変わりゆく日常


『私はもうだめみたい』
『さよならひより』
『大好きだったよ』

『はやみくんをよろしくね』








『しぬ前にいちご大福がたらふく食べたいなあああああヾ(☆´3`)ノシ⌒chu♪』






「……って、ありさからLINEきたんだけど」
「大福を催促するだけの元気は出たみたいだね。安心したよ」

 ハンドルを切りながら、速水くんが呆れた口調でそう呟く。体調不良を理由に午後半休を取ったありさは、その後元気を取り戻したのか、意気揚々とLINEで現状報告してきた。
 その報告を受けたのが、残業後の帰り道。
 速水くんから夕飯のお誘いを受けて、彼の住むマンションへ向かっていた最中のこと。
 その陽気な文面を見る限り、元気そうには見えるけど。

「……いちご大福、買ってあげた方がいい?」
「いいよ、買わなくても」
「……でも」
「うん?」
「私もいちご大福食べたいの」

 ありさは、いちご大福が大好き。1日3食、お茶碗にいちご大福を山盛りにして食べるのが夢だって、以前そう言ってたことを思い出す。
 さすがにそこまで……とは思うけど、私もいちご大福は大好物。
 ありさとは、食べ物の好みがすごく似てる。

「……あ」
「どうしたの?」
「俺の方にもLINEきた」
「ありさから?」
「多分。天使さん、ごめんだけど、ちょっと見てくれる?」
「え……勝手にスマホ見てもいいの?」
「いいよ。見られて困るものなんてないし」
「………」

 車載スマホホルダーに引っ掛けている速水くんのスマホから、LINEの通知を知らせるランプがちかちかと光っている。それに手を伸ばすのは、やっぱり、躊躇いがあった。人様のスマホを見るのは、その人のプライベートを覗くことと同じようなもので、とても勇気が要る行為だから。
 でも速水くんは運転中だし、その本人が見てほしいって言ってるし……ちょっと戸惑いつつも彼のスマホを手に取り、画面をタップする。

「……『死ぬ前にチョコ大福が食べたい』」

 間違いなく、ありさからのメッセージ。

「チョコ?」
「チョコ」
「……谷口さんずるくない?」
「ずるい」

 私にはいちごで、速水くんにはチョコを要求するなんて、ちゃっかりしてる。一度に2度おいしい思いをしようなんて、さすがとしか言いようがない。この様子なら、やっぱり元気になったのかも。
 明日、大福を持参していない私達を見て、不貞腐れるありさの様子が想像できる。
 可哀想だから、明日の朝早くコンビニに寄って、お目当てのものを買ってきてあげようかな。そう思い直して、ありさのLINEに返信する。

「天使さん、もうすぐ着くよ」
「うん」

 駐車場に停車して、助手席から降りる。
 目の前の高層マンションを見上げて、私はぼんやりと立ち尽くした。

「……速水くんの部屋に来るの、久しぶりな気がするね」

 私の漏らした呟きに、彼は拗ねたような表情を浮かべた。

「いつ来てもいいのに。天使さんが警戒して全然来てくれないから」
「だって……」

 警戒、というのはやっぱり、会社の人達にもし見られたら、という怯えがあったから。彼の部屋に私が出入りしている、そんな事を知られたら、大騒ぎになるのは目に見えている。
 だから速水くんも、私の部屋に来たことはあまり無い。
 でも、自分の気持ちも速水くんの気持ちも、部署の人達を理由に上げて我慢するのはやめようって決めたんだ。

 交際を隠すことは変わらないし、社内でも必要以上の接触は避けるつもりだけど、話したければ話せばいいし、堂々としていてもいいんだって、速水くんが言ってくれた。もう、あの人達に怯えて過ごす必要はない、と。
 だから今日、仕事終わりに彼が夕飯に誘ってくれて、今ここにいる。

 少し前までの私なら、部署の人達の目を気にして断っていたはずだ。
 でも、あの旅行で色々吐き出したせいか、周りの視線や陰口が、今日はさほど気にならない。すれ違い様に小さく笑われれば嫌な気分にはなるけれど、すぐに気持ちを切り替えられた。
 速水くんと目が合う回数が多くて、話しかけられる度に嬉しくなって、単純だなあって我ながら笑えてくる。笑えるくらい、心に余裕が持てた。いい意味で吹っ切れた気がする。

 でも、私が速水くんのマンションに来たがらない理由はもうひとつあって。

(……やっぱりここ、高級賃貸マンション……だよね)

 速水くんが1人暮らしをしているのは、恵比寿駅に近い1LDKのお部屋。立地条件がすこぶる良く、私が住んでいるマンションとは比べ物にならないくらい、高級感いっぱいの設備やサービスが揃っている。初めて来た時は、思わずたじろいでしまった程だ。
 当然オートロックだし、バルコニーはついてるし、カウンターキッチンだし、バスとトイレは別々だし、インターフォンはTVモニターだし。更にペット可だ。勿論、内装は綺麗でおしゃれ。
 駅からは近いし、周辺には可愛いカフェもたくさんあって、本当に羨ましい限り。私の所なんてカフェどころか、併設してるコンビニがひとつだけなのに、この差。
 僻んでいる訳じゃないけど、ここに来るのは場違いというか、どうしても気が引けてしまって、何かと理由をつけて足を遠ざけていた。

 まだ社会人3年目の人が、こんなマンションに住めるものなのかと首を傾げるところだけど、もしかしたら、実家がすごいお金持ちなのかもしれない。そう疑ってしまう程の部屋だ。

 速水くんは両親の話をしたがらないし、話したくなさそうな空気に気づいていたから、家族の話は極力避けてきた。
 でも結婚するとなれば、そういう訳にはいかない。互いの両親への挨拶は絶対に必要になる。

 私自身、3年以上も連絡が途絶えたままの両親に会うのは抵抗があるし、あまり速水くんとは会わせたくない。両親や親族が、彼に嫌味を言いかねない。そういう身内だから。

 それに、新たな問題も出来た。

(……部署異動)

 異動の可能性が出てきたことだ。

mae表紙tugi

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