寝起きにしちゃうお話。2


 ───昨晩。

 真夜中に目が覚めて、シャワーを借りようとして気付いた。着替えがない事に。
 困り果てた私に、先生がくれたもの。
 それは一回りサイズの大きい、メンズ用のシャツ。
 つい胡散臭い顔を向けた私に、「女の子が着るような服は置いておりません」と、先生は笑顔で言い放った。
 先生の部屋に着替えなんて置いてないし、仕方ないとはいえ、よりにもよって、そのチョイス。先日の彼シャツ事件を思い出して、顔が熱くなった。

 先生から手渡されたのは、淡い紺で染まったストライプ柄のメンズシャツ。これならブラが透ける事もないか、と安易に着ちゃった上に、普通にベッドで寝ちゃった私は本当に大馬鹿者だと思います。
 脱がせやすい。
 脱がせやすい事この上ないですね。
 こうなる事を予想して、先生はわざと脱がせやすいシャツを手渡したのかもしれない。こわい。

 中途半端に脱がされたシャツは、肘のあたりで引っ掛かっている。剥き出しの両肩が、ひんやりと肌寒い。
 今の私の格好は、シャツのボタンを全て外され、前全開で、はだけてて、先生に馬乗りになった状態のまま、目の前で胸元を晒けだしている。
 なんですかこの羞恥プレイ。
 泣きたい。

「あれだね。全部脱がすより、中途半端に脱がせた方がエロいね」
「し、知らな……あっ、」

 先生の手が胸の膨らみに触れて、思わず声が上がってしまった。
 ブラ越しにふにふに揉まれて、それだけでも気持ちいい、けれど……決定的な刺激がないから、酷くもどかしくて焦れったい。
 それ以上の事をする訳でもなく、先生はただ悪戯に、下から私の胸に触れているだけ。

 その先にある快感を、私は知ってる。
 体が、ちゃんと覚えてる。
 教えてくれたのは、先生なのに。
 ずっと、こんな風に焦らされたままなんて、やだ。

「せ、んせ……」
「……ん?」
「……も……」
「も?」

 くすくすと、小さく笑う気配。
 私が何を言いたいかなんて、きっとこの人はわかってる。
 わかってて、私の言葉を待っている。

「も……っと、して……ちゃんと、触って、ください……っ」

 私の必死な懇願は、どうやら先生に行き届いたようだった。背中に回された手が、ブラのホックを外したから。
 鼓動の止まない胸が、その途端、期待感でいっぱいに染まる。

 そっとブラをずらされて、露になった乳房を先生の両手が優しく包んで寄せてくる。
 片方の胸の先端をちゅう、と吸われて、全身から力が抜けた。
 微妙な力加減で圧迫されているせいか、彼の両手で寄せられた胸の項は、いつもより敏感になっている気がする。すぐにピンと張りを見せた先端を、今度は舌先で転がして弄び始めた。
 あまりの気持ち良さに、甘い吐息が口から漏れる。

「あっ……せんせ、声でちゃう、んっ」
「いいよ。いっぱい声出しても」
「は、ずかし……あっ」

 甘噛みされても、痛みより先に快感が背筋を駆け巡る。無意識に腰が揺れた。

「腰揺れてる」
「っ、だって……」
「気持ちいい?」
「んっ……」

 素直にこくん、と頷けば、先生は嬉しそうに笑った。

 じん、と足の間が熱くなっていくのがわかる。
 太ももをすり合わせて閉じたくても、馬乗りになっているこの体勢では無理だった。思うように動けない状態で、胸への愛撫は更に激しさを増していく。
 与えられる優しい刺激は全部気持ちよくて、頭も体もおかしくなりそうで。

「も、やだ、へんになる……っ」
「なってもいいんだよ」
「や、だめ、あん」

 一向に止まない胸の愛撫に、両肘を立ててひたすら耐える。甘ったるい刺激に体が震えて、たまらず先生の頭を抱きかかえた。
 柔らかな髪が頬をくすぐる。
 ふわりと先生の匂いが鼻腔を掠めて、無性に愛しさが込み上げてきた。
 前髪をさらりとかきあげて、露になった彼の額にキスを落とす。ちゅ、ちゅ、と何度も唇で触れる度に、先生への想いが膨らんで、いっぱいになって───

