってる。
 でも素っ裸で竹井の元に行くわけにもいかないし、バスタオル1枚羽織っていくのはあからさますぎて正直引く。

 鏡に映る私は湯上がりのお陰か、上気した頬がほんのり赤く染まっている。これから始まる情事のことを考えると、緊張でますます熱が上がる。期待で胸が高鳴って、足元がふわふわする。パジャマを着るべきか脱ぐべきかなんて、贅沢な悩みのような気もしてきた。
 考えに考えた結果、結局パジャマを着たままベッドへ戻ることにした。どきどきと波を打つ胸の鼓動を抑えつつ、平静を装いながらリビングの扉を開ける。

 けれど───

「……竹井?」

 そこに、竹井の姿はなかった。

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