FF夢


 4-09







無事にミッドガルから抜け出した私達。
一息ついてから、これからどうするかの相談が始まった。


そういえば・・・と思って自分や皆の足元を見ると、案の定纏わりついた血液がそのまま渇き始めている。
ぱり、と音を立てて僅かに剥がれた血。神羅ビルの中で付着してしまったものだ。
衛生的にも精神的にも宜しくないその物体を落とそうと思ったのだが、生憎ここには水道も池も川も無い。
まぁ、手段が無いワケでも無いのだが、できる限り安全な場所で行いたい。

ミッドガルの出口から少し離れたところ、ここなら大丈夫だろうと判断して、魔法の詠唱を始める。

私が突然魔法を唱え始めたのを見て、クラウドが不思議そうな声を出す。

「奈々?何してるんだ。」
「ちょっと、待っててね・・・」

流石に2種類の攻撃魔法を同時に唱えるのは難しい。
片方が回復や補助系のものであれば、まだ楽なのだが・・・

詠唱が済むと、片手から小さな氷の塊が降り注ぎ、もう片方の手から炎が上がる。
炎は氷のつぶてを溶かし、溶けた氷がぬるい水になって降り注いだ。
ぴちゃぴちゃと流れる水は少量だが、手や足を洗う分には十分だろう。


「うわー、奈々、器用ね」
「まぁね。手とか足とか血だらけになっちゃったし、洗ってから行こうよ」
「おお!そいつぁ有難ぇな!」

この簡易手洗い器は思ったよりも好評で、程なくして全員が手や足を流し終わった。
血がこびり付いて毛がかぴかぴになっていたナナキも、スッキリした顔をしている。

だが、一つだけ問題があった。


「じ、自分の足が洗えない・・・」
「だろうな」

手の方は、先ほどから流れる水で既に洗い流されている。問題は靴の方だった。
どうしよう。と考え込んでいると、アイデアを思い付いたクラウドが私の前に跪いた。

「少しじっとしてろ」
「え?あ、うん、わかった」

クラウドは私のブーツを素早く脱がし、その場で洗ってくれた。
有難いやら申し訳ないやらで混乱したが、結局彼の厚意を受け取ることにした。
全身血みどろでカームの街中には入りたくなかったので、これで安心だ。



無事に全員の汚れが流されたあと、これからの進路の相談が始まり、やはり最寄りのカームへ寄るのが一番良いだろうと、その為のグループ分けが始まった。


「んじゃあとりあえず・・・私は先に進んでルート中のモンスター駆除でもするよ。機敏に動きたいから、ナナキとツーマンセルで行こうかな」

「ねっ。」と言ってナナキに笑いかけると、彼は尻尾を一度振って応えてくれる。彼も嫌ではなかったようだ。
だが、そのチーム分けに反対するクラウド。確かに、普通に考えればモンスターだらけの荒野を少人数で進むと言えば却下されるに決まっている。

「お、おい、ミッドガルから近いとはいえ、モンスターは少なくないぞ。ここをたった2人で進むなんて無茶だ」
「ミッドガルエリアのモンスターなら、武器持ってなくても倒せるよ」
「だが・・・」
「ほーらほら、クラウド君は修行も兼ねてお姫様方を守りなさい。じゃあ、カームで合流ねー。 行こっ、ナナキ」

反対するクラウドの声を遮って言い包め、ナナキに目線を送る。
彼はひとつ頷いてから、私の隣に並んで歩き始めた。
後ろからクラウド、バレット、ティファの制止の声が聞こえてきたので、それを振り切るように走り出す。

背後では3人が茫然と固まり、エアリスだけが面白そうにくすくす笑っていた。




***




ミッドガル周辺は、やはり神羅が放ったと思われる機械型のモンスターがうろついていた。
それらをなぎ倒しながら進むと、次第に硬かった地面の感触が柔らかくなってきたのを感じる。

土や草の匂い、涼しく爽やかな風を感じるころには、視界に小さくカームの街が見えてくる。
出現するモンスターもカームファングなど、原生している動物形が増えてきた。


出現するモンスターをバサリバサリと倒していると、次第にナナキからの視線が強くなっているのに気付いた。
思わず彼の方を見ると大人びた表情ではなく、少年のようにキラキラと輝く目をしていた。


「すっごい!奈々ってそんなに強かったんだぁ!」

心底尊敬するような声で言われれば、どうしても嬉しくて口角が上がってしまう。
あまりニヤけた表情にならないよう気を付けながら、彼のエールに応えた。

「ふふふっ、まあね。言ったでしょ?ここらへんのモンスターだったら余裕だって」
「んー、オイラも頑張らなきゃなー。どうやったらそんなに強くなれるの?」
「まぁ、十人並な答えだけどさ。ゆっくりじっくり鍛えていけばいいんだよ」
「そうなの?」

