振り回されて、惑わされて*


「……!」

 甘い雰囲気に流されそうになっていた思考が、その瞬間、遮断された。
 私の身体をまさぐっていた手の動きも止まり、つい唇を離してしまった私達の視線が絡む。我に返り、高揚感で昂っていた気分が急降下していく中、もう一度機械音が鳴った。

 脱ぎ捨てられた私の衣服から発していた音は、LINEの通知音だ。誰からだろう、冷静を取り戻しつつある頭でそう思っても、私の身体は金縛りにあったかように動いてはくれない。だから、私のベストに手を伸ばす竹井の動きを、目を凝らしながら見つめることしかできなかった。
 ポケットからスマホをするりと抜き取った竹井の指が、画面の上をスムーズに滑る。

「ちょっ……返して!」

 たまらず語尾を荒げてしまう。たとえ相手が竹井であっても、他人にスマホを触られた挙げ句、中身も見られるなんて正直困るし嫌すぎる。ましてやラインのやり取りを覗かれるなんて、プライバシーも何もあったもんじゃない。
 だけど私の制止の声は、竹井に届くことはなかった。

「……北川、LINEきてる。鈴原から」

 え、と言葉を詰まらせた私の目に映る、鈴ちゃんとのトーク画面。" あかり先輩、今どこにいるの? "、たった今届いたばかりのメッセージを、わざと見せつけるように画面を向けてきた。
 戸惑いに揺れる瞳を竹井に向ければ、意味ありげな視線を送ってくる。そして竹井の視線は再び画面に落ち、長い指を滑らせていく。

「ねえ、何して……」
「ん? いや、北川の代わりに返信してあげようかと思って」

 告げられた一言は、深刻さを感じさせないほど軽い口振りで。
 なのに、微塵も温度を感じさせない冷笑を浮かべ、竹井が静かに言い放つ。

「北川、そんな状態じゃ動けないだろ。俺が代わりに送っといてやるよ。『私なら元カレと、会社で仲良くセックスしてます』って」

 耳を疑うような発言に背筋が冷えた。
 頭から冷水を浴びせられたかのような気分になって、全身が恐怖で凍りつく。

「や、めて……何言って、」
「なんなら動画も撮って送ってやろうか」
「やだ、やめて! バカなことしないでよ!」

 鈴ちゃんは今、デート中のはず。ずっと片想いしていた人と、やっとの思いでここまで進展させてきたんだ。その思いも努力も、彼の恋愛相談に乗ってあげていた私はよく知ってる。
 最初の頃はちっとも相手にしてもらえなくて、でも諦めきれなくて、なんとか彼女に振り向いてほしくて必死に頑張ってきた。その鈴ちゃんの純粋な想いを、こんな形で邪魔なんかしたくない。なのに。

「鈴原も可哀想だな。慕ってた先輩に約束すっぽかされて、こんなとこで元彼に抱かれてるなんて想像もしてねーだろ」

 誤解に誤解を重ねて、淡々と話す竹井の腕を引っ張る。この不毛な会話を止めたくて。

「ち、がう……っ」
「何が」
「わ、たしが、好きなのは」
「………」
「竹井、だから……鈴ちゃんじゃないっ」
「………」
「鈴ちゃんとはいとこで……だから、そんな関係じゃない。鈴ちゃんをそんな風に見たこともない。鈴ちゃんはずっと片想いしてる人がいて、今日の公園での約束も、私じゃなくてその人だから……全部、誤解なんだってば」

 そうだ。こんな事になっているのはそもそも、竹井の勘違いから始まっている。
 鈴ちゃんとは男女の関係じゃない、私が好きなのは竹井だけだと。それさえわかってもらえれば、こんな馬鹿げたことはやめてくれる。
 そう、思ったのに。

「だから?」

 竹井から返ってきたのは、そんな素っ気ない返事で。

「……え」
「"いとこだから"? だから何だよ、相手が男だって事は変わんねーだろ」
「それは……でも鈴ちゃんとは本当に何も、」
「あのさ」

 私の必死な訴えをぴしゃりと遮断して、竹井が一方的に話を続ける。

「お前らがどんな関係かなんてどうでもいいんだよ。好きな奴に告った後に、他の男と馴れ馴れしく喋ってるとこ、目の前で見せられた俺の気持ちは無視するわけ?」
「………」

 ……そんなことを言われても困る。見せつけたつもりなんてないし、そもそもあの時、竹井が見ていたなんて私は知らなかった。悪意があった訳じゃないのに責められるなんて理不尽以外の何者でもない。そう反論しようとしたけれど、それは叶わなかった。

「……昔も、今も。俺は何回、こんな惨めな思いしなきゃなんねーんだよ」
「……え?」

 弱々しい呟きに顔を上げれば、竹井は静かに目を伏せた。

「……すげえムカつく」

 吐き捨てられた一言に込められた、静かな怒り。やりきれなさを滲ませた表情は、苦しそうに歪んでいて目を見張る。そんな顔をさせたのは私なんだと、そう思うと心が一瞬怯んだけれど。
 でも、私だけが悪いわけがない。
 私にだって言い分はある。忘れかけていたあの日の怒りが、今になってふつふつと蘇ってきた。

「……竹井だって、酷いことしたじゃん」
「………」
「なんであの日、黙って帰ったの? 両思いだって知れて、私、本当に嬉しかったんだよ。抱かれる覚悟だってしてた。なのに途中で投げ出された私の気持ちも無視するの? 竹井はいっつも何も言ってくれないし、私の思いも勝手に決めつけるし、竹井の考えてること全然わかんないよ……っ」