 そして、溢れた。

「……っ、すき」
「……香坂」
「すき、先生がすき、好きです」
「………」
「一番、だいすき……っ」



 先生と出会ってから。
 何度、好きって心の中で呟いただろう。
 もう声に出して伝えてもいいんだと思ったら、嬉しくて泣きそうになった。



 鼻の奥がツンとなって、目頭が熱くなる。じわっと浮かんだ涙を拭おうとしたら、急に体がふわりと浮いた。

 唐突に視界がぐるんと回る。
 さっきまで先生に馬乗りになっていたはずの私の体は、次の瞬間にはベッドに組み敷かれていた。
 今度は先生が、私の上に覆い被さっている。
 驚く暇もなく、唇を塞がれた。

「ん、んん……っ!」

 瞬く間に侵入してきた熱が、一心不乱に暴れまわって咥内を蹂躙していく。舌を絡め取られて、吸われて、執拗なまでに激しく追い求めてくる。いつも温厚な先生の、らしくないその強引なキスに困惑する。

 ど、どうしたのかな。

 息苦しさに耐えられず、先生の背中に手を回して、ぎゅうと服を握り締める。やっと唇が離れた頃には息も絶え絶えで、肩で呼吸をするのがやっとだった。
 先生も、荒い呼吸を繰り返している。
 唇が触れるか触れないかくらいの距離で、小さく囁かれた。

「……俺も。俺も香坂が一番、好きだよ」

 静かに落とされた告白に、胸がぎゅっと締め付けられる。



 先生は、自分の気持ちを素直に晒さない。
 それが不満だった訳じゃないけれど、やっぱり言葉にしてはっきり伝えられたら、すごく、嬉しい。

 さっきまでのえっちな雰囲気は、どこかに吹き飛んでしまったかのような静けさが戻る。続きをする気がすっかり無くなってしまって、私はベッドの上でぼんやりと、先生の動きを待った。
 先生も私と同じ気分だったようで、着崩れした私のシャツを手早く直したあと、何をするでもなく、ただ抱き締めてくれた。

「……せんせい」
「ん?」
「えっち、しないの?」
「したいの?」
「質問に質問で返すのは、ズルいと思います」
「香坂の熱烈な告白聞いたら満足した」
「ね、ねつれつ」

 改めて言われると恥ずかしい。

「……大事にするから」

 朝日の差し込む光の中、先生の腕の中で聞いたその一言が嬉しくて、小さく頷いた。

 これ以上の贅沢なんて望まない。
 無いものねだりもしないって決めてる。
 大好きな人と一緒にいられるだけで、私はとても幸せです。













「………ところで香坂」

 ぬくぬくとベッドの中でまどろんでいたら、私を抱き締めていた先生は少しだけ身を離して、顔を覗きこんできた。
 額に掛かる前髪に指を差し入れて、こめかみから頬へ、手のひらが滑っていく。

「汗かいちゃったね」
「あ……ごめんなさい。シャツ、ちゃんと洗ってお返しします」
「いや、クリーニングに出すから大丈夫だよ。そもそも俺が原因だし。……それより」
「?」
「汗かいちゃったね?」
「え? あ、はい」

 さっきも聞かれた。

「このままだと体冷えちゃうね」
「そう、ですね。……?」

 微妙に先生の声が弾んでいる気がするのは、私の気のせいでしょうか。

「シャワー浴びて、お湯に浸かって、体あっためた方がいいと思います」
「あ……そうですね。お借りしま……っ!?」

 言い掛けた言葉が途切れてしまった。
 ベッドから降りようとした時、突然先生の手が膝裏に伸びてきて、姫抱きにされて起こされたから。

 そして。

「一緒に入ろうね」

 それが目的ですか。

「ひ、ひとりで、はいれます」
「俺も汗かいちゃったからね」
「あの、先にシャワーどうぞ」
「一緒に浴びた方が早いよ」
「は、恥ずかしいからやだ」
「体洗ってあげるね」
「や、待って、」
「泡ぬるぬるでえっちするのも楽しそうだね」
「目的変わってる!」

 私の訴えも聞いてもらえず、必死な抵抗もさらりと交わされてしまう。
 いつの間に復活したんですか先生。
 さっきまでの甘い雰囲気が全て台無しです。



 結局。

 私はあっさりと浴室へ運ばれて、服ポイポイされて、体の隅々まで丁寧に洗われて、ついでに(性的な)イタズラもされて。
 シャワーを浴び終わった頃には、心も体もぐったりと疲れ果てていた。
 先生はご機嫌でした。



 ……訂正します。

 こんなに素敵な朝を迎えられるなんて、1年前は想像していなかったけれど。
 こんなにえっちな朝を迎えるはめになる事も、1年前は想像していなかったです。とほ。

mae表紙tugi

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