恋する幸せを教えてくれたのは、あなたでした。* 俺様な人の嫉妬ほど怖いものはない。 それを、身をもって知った。 「あ、あ……っ、や、だ」 喘ぎと共に零れ落ちたのは拒否の言葉。 「やだ? 違うだろ」 返ってきた声は、背筋が凍るほど冷たくて。 散々弄ばれた身体は熱を帯びているのに、冷や汗が背中を伝う。 薄暗い寝室。枕側に背に、私は両膝を立てて座っている。 目の前には件の彼。 2人分の体重を乗せたベッドが、ぎしりと耳障りな音を立てた。 「卯月さん……っ」 「なんだよ」 「も、いれて、いれてよ……っ」 私のナカを、長い指が掻き乱す。抜き挿しされる度に湿った音が響き、羞恥を通り越して興奮が増す。 下腹部が疼いて仕方ない。散々指でイかされ続けた身体は、既に限界を超えている。息も絶え絶えなのに、卯月さんにやめる気配はなく、最終的な刺激をくれることもない。 私が何を欲しがっているかわかってるくせに、指での愛撫をやめない。それ以上のことをしてくれない。一番望んでいるものを、くれない。 なぜか、大変ご立腹の様子だった。 でも私には、どうして卯月さんが怒っているのかわからなかった。わからない事が、更に卯月さんの機嫌を悪化させているようで。 「あっ、だめイく、またイっちゃ……っ!」 「イけよ。だらしない顔見ててやるから」 「……っ!」 遠慮なしに奥を擦られて、呆気なく果てる。 もう、何度目だろう。 「卯月さん……」 イったばかりだというのに、欲しがりな身体はやっぱり卯月さんを求めてる。 縋るように彼を見上げてみるけれど、彼は冷めた瞳で見返すだけで応えてはくれない。 埋めたままの指を小刻みに動かし始めて、朦朧としていた意識は一気に引き戻される。 「あ、やだ、やだ……!」 「何がイヤなんだよ。イキたいんだろ」 「ゆび、やだ、卯月さんのがいいっ」 「………」 「ね、おねがい、卯月さんのでいっぱいにして……っ、奥まで、いっぱい、ずんずんってしてよぉ……っ」 自分が何言ってるかなんて理解する気もない。 お腹の奥がきゅうきゅうして、苦しくて仕方ない。とにかく早く欲しくて、卑猥な言葉で彼を誘う。 こんなにとろとろに蕩けさせておいて、指でイかされ続けただけで放置なんてひどすぎる。 「……くそっ」 卯月さんの手が私の腰を引いて、強引に引き寄せる。勢いよく後ろへと押し倒されて、ぽふっと枕に頭が沈む。反射的に瞳を閉じた。 両膝をグイと持ち上げられ、彼が腰が寄せてくる。ぱち、と目を見開けば、避妊具の袋を口にくわえた卯月さんの姿があった。 ぴりっと乱暴に歯で破き、手早く準備を済ませた卯月さんは、憮然とした表情のまま、組み敷いている私を一瞥した。 「……物欲しそうな顔すんな」 苛立ちを隠さない彼の姿に、私はしゅんと大人しくなる。 卯月さんがどうして不機嫌なのか。 私にはさっぱりわからなかった。 だって、こうなる直前まで、私たちは仲良くデートの最中だったんだから。 今まで幾度となく、卯月さんとお出掛けした。 彼はデートのつもりだったらしいけど、私はそんな認識はなくて、食材探しの付き添いのつもりで彼について行っただけに過ぎなかった。今思えば凄く失礼だ。 それが申し訳なく思っていた事もあるし、卯月さんが好きだと自覚してから、恋人らしいことがしたいという欲も、今更だけど、やっと出てきた。 「ちゃんとデートがしたいです」 そう告げた私に、卯月さんも笑いながら頷いた。 今までの私は、恋人らしいお付き合いに縁遠かった。だから実のところ、デート経験というものがほとんど無い。困り果てた私はとりあえず、定番スポットの水族館をチョイスしてみた。 でも正直、不安があった。魚を展示しているだけの施設をデートスポットに選ぶ、世の恋人達の気持ちが私にはわからなかったから。そんなところに2人で行って何が楽しいんだろう、ずっと不思議に思っていた。 でも、実際自分がその身になってわかる。 極端な話、場所なんてどこでもいいんだ。 卯月さんはずっと穏やかな表情のまま、私に寄り添ってくれた。