 言いながら苦しくなった。私のことが前から好きだったって、竹井はそう言ってくれたけど、あれから何年も経った今、その想いが薄れていないとは言い切れない。途中で気持ちが冷めて、あっさりと帰ってしまう程度の「好き」でしかないのなら、あの頃抱いていた熱はもう無いのかもしれない。勝手な憶測からそんな考えが浮かんだけれど、こんなに乱暴な抱き方をされてしまえば疑心暗鬼になってしまうのも当然だった。

 重苦しい沈黙がその場を支配する。
 気まずい雰囲気の中、頭上で竹井が小さく笑ったのを、空気の震えで感じ取った。

「……へえ。北川、中に出してほしかったんだ?」
「……は?」

 何の話だと顔をしかめた私に、竹井は嘲笑うように答える。裏のある笑顔に、直感的に悟った嫌な予感。思わずたじろいだ私は、逃げ出すこともできずその場に固まっていた。
 だから、次にとった竹井の動きに意表を突かれ、反応に遅れてしまった。

「……っ!」

 竹井の指先が、突然私の両足の間に滑り込む。性急な動きで熱い秘裂をなぞられて、忘れかけていた官能はその瞬間に蘇ってしまった。
 浅い場所を指が行き来する度に、もどかしいほどの緩い刺激が襲う。時折指先が芽花を掠めて、ピクンッ、と腰が震えた。快楽の波が再びじわじわと押し寄せてきて、膣の奥からとろとろと新たな蜜が溢れだす。

「あ、やめ……ッ、」
「……さすがドM。ちょっと触っただけでこれかよ」

 竹井が手を引き、指先を眼前に晒す。とろりとねばつく透明の糸が、手の甲へと滴り落ちていく。それが私から溢れた愛液であることは一目瞭然で、羞恥を煽る為だけに見せ付けられた光景に全身が熱くなった。
 媚薬を飲まされたわけじゃないし、さっき塗られたジェル状の媚薬は、既に効力が切れている。それでも、竹井の愛撫で快楽を覚えさせられた身体は、媚薬の助けなんかなくとも素直に反応を示している。そればかりか、更に強い刺激を求めるかのように身体の疼きが治まらなくなっていた。
 けれどそんなこと、竹井には知られたくない。ここで快楽に屈してしまったら、行為を受け入れてしまったら、今まで竹井が遊んできた女の人達と同等になってしまう。
 違う。わたしは、今までの子達とは違う。
 私は竹井のことが好きだから、本当に好きだから、割り切った関係に堕ちたくなんかなかった。

「も、やめてって言ってる……っ、きゃ!?」

 だけど私の言葉はやっぱり竹井には届かない。竹井の手が私の足を大胆に開き、根本まで埋めた指を使って絶頂まで追い詰めようとする。
 いやだと首を振っても止めてくれない。一番強く感じる場所を擦られて、逃れられない快楽が逆に苦しくて涙が浮かぶ。
 そして私のスマホは、いまだに竹井に握られたままだ。

「あ、っ……あ、だめっ、そこダメ……ッ!」
「濡れすぎだろ。そんなにココ気持ちいい?」
「やだっ、きもちよくなんか、なッ……あ、ぁあっ」

 うそだ。きもちいい。
 気持ちよすぎて頭おかしくなりそう。
 どれだけ口で否定しようとしても、身体だけは嘘をつけなかった。

「……これだけ濡れてるなら、挿れても大丈夫だな」

 荒い呼吸を繰り返す中、そんな呟きが聞こえてきて目を見開く。ゆっくり顔を上げれば、仄暗い瞳とぶつかった。


「へえ、中に出してほしかったんだ?」


 不意に、脳内に蘇った卑猥な囁き。
 数分前に聞いたその言葉の意味を理解した瞬間、さあっと血の気が引いた。
 カチャ、と金属を外す音が下半身から響いて、竹井が腰を寄せてくる。咄嗟に腕を掴んで押し返した。

「……やめて」
「生で挿れてほしかったんだろ?」
「い、いや、」
「あの日はゴムなかったから帰っただけなんだけどな。気ぃ使って損した。まさか生でしたかったなんて思わなかったからさ」
「やだ、生なんて絶対いやっ……あ……ッ!」

 すっかり濡れそぼった入り口に、ぴたりと触れたもの。竹井が前のめりなっているお陰で見えなかったけれど、その感触が何かなんて、経験上よくわかってる。こんなところで最後までしちゃうんだと察した瞬間に肌が粟立って、子宮が物欲しそうにきゅうっと疼いた。

 怖くて、悲しくて涙が溢れる。好きな人に、こんな酷い扱いを受けていることが惨めで仕方なかった。嫌だと理性が泣いて叫ぶのに、貪欲な私の身体は、私の頑なな意思をあっさり裏切っていく。

「ほら、これが欲しかったんだろ?」

 秘裂に沿ってぬるぬると動く。危うく入ってしまいそうな瞬間が訪れる度に、身体が恐怖で強張ってしまう。激しく脈打つ心臓の音に呼応するように、頭痛の波が私を襲う。ガンガンとこめかみに響く鈍痛に耐えながら必死に泣き叫んだ。

「ほしくない……っ! や、やだ、いれないでっ」
「抱かれる覚悟してたんだろ。いいよ、ちゃんと応えてやるから」
「ちがう! やめて!」

 違うと訴えても聞き入れてもらえない。
 逃れようと必死に体を捻ろうとしても、竹井の片手と重さに阻まれて逃げることも叶わない。
 抵抗らしい抵抗もできないまま、私の秘所は竹井の陰茎を飲み込んでいく。

 ───吐き気と目眩が同時に襲う。
 絶望感にうちひしがれる中、挿入の痛みと押し寄せる快感の波に、私の意識は飲み込まれた。

表紙

トップページ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -