甘くて柔らかいキスにとける。1


 朝霧奈々、生理5日目です。





「えっちしたいいいぃぃ」
「うるせ」

 嘆き叫んだ瞬間、ぴこん! と頭に星が散る。ついに卯月さん宅にまで用意された新品のピコピコハンターが、今日も突っ込みアイテムとして活躍中。
 けれどピコハンされたからといって、身体の疼きが収まるわけでもない。だからって耐えるのもしんどくて、私は口を尖らせた。

 毎月特有のあの期間も、あと数日で終わりを迎える。
 そして困ったことに、終わりに近づいてくるにつれて性欲が増してくる。
 生理中の何が辛いって、こういう時だ。無性にムラムラしてるのに自分で慰めることも出来なければ相手に迫ることも出来ない。下手に行為に及めばベッドが悲惨な状態になりかねないし、生理中は膣の免疫力が低下してるから、細菌やウイルスの感染リスクが高くなる。血に触れることで病気になる事だってある。私だけじゃなくて、卯月さんにも。
 不衛生を避けて互いの体を守る為に、生理中のえっちは絶対にご法度。それは卯月さんも理解してくれているから、私が生理中の時は行為を控えてくれるし体を労わってくれる。期間中はいつも卯月さんが料理を作ってくれるし、くまちゃんの面倒も見てくれる。家事もやってくれる。今日も温かい夕飯を用意してくれて、お腹が冷えないようにってホットミルクを作ってくれた。優しい。好き。
 けれどどれだけ優しくされても、荒ぶる性欲が消えるわけじゃない。

「……卯月さぁん……」

 悩ましげな声を上げながら、ソファーでくつろいでいる卯月さんの隣に座る。お風呂上りでぽかぽか温かい卯月さんからは、爽やかな石鹸の匂いがする。その体にぴったりと寄り添って、頼もしい腕にわざとらしく、おっぱいを押し付けてみた。精一杯の『えっちしたい』アピールのつもり。

「……こら、奈々」
「だめ……?」
「だめ。まだ終わってないんだろ」
「あう……」

 つい頭垂れてしまう。切なる願いも虚しく、卯月さんはアッサリと私の誘いを却下した。
 しゅんと沈んでしまった私の頭上から、彼の微笑が静かに落ちる。その声がどことなく面白がっている風に聞こえて、むうっと頬を膨らませる一方で何故か闘争心(?)に火がついた。
 私は卯月さんとえっちしたくてウズウズムズムズしてるのに、卯月さんは逆に『全然その気ありません』みたいな態度を取っている。その温度差が寂しくて、大人の余裕が垣間見えて悔しかった。早く対等の立場になりたいと思ってるのに、やっぱり私は卯月さんのように我慢できないし冷静な大人になりきれなくて。

 卯月さんの余裕っぷりを崩してやりたくて、彼の脚にするすると手を伸ばす。内側の際どい場所を撫でてみれば、卯月さんの顔からちょっとだけ、余裕が消えた。指先でつー……っとなぞれば、くすぐったそうな動きを見せる。それに気を良くした私は、更に追い込むように卯月さんの中心に手を添えた。
 この流れはさすがにマズイと勘付いたのだろう、卯月さんの手が咄嗟に私の手首を掴む。でも、私の手を避ける気配はない。

「ばか、やめろ」
「だってシたいもん……」
「駄目だって」
「卯月さん、やっぱり血が苦手……?」
「苦手か平気かって聞かれたら、苦手な方だけど」
「う……」

 でも、私だって血は苦手。シてる最中に血が出るなんて気分的に萎えるし、手やベッドシーツに血痕が付着するのも嫌。それは誰だって同じ気持ちだと思う。卯月さんはあえて口に出さないけれど。
 生理中の女の子の血に興奮する男も稀にいるらしいけど、私も卯月さんも至ってノーマルだ。それに、生理中は妊娠しない、なんて間違った認識から生でしたがる男も多いって聞くけど、卯月さんは元々、そういう考えを嫌う人。大事にしたいから責任を取れないような行為はしない、誠実な考えを持っている人だ。
 そんな人が、私の身体をこんなに労わってくれる。優しくしてくれる。ただ血が嫌だからえっちを拒否してるだけなら、こんなにも至れ尽くせりな接し方はしない。恋愛経験がほぼ皆無に近い私は、男の人からこんな風に想われて、大事にされたことなんて今まで殆どなかった。過去に付き合っていた人は中学の時の1人だけで、それだって、本気の恋とは程遠い薄っぺらい交際だ。初セックスもその彼氏だったけど、相手への気遣いもできないような自分本位のやり方しか知らなかった。セフレに至ってはそもそも、そこまで気遣えるような親しい間柄でもない。
 だから卯月さんの気遣いや配慮はすごく嬉しいし、彼の意思を尊重したいから、生理中にえっちしようなんて普段であれば絶対に言わない。なのに今回はどういうわけか、性欲復帰パワーが強すぎて抗えない。人間の三大欲求の前に、人の意思なんてこんなにも無力で弱いんだと初めて知った。7ヶ月間の禁欲生活を耐え抜いた私はどこへ行っちゃったんだろう。

