覚悟のお話。4 「てか、さっきから思ってたんだけど。莉緒のこれ、パジャマ? 可愛いね」 千春くんの手が、私の服の裾を摘まむ。お母さんが用意したボストンバッグに入っていた、パジャマのひとつ。裏ファー素材でできたチュニックとパンツのセットだ。 アニマルプリント柄で、ちょっとフェミニンな感じが気に入ってる。他にも花柄とか水玉模様のパジャマもあった。全部新品。 「変かな?」 「似合ってるよ。可愛い。好きなコのパジャマ姿も、男は大好物だからね」 「そうなの?」 「そうなの」 言いながら、千春くんの手が背中をさする。 ぱち、と彼の瞳が瞬いた。 「あれ? またブラしてる。寝る時、ブラする派?」 「………しないと、千春くんに悪戯されそうだから」 「なんだと。それは期待に応えなきゃいけないね」 「ひゃ!?」 ふに、とパジャマ越しに胸を揉まれた。 布1枚+ブラの防御力でさほど刺激はないものの、突然触れられた私はたまらず、悲鳴を上げてしまった訳で。 そんな雄たけびなんて、千春くんはてんでお構いなし。ふにふにと、楽しそうに私の胸を揉みしだく。 「ちっ、ちちち千春くん!」 「何でしょう」 「て、手を、手をどけてくださいっ」 「うん、どけてあげたいのはやまやまなんですが、何故か莉緒ちゃんのちっぱいに俺の手がくっついて取れないんですよ」 「ちっぱいって言わないでえええ!!!」 人が気にしてることを平然と言ったばかりか、見え透いた嘘までついた! 悔しくて、千春くんの両手首を掴んで猛反撃。 なけなしの力を振り絞っても剥がそうとしても、一向に剥がれない魔の手。 ひとり虚しく格闘してる間も私の胸は遊ばれていて、ふにゅんと形を変えながら千春くんと戯れている。 ううう。色気もムードも何もない。 「莉緒、楽しそうだね」 「たのしくないです!」 「そう? でも、元気になったでしょ?」 「む……」 千春くんに突っ込まれて口ごもる。不安がなくなったわけじゃないけど、確かに楽しんでる自分がいる。 千春くんと、こうしてお馬鹿なことやってる時間は、好き。面白くて、楽しい。 強張っていた体も、いつの間にか解れてしまっている。 だから、油断しきっていた。 チュニックの中に、魔の手がするりと侵入する。思わずぴくっと反応した私を見て、千春くんは意地悪そうに笑った。 指先と、指の腹。器用に使い分けながら、ゆっくりと背中を撫でられる。ぞくぞくとした快感が、背筋から駆け巡った。 「……んっ」 思わず漏れた、甘い声。 耳元に、彼の吐息が掛かる。 「……性感帯みっけ。背中、弱いでしょ」 「あっ、」 「ここも」 千春くんの手が、私の髪を掻き分ける。 露になった首筋に唇を寄せて、ちゅっと吸いつかれた。 甘い刺激に肩が跳ねる。 鼓動が、一気に加速していく。 「莉緒の体、いい匂いするね」 「あ……っ、」 「……ここも甘い」 鎖骨から耳朶まで、つう、と舌先が肌を滑る。 何度も吸われて、キスされて。耳朶も甘噛みされて、止まない刺激に意識が朦朧としてくる。息が、上がる。 「あ、ぅ、耳……は、だめ……っ」 否定の言葉を口にしても意味がない。 私は前のめりになったような体勢で、わざと体を密着させて、彼からの愛撫を受け入れてる。 千春くんの指が、唇が、身体に触れているのが嬉しくて、もっとくっついていたくて。 耳はダメ、なんて嘘。 私はもう知ってるんだ。 だめって言えば、意地悪な千春くんはもっと私に触れてくる事に、私は気付いてる。 だから。 「耳、やなの?」 「ん、やぁ」 「嘘つき」 私の強がりをあっさり見破った千春くんは、耳の輪郭を辿る様に唇を滑らせていく。直接息を吹き掛けられて、強い刺激に体が震えた。 彼の両肩に手を置いて、ぎゅうっとシャツを握り締める。彼の肩にもたれ掛かったまま、抗議の声を上げた。 「ち……はる、くん」 「ん……?」 「そ……そこだけじゃ、なくて」 繰り返される耳の愛撫に、待ったをかける。彼が唇を離してくれたお陰で、一時的に快感から逃れられた。 乱れた呼吸を整えながら、千春くんに目を向ける。 私がこんなに取り乱してるのに、下から見上げてくる彼は涼しい顔を保ったままだ。 「……き、キス、してもいいですか」 「莉緒からしてくれるの?」 控えめに、こく、と頷く。 「じゃあ、どうぞ?」 相変わらず、余裕たっぷりな態度。 敵わないなあと思いつつ、ゆっくり顔を近づける。ちゅ、と彼の唇に唇をくっつけた。 僅かに開いた隙間に舌を差し入れれば、彼のものと絡まる。そこからはもう、千春くんのされるがままだった。 私が主導権を握ろうとしても、いつの間にか、彼にリードされている。 「ん、ん……は、ちゅ、……ふぁ、ん」 彼の膝の上。少しだけ腰を落とせば、同じ高さに目線が合う。 肩に置いていた手を千春くんの首に回して、キスしやすい体勢に変えた。 舌が生々しく絡み合う。 互いの唾液を交換し合って、吐息すら、丸ごと貪る行為。 咥内から奏でるリップ音は、官能を刺激するには十分すぎるほどのエッセンスをもたらしてくれる。深みを増すキスに理性を奪われ、多幸感で満たされる。 すり、と身体をぴったり寄せて、貪欲に彼の唇を求めた。 心は、抱かれることに怯えているのに。 身体はこんなにも、千春くんを欲してる。 「んぅ……っ、千春く、キスきもちい、」 「……莉緒」 千春くんの声に、熱が篭る。 薄く瞳を開けば、目元をうっすら赤く染めた千春くんの顔があった。 情欲に染まった瞳。 彼も私と同じように興奮しているのが嬉しくて、それだけで鼓動は加速していく。 一度火が付いた欲は止まらない。 もっと触れて欲しくて、千春くんにえっちな気分になってほしくて、私は甘い言葉を吐きながら、吐息を漏らす。 「……!」 動きを止めていた彼の手が、再び背中を撫で始めた。指先が腰周りをゆったり滑り、くすぐったさに身を捩る。 反射的に顔を離してしまった私に、千春くんの唇が追いかけてくる。長い指が私の顎を掬い、捕らえられる。すぐさま唇が塞がれた。 性急とも思える強引さに胸が高鳴る。 キスが全然止まないのが嬉しくてしょうがない。 千春くんをベッドに誘うんだって目的も、抱かれる恐怖も、自分の中からすっかり消え失せてしまっている。 このまま抱かれちゃうのかな───そう思った時。 背中を這い回る手が、止まった。 「……?」 ずっと続くと思っていたキスが突然止む。 唇が離れて、密着していた彼との間に距離が生まれた。 服の中から抜け出した手が、捲れたままの裾を摘まんで直してくれた、けど。 「……千春くん?」 なんでやめちゃうの? まるで興ざめたみたいな空気の冷え方。 不安に駆られて、彼の顔色を伺う。 千春くんはちょっとだけ眉をひそめて、静かに微笑んでいた。切なそうに、無理して作ってるような表情にどきりとする。 「これ以上続けたら、多分もう抑えられない」 「………」 力なく微笑む、千春くんの姿に。 彼に我慢ばかりさせている現実を、思い出した。 トップページ |