なぎさは美容師として、だけでなく普通に、一度だけサンジくんに「なぜ片目を前髪で隠しているのか」聞いたことがある。
「こっちの方がミステリアスで魅力的だからさ。」
戦闘であれだけ激しく動いてももう片方の目が姿を現ことは決してないが、特に彼が邪魔だと感じている訳でもなさそうだ。ファッション性を重視してるらしい。実際の真意は分からないが。
なぎさは美容師と言えどもその人の拘りにとやかく口を挟む事はないし、そこにどんな事情があるか深掘りすることもしない。
しかしシャンプーの時、彼は特に気にしないらしく、両目が見えることに関して何か言ってくることはない。この船で生活をしていて唯一サンジの両目を拝める時間だ。それもこの船でなぎさだけだろう。なぎさは心のどこかで優越感に似た感情を抱いていた。
シャンプーを始めるとサンジの整った顔が明らかにふにゃりと崩れ鼻の下が伸びるのだがしばらくすると自我を取り戻すらしく普通の顔に戻るのだ。(これでなぎさがもしナミだったら、サンジは死んでしまうだろう!)
頭を洗い終わりシャンプー台の背もたれを戻すと同時にサンジは前髪を下ろしてすぐさま右目を隠し、そのままカット用の椅子に座り私に切ってもらうのを待つ。
サンジは「後ろは1,2センチくらいかなぁ」「少し量をすいてほしいんだ。」と的確に自分の要望をなぎさに伝える。要望通り切ってあげると「あぁ、完璧だよ!」と嬉しそうに目を細めなぎさを褒める。
前髪の長さを調節するときにお互いの顔が少し近づくと再び分かりやすくサンジの顔が綻ぶがそれもいつものことでなぎさは慣れてしまった。
一味の男性陣の中で一番オシャレに気を遣うサンジとなぎさは散髪後スタイリングの方法やお勧めのスタイリング剤なんかの話をよくする。
サンジは、なぎさがアドバイスをしながら軽くスタイリングをしてあげると熱心に彼女の話を聞き鏡を見ながら「なるほどな…」と自分でも少し髪をいじったりする。
島に上陸し買い出しに行く時も自分で髪をセットした後
「なぎさちゃん、こんな感じでやってみたんだけどどうかな?」
となぎさに聞いてくる。手先の器用なサンジは大抵なぎさのアドバイス通りにしっかりセットできているので
「うん、いい感じ!」
と彼女が親指を立てると「そうかなぁ〜??なぎさちゃん、おれかっこいい〜??惚れた〜??」
と突然目をハートにして体をくねらせるのだ。(この突然の変わり様にもなぎさは慣れてしまった。)
「ありがとななぎさちゃん。」
椅子から立ち上がったサンジくんは背の低い私を見下ろしニッと笑う。
「なぎさちゃんに渡したいものがあるんだ。」
続けてそう言うサンジはなぎさをキッチンに連れてくると棚から小さな袋を取り出した。袋は透明で中にはおいしそうなクッキーが4つ入っている。
「いつも髪を切ってくれてセットの仕方も教えてくれるお礼さ。」
そう言いながらその袋をなぎさの両手にを乗せた。
「うわぁ、おいしそう!ありがとうサンジくん!」
サンジくんの顔を見上げお礼を言うと、サンジくんはなぎさの目を見据えたまま数秒固まった後また両目をハートにし
「笑ったなぎさちゃんは天使だ〜〜」
と顔を崩す。顔は整ってるのに,勿体ない。なぎさはいつも心の中でそう思っていた。
それも失礼だろうか。
「せっかく切ったんだしみんなに見せに行ったら?」
なぎさが提案するとサンジははっと思い出したような顔をし再びなぎさに「ありがとう」と優しく微笑んだあとくるっと振り返ると体をくねらせ
「んナミすわぁ〜ん!ロビンちゅわ〜ん!」
と二人を呼びながら先に部屋を出て行ってしまった。ここでの「みんな」とはナミとロビンのことらしい。
取り残されるのはいつものことなのでなぎさ特に気にはしない。
先ほどもらった小袋を開けるとクッキーの甘い香りが鼻をかすめる。
一つ手に取り口に入れると高級店のお菓子のようなくちどけ、少し甘めなのはなぎさの好みに合わせているからだろう。
思わず顔が綻んでしまいながらもナミやロビンのサンジのニューヘアに対する反応も気になるので(なぎさにとっては自分の仕事の成果を見てもらうことになるのだから!)なぎさは先ほどサンジが向かって言った方向へと足を進める。
すると再びドアが開き、サンジが手を差し伸べてきた。
「こちらへどうぞプリンセス、なぎさちゃんがやってくれたんだ。君がみんなに褒めてもらわないとな!」
ああ本当にこの人は!
プリンセスと呼ばれるのが、手を差し伸べられるのがなんだか恥ずかしくて小さく微笑み、素直に彼に手を重ねるとサンジはなぎさを先導して歩き始めた。
-fin-
(このお菓子は私だけの特権)
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