1日中ずっと一緒にいられるのが嬉しくて、朝から幸せいっぱい。一緒に食べたランチも美味しかったし、どこへ行っても何を見ても楽しくてたまらない。 水族館から出て街をぶらついていた時も、私の頬はゆるゆる緩みっぱなしで、卯月さんもずっと笑っていてくれた。 と、そう思っていた。 私達とすれ違う女の人は、みんな卯月さんを見てた。中には、ほんのりと頬染めしてる女の子の姿まである。 当然だと思った。 背も高くて、顔だって最高に格好よくて、何よりとっても綺麗な人。見惚れてしまうのも仕方ないというもの。 そんな人が私の彼氏。 どうだ格好いいだろ! って、大声で自慢したくなるほど誇らしげな私とは対照的に、段々と卯月さんは寡黙になっていく。 あれ? どうしたの? って、私がやっと異変に気づいたときには、既に遅し。 卯月さんの不機嫌具合はフルマックスだった。 何が何だかわからないまま手を引かれて、彼の車に乗り込んだ。 まだ外は明るいのに、もう帰るのかな。なんて、ちょっぴり感傷に浸る私をよそに、卯月さんは口を閉ざしたまま車を走らせる。 辿り着いた先は彼のマンション。 んん? と思っている間にまた手を引かれて、部屋に連行されて、寝室に投げ出されて。 そして今、こんなことになっている。 「……ぁ……っ、や、あっ!」 たっぷりと濡れそぼった入口は、猛った彼自身を難なく受け入れていく。一気に奥まで埋められて、急な圧迫感に襲われて息が詰まる。 卯月さんは深く息を吐いた後、私のナカを盛んに責め始めた。 私に対する気遣いなんて何もない。 まるで苛立ちをぶつけるように、彼は激しく奥を突く。 「や、ん! はげし……っ、」 卯月さんが動く度に、ギシギシとベッドが不協和音を奏でる。気持ちよくて気持ちよくて、なのに、どうしてか全然、気持ちいいとは思えなかった。 卯月さんが急に不機嫌になってしまった理由もわからず、モヤモヤした気持ちのまま彼に抱かれるのはイヤだと、心がずっと泣き叫んでる。 快楽に飲み込まれそうな意識を理性と繋ぎ止めて、私は必死に首を振った。 「うづき、さ、ん……っや、まってっ」 「んだよ。これが欲しいんだろ」 必死な訴えは、あっさり払い除けられる。 「奈々が自分からねだったんだろ。奥までいっぱい挿れろって、さっき俺に言ったよな?」 「い……った、けど、でも……!」 「随分エロい言葉使うじゃん。そーやって今までの男も誘ってきたのか」 「あっ、だめ、だめ、そこは……っ」 「答えろよ。他の男にも同じこと言ってたんだろ?」 その言葉に、急速に身体の熱が冷えていく。 なんで。 なんで今、男の存在を口にしたの。 私にはもう卯月さんしかいなくて、卯月さんしか見えなくて、卯月さんしか興味がない。 想いがちゃんと通じ合って1ヶ月、今ではもう、卯月さんが大好きで大好きで、どうしようもないくらいに彼に恋焦がれてる。それは、言葉とか態度でちゃんと伝えているつもりだったし、彼に伝わってると思ってた。 私、もしかして疑われてるのかな。 まだ男遊びしてるって思われてるのかな。 今までが今までだったから、疑われても仕方ない。私がしてきた行いは、他人から見れば理解に欠ける行為だったんだろう。だから今、こんな事態になってるのかもしれない。私が全部悪い。 だとしても。 やっぱり、信じてほしかった。 「っう……っ」 嗚咽が漏れて、溢れた涙がこめかみを伝う。ぽた、と枕に染みを作った。 私が泣き始めたと同時に動きを止めた卯月さんは、黙りこんだまま私を見下ろしている。 「ふ、ぇ……ぅ、う……っ」 ぐずぐずと泣く私に、卯月さんの手が伸びる。手のひらで涙の筋を拭って、目尻に残る滴も指先で掬われた。 見上げた先にあった彼の表情は、苦しそうに歪んでいる。毒気を抜かれたような情けない顔をしていた。 「……泣くなよ」 「う、だって……っ」 「お前に泣かれると弱いんだよ」 ごしごしと、必死に拭ってくれる卯月さんから邪気はもう感じない。