 我慢できなくて、卯月さんの太ももの上に跨る。手のひらで股間をすりすり撫でても、卯月さんは平気そうな顔をしてる。動揺すらしていない。
 でも、パジャマ越しに感じ取れる卯月さんのモノは少しだけ、硬度を増した気がする。

「卯月さん、これ欲しい……」
「だめ」
「なんでぇ……浴室でもいいから……シよ?」
「終わったらいくらでも抱いてやるから、今は耐えような」
「ふえ」
「ほら、我慢」

 語尾にハートマークでも付きそうなくらい、卯月さんの声は弾んでいる。これは、絶対に面白がってるって確信した。ちょっと悪戯を仕掛けた程度では、卯月さんの余裕は崩せそうにないみたい。そればかりか、この状況を楽しんでいる様子に焦れったさが募る。
 私がナデナデしているモノは、布越しからでもわかるくらいには勃ち上がりを見せてるのに。これで奥まで突いてほしい、いっぱい気持ちよくして欲しい気持ちが膨らんで、口内に唾液が溜まっていく。

 なのに、生理。
 奥までずんずんしてほしいのに、生理。
 生理故に気持ちよくしてもらえないジレンマが募る。

「あううううぅぅ」
「唸るな(笑)」

 苦笑交じりに卯月さんが突っ込む。唸ったところで現状が変わるわけじゃないけれど、有り余る性欲を発散する術もなくて嘆くことしかできない。
 悶えに悶えまくる私の情けない姿を見かねたのか、卯月さんは溜息をつきながら、おもむろに何かを取り出した。

「奈々、これやる」
「う?」

 目を向けた先にあったもの。
 それは、ピンク色の小さな球体。
 親指よりちょっと大きいくらいの物体が、卯月さんの手のひらでころころと転がっている。
 いわゆる大人の玩具というやつ。

「ローターだあ!」

 実物を目にした途端に声を張り上げた私を、満足そうに見つめる卯月さんがいる。

「こういうの気になる?」
「気になるけど、使ったことないの!」
「使ってみたい?」
「うん!」

 差し出されたそれを嬉々として受け取る。ふと視線を横にずらせば、箱が開けられた状態のパッケージと紙袋が置いてあった。

「卯月さん、これどうしたの?」
「買った。どこで買ったかは聞くなよ」
「う? うん」

 男の人にとっては聞かれたくないことなのかな?

「まあ、たまにはこんな余興があってもいいだろ。面白そうで」
「えっちの幅が広がるね!」
「電池入れておいたから。すぐに使えるぞ」
「わあ、なにこれすごい」

 電源らしきボタンを入れた途端、ちっちゃい卵型の球体がぷるぷると震えだした。ダイヤル式で強弱がつけられるタイプみたいだ。
 こんなに小さいのに、威力は結構強いことに驚く。これを、あんなところやそんなところに押し当てられたら、気持ちよすぎてすぐにイッちゃいそう。妄想しただけで興奮が増して、私はこくんと喉を鳴らした。

「卯月さん、これ使ってみたい……」
「ん、貸せ」

 手を差し出す卯月さんにローターを託す。どう使われるのかはわからないけど、気持ちよくなれるのであれば何でもいい。
 早く使って欲しくてウズウズしてる私は、さながらご飯の前で待てをされている犬のようだ。瞳をキラキラさせながらローターを見つめていたら、卯月さんが堪えきれずに吹き出した。

「……ちゃんと使ってやるから、急かすなって」

 太股に跨ったままの私の腰を引き寄せて、卯月さんは小さく笑みを漏らした。優しそうな声で、すごく穏やかな口調なのに、でもどこか黒いオーラを漂わせる、悪い大人の余裕ぶった微笑み方。
 あ、なにか企んでる。なにか意地悪なことされるってすぐに察したけれど、加速する欲を止められない私には、卯月さんの目論見を暴くことも逃げることも出来なかった。

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