それは甘くて幸福な日々。*


 今まで私が経験してきたセックスは、濡れたら挿れる、イッたら終わり。そんな淡白なものだった。そういうものだって認識していたから、そこで満足してた。
 本当に、卯月さんが言った通り『雑なセックス』だったと、今更気付く。

 彼のセックスは、基本、すごく丁寧だ。
 愛撫にたっぷり時間をかけて、たくさん気持ちよくしてくれる。 キスも多いし、甘い言葉も言ってくれる。
 キスマークが多い点はちょっと困ってるけど(見えるところにつけるんだもん)、独占欲の現れだと知ったら、それすらも愛しくなった。
 勿論、避妊は絶対に忘れない。
 セックスの後だってちゃんと労わってくれるし、朝までぎゅーっと抱きしめてくれる。
 彼に抱かれて、初めて愛のあるセックスを知った。身も心もこんなに満たされるんだと、改めて実感した。


「前戯に時間をかける男は面倒で嫌」


 昔、友人達が言ってた言葉を思い出す。
 でも、私はそう思わない。
 だって卯月さんの愛撫は、本当に本当に気持ちいいの。
 今まで淡白なセックスしかしてこなかったから、余計にそう思うのかもしれない。
 彼が施す愛撫に、キスに、私はすっかり虜になっていた。


 でも。
 最近、その事で少し、弊害が生じてる。



・・・



「あ、あんっ、だめ、指、バラバラに動かしちゃ……っ!」

 私のナカを掻き乱す指先は、イイ所ばかりを押し当てて刺激を与えてくる。
 その度に腰が跳ねて、身体が小さく震えた。

 長い指が、2本。
 埋められた箇所から、粘着質な音を響かせる。ぐちゅりと淫らな水音が、聴覚を刺激する。
 下腹部が疼く。熱くなる。
 頭の中が真っ白になりそう。
 じわじわと、高みへ上っていく感覚が襲う。

「……奈々、イキそう?」

 私の反応を窺いながら、彼は甘く囁く。
 逆らえない誘惑に、屈してしまいそうになる。
 でも私は、拒否するように首を振った。

「ふうん。足りない?」

 唇を緩ませて彼が言う。
 嘘なんて、とうに見抜かれている。
 イキたくないなんて大嘘。本当はもう、イキたくてイキたくてしょうがない。
 彼に愛され尽くされた身体は、既に限界を迎えていた。

 気を抜けば、快楽の波に飲み込まれてしまいそうで。
 だから、必死に理性を保つ。

 いやなの。
 まだ終わりたくない。
 ずっと触れていてほしい。
 イッたら終わりが見えてくるから、私は我慢するしかない。

 なのに卯月さんは、私のナカから自らの指を引き抜こうとする。
 その意図を瞬時に察した私の手が、彼の腕を掴んで止めた。

「や、やだ、やめないで」
「……ん、まだして欲しい?」

 こく、と首を縦に振る。
 だけど私の訴えは、聞き入れてもらえなかった。

「付き合ってやりたいけどさ」

 ちゅぽん、と。
 みだりがましい音を残して、指が抜かれる。

「や、卯月さんだめ……っ、あ、ぁん!」
「俺ももう限界だから」

 代わりにナカを満たすのは、彼のもの。
 ずんっと奥まで埋められて、その刺激だけで達してしまいそうになる。
 頭上から漏れる、彼の熱い吐息。
 ゆっくりと律動が開始されて、待ち焦がれていた快楽に身体が悦び勤しむ。
 生産されていく蜜は、彼自身を受け入れている証拠。
 溢れ出る愛液が潤滑の手助けをして、息をつく暇もない程に揺すぶられる。

 気持ちよくて気持ちよくて。
 おかしくなりそう。

「あー……、やばい」
「あぁっ、ん」
「奈々の中、よすぎ」
「あっ、待……! やぁ、あっ、あ」

 ギシギシと、ベッドが悲鳴を上げる。
 動きは次第に、余裕の無いものへと変わっていく。
 絶頂の果てが見えて、私の膣が無意識に、彼のものをぎゅうっと締め付けてしまう。
 少しだけ、動きが緩んだ。

「……っ、あんま締めんな」
「っはあ……、も、ほんとにダメなの、いっちゃう、から……ん、んんっ!」

 抗議しようとしても、彼の唇に塞がれて遮断される。黙れ、とでも言うように。

 口付けられたまま、何度も身体を揺すられる。 必死で抗おうとしても、私の抵抗なんて意にも介さず、彼は腰を振ってくる。

 だめ、イキそう。

「……っは、無駄だって。奈々の中はもう、俺の形になってんだから」
「やだ、あっ、―――……!」
「……っ、」

 私の中で、彼のものが大きく震えた。どくどくと脈打つ熱を、ゴム越しに感じ取る。
 彼が果てた証を見届けた私も、深い絶頂に見舞われた。
 狭い寝室に、2人分の荒い呼吸。
 一息つけば、疲労と倦怠感が襲ってくる。

 ……ああ、終わっちゃった。



 胸を満たすのは、愛されている事への多幸感。
 その中に混じる、ほんの少しの心細さ。
 抱き合った後に、私がちょっぴり寂しい思いをしていることに、彼はきっと気付いていない。