そのお陰で冷静さを取り戻した私は、心を落ち着かせてから口を開く。 「わ、たし、浮気してないよ」 「………」 「ほんとだよ。卯月さんしか見えてないよ。他の人にも会ったりしてないよ。信じて」 「……知ってる」 はあ、と重いため息を吐いて、卯月さんは私の頭を撫でた。感情を押し殺したような苦しげな表情が、瞳に映る。 「……浮気とか、そういうのは心配してない」 「……ふえ?」 「奈々は真っ直ぐだから、向かう対象が一人に絞られたら、多分そいつだけしか見ないだろうと思うし」 「……?」 卯月さんが難しいこと言ってる。頭の弱い私は彼の言葉を理解できないけど、浮気は疑われていないみたい。 だったら、なんであんなに怒っていたんだろう。私は何を疑われてるんだろう。 問いかけたくても口を挟める雰囲気でもなくて、私は大人しく、彼の言葉を待つ。 「……水族館、出た後さ」 「……うん」 「すれ違う男は、みんな奈々を見てた」 「……え?」 「腹立った」 「………」 え。それだけ? 「………」 「……なんだよ」 「ふふ」 ぶっきらぼうな声音に笑みが零れる。 卯月さん、妬いたんだ。 妬いてくれたんだ。 そんな可愛い嫉妬を見せられたら、愛しさが込み上げてくる。涙も引っ込んじゃった。 「男からジロジロ見られて、奈々、完全に顔がニヤけてたから。俺が横にいるのに、そんなに野郎から見られて嬉しいのかと思ったからムカついた」 「違うよ。すれ違った人はみんな、私じゃなくて卯月さんを見てたんだよ。だから嬉しかったの」 「……なんで?」 「めちゃ気分よかったから」 この人わたしの彼氏です! って、高らかに宣言しちゃいたいくらいだった。そう告げたら、卯月さんは目を丸くして、少しだけ切なそうに笑った。ゆっくり倒れこんできて、ぎゅうっと抱き締められる。 私達、まだ繋がったままなんだけどな。 私の中にある卯月さんのモノは、ちょっと勢いをなくしてちっちゃくなってる、気がする。 「……そこなんだよな、俺と奈々の違いは」 「うん??」 「……ごめん。勝手に焦った」 「……そうなの?」 「……前の彼女の時にもあったんだ、同じようなこと。それで嫌な思いも散々したから」 「………」 前の彼女、と言われて思い出す。初めて卯月さんと出会った日、頬にくっきりとビンタされた跡を残した卯月さんの姿。癇癪持ちの女だった、もう耐えられなかった、そう言っていた。 あれ以来、卯月さんの口から元カノの話は聞かない。だから私から話を振ることはなかったけれど、卯月さんが言わないだけで、本当はすごく辛い思いをしてきたのかもしれない。 「ごめんな、元カノの話持ち出して」 「ううん」 「……そうだよな。アイツと奈々は違うよな。……悪い」 弱々しい謝罪の言葉が耳元に落ちた。 本当に反省してるみたい。 「卯月さん」 「……ん」 大きな背中に両手を回してぽんぽんする。 子供をあやすみたいに。 「心配しなくても、わたし卯月さん中毒だから大丈夫だよ」 「………」 「卯月さん?」 「……余裕、あんまねぇんだわ。俺も」 力なく囁かれた呟きに、甘やかな感情が広がっていく。 卯月さんと元カノの間に何があったのかは知らない。知りたいとも思わない。ただ私は、彼の気持ちが嬉しくてたまらないだけ。恋人として求められることが、嫉妬されることが、こんなに幸せなものだったなんて私は知らなかった。 あのね、卯月さん。 恋の楽しさを教えてくれたのも。 好きな人に抱かれる悦びも。 独占欲の嬉しさも。 教えてくれたのは全部、卯月さんなんだよ。 そう伝えたかったけど、私の顔を覗きこんできた彼に唇を塞がれて結局言葉にならなかった。 口付けられたまま緩やかに身体を揺すられ、私のナカで硬度を増すそれと比例するように、燻っていた官能の灯火も再熱する。 「んっ、ん……ぁ、卯月、さん」 「……っ、奈々」 唇を離した彼が、私の乱れた髪を梳く。露になった耳元に口を寄せて、何度も囁かれる愛の言葉。 これ以上ない幸福感に浸りながら、私は彼に身を委ねた。 トップページ |