 私が落ち着いた頃を見計らって、彼は自身のものを抜いた。
 ささっと後処理をして、私の隣に寝転がる。
 そして私が卯月さんに、ぴったりくっついて甘える…………

 のが、いつものパターン。
 でも、今日は違う。

 シーツの端をぎゅっと握って、私は盛大に横転した。
 卯月さんと逆隣の方。ベッドの端まで、くるくる回る。
 何事だと見つめる卯月さん。
 無言の問い掛けを無視して、私は布にくるまった状態で彼に背を向けた。
 訝しげな視線が、背後から突き刺さる。

「……奈々」
「……む」
「なんで拗ねてんだよ」

 背中越しに呼び掛けてくる声は不満げだ。
 甘いムードも何もない。

「奈々」
「……」
「言えよ」
「……言ったら笑われるから、言わない」

 言えません。
 卯月さんとのえっちが『物足りない』なんて。



 彼のセックスは、いつも1回きり。
 前戯に時間をかけてくれるし、キスも多いし、本当に濃厚なセックスだけど、1回で終わる。
 それが不満だったわけじゃない。
 むしろ満足してた方。
 でも最近はダメ。物足りない。

 もっとえっちしたい。
 くっついていたい。
 1回で終わっちゃうのが、寂しくてならない。
 卯月さんと出会ってから、わたし、性欲強くなっちゃったみたい。

 でもそれは、私の性質が悪いので。
 卯月さんは、何も悪くない。
 だから彼を咎められなくて、私はひとりで悶々としてる。

「………」
「………」

 息苦しい沈黙が続く。
 だけど先に折れたのは、私の方だった。沈黙に耐えきれず、再びベッドの上をくるくる逆横転。卯月さんの元へ戻る。ぴったりと寄り添えば、逞しい腕が私の肩を引き寄せた。

 彼の胸元に、ぽすんと顔を埋める。
 やっぱり、ここが一番安心する。

「……拗ねたり甘えたり、忙しいのな」

 苦笑混じりに彼が呟く。
 こつ、と額を重ね合わせて、顔を覗きこんでくる卯月さん。

 互いの視線が交わる。
 見つめてくる瞳は穏やかで優しい。
 私の髪をゆっくり梳いて、手のひらで頬を撫でてくる。
 あったかい体温に、心がほんわかする。

「……最近、やたらとイクの嫌がるけど。どうした?」

 困ったように微笑まれて、私も目尻を下げる。 途端に罪悪感が胸を占めた。
 卯月さんを不安にさせて、困らせて、私は何を意地張ってるんだろう。

 ごめんね、卯月さん。

「……あの、ね」
「ん」
「た、足りないの」
「なにが」
「いっ、1回、だけじゃなくて、その」
「………」
「……もっと、一緒にえっちしたいの」
「………」

 沈黙。

 沈黙。
 沈黙。
 沈黙。

 沈黙―――からの、デコピン炸裂。
 ばちんっ!! とド派手な音が響く。

「いたいっ!」
「なんだその糞な理由。勃ったわ」
「へ」

 衝撃の一言に目を丸くする。
 瞬く間に私に覆い被さってきた卯月さんは、どことなく嬉しそうに見えて。
 そしてふと気付く、太ももに当たる硬いもの。
 既に臨戦態勢に入っていたアレが、むにむにと人の太ももを押し付けている。

 …………、えっちだ。

「それなら早く言えよ。せっかく気ぃ遣ってたのに、損した」
「気、つかってたの?」
「誰かさんが、『8時間以上寝ないと肌によくない』とか言うから? これでも我慢してたんだけど?」
「……あ」

 そうなんだ。
 卯月さん、私に合わせてくれてたんだ。
 我慢してくれてたんだ。

 それって、なんか。
 嬉しいな。

「うんわかった。じゃあ寝るね」
「寝んな。寝かせるか」
「ひゃん!」

 するっと内股を撫でられて、腰が跳ねる。
 背中に、腰に、彼の指がしなやかに滑る。
 ぞくぞくと、もどかしい刺激が駆け巡った。

「あ……っ、」

 肌に触れるか触れないか、ぐらいの絶妙な指使いが、私を翻弄させる。
 弱点なんて、とうに知られてる。

「もう遠慮する必要ないんだろ? 明日は土曜日だし、朝まで付き合ってもらうから。好きなだけイけよ」
「………」
「なんだよ」
「……卯月さんは(四捨五入したら)もう30だから、そろそろ元気が無くなりかけていて、だからいつも1回だけなのかなあ、とか内心思ってました」
「覚えとけよお前」

 ぴき、と青筋をたてながら、笑顔全開の卯月さん。
 言ったらアカンやつだった。
 この後、どんな風に制裁されるかなんて容易く予想できてしまう。

「……ちょっとは寝かせてほしいです」

 とりま、要望を取り付ける。

「却下。オールだ」
「じゃあ手加減して」
「できるもんならやってる」
「卯月さんの変態。ハゲ」
「ハゲてねえ」
「今すぐ抱いてダーリン」
「まかせろハニー」

 噛み合わない会話の後、唇を塞がれる。
 咥内をねっとり侵されて、思考は再び快楽へ堕ちていく。
 朝まで抱かれ続けた私は、次の日、屍と化した。

 それでも、やっぱり。
 今日も私は彼の隣で、幸せな1日を送ってる。

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