不思議そうに首をかしげるナナキ。その可愛らしい姿に、思わず顔が綻んだ。
ナナキは、辛くて厳しいトレーニング!とか修行三昧!とかそういう熱血な返答を期待していたのだろう。
難しい顔で「うーん・・・ゆっくりかぁ」と唸っている。

「うん、焦ったところで身体の成長が早くなるワケじゃないしね。自分のペースで、着実に。遠回りに思えるけど、これが一番の近道だよ」
「そっか、わかった!オイラこつこつ頑張るよ!」

ナナキは噛み砕いて説明すれば、素直に納得してくれる。ああ、その純真な雰囲気に癒される。

クラウドやティファ達と一緒にいると心強くて嬉しいのだが、今はできるだけ距離を置いていたかった。
何故神羅本社にいたのか、空白の期間何をしていたのか、そういう事を説明するのは極力避けたい。
カームまで到着してしまえば、彼らの目線はセフィロスに向くだろう。それまでは、どうにかうやむやにしなければ。

そんな思惑からパートナーにナナキを選んだからか、若干の後ろめたさがあるが
それを表に出すことなく、尻尾を振ってやる気を出すナナキに同調した。

「その意気だナナキ!さぁ、向こうにいるカームファングからエーテル盗むぞ!」
「ううん奈々、オイラまだ"ぬすむ"のマテリア持ってないよ」
「・・・・・・よし、倒そう!」
「うん!」



***




私とナナキは、何時間かかけてカームに辿り付いた。

少人数かつハイペースで進んだからか、クラウド達の姿はまだ見えない。
ナナキはというと、ここまでの間に随分体力を消耗していたようで、私の名前で取った部屋に入り、すぐに仮眠を取り始めた。

私は買い足したかった物資などもあるので、書置きを残して一人街の中へと繰り出すことにした。



北欧の街並みのような、可愛らしいレンガ造りの家が立ち並ぶカーム。
疲れてさえいなければ歩くだけでも旅行気分が味わえるだろう。

アイテムショップに立ち寄って消耗品を買い足したり、今まで育てていた不要なマテリアを高値で売ったり、ひとしきり終わらせてから、私は通りかかった喫茶店で一休みすることにした。

ウエイトレスのお姉さんから暖かいお茶を受け取って、口に含む。
久しぶりに頭の中をからっぽにすると、大分気分がリフレッシュされた。

一息ついてから「そういえば」、とクラウドから受け取った鞄の中から愛用の携帯電話を取り出す。
何日かの間電源を落としっぱなしにしていた携帯。きっとザックスから連絡が入ってるんだろうな、と思いながら電源を入れる。

携帯を起動すると、見慣れた待ち受け画面に表示される新着メールの山。
予想通りの状態にひとつため息をついてから、メールに目を通し始めた。

メールの多くが不在着信のお知らせだったが、3割ほどは長い文章のものだった。
差出人はもちろんザックス。それだけかと思いきや、以外にもレノやツォンさんから送信されたものもあった。

どちらも送信された日付は今日。きっと私が神羅ビル本社から姿を消したのに気づいて、この携帯電話に連絡を入れたのだろう。


ツォンさんからは、『行方がわからないが、どうしたのか』という内容のメールが届いていた。
全体的に丁寧で事務的な文章ではあるが、所々に気遣いや労いの言葉が入り込んでいる。

レノからのメールにも大体同じような文章が書かれている。
最も、ツォンさんのものより大分砕けた口調ではあるが要約すると『どこ行っちまったんだ?皆大騒ぎで探してるぞ、と』とのことだ。
彼らには悪いが、このタイミングで神羅に戻るつもりもないし、連絡を取って逆探知でもされたら厄介だ。
申し訳ないけれど、頂いたメールは読むだけ読んで無視させてもらおう。

まぁ、カームからミスリルマインへ出発すれば嫌でも対面することになるのだけれど。


最後に、ザックスから送られている何通ものメールに目を通すことにした。
日付が古いものから見ていくと、最初は『元気か?』とこちらの様子を伺うような、いつも通りのものだったが
私からの返事が無いのに気付いたのだろう。『電話でろよー』と鬼のような着信お知らせメールが間に入っている。
その後に、焦った様子で短く『何かあったのか?』という文。随分心配をかけてしまったようだ。

そして、最新のメール。日付はちょうど昨日の夜・・・私たちが必死に逃走していたころのものだ。


【おい!電話にも出ないしメールの返事もないってことは
 何かに巻き込まれちまったのか?神羅とかじゃねえよな?
 これから3日以内に返事来なかったら、お前んとこに直接
 乗り込むからな!】


文章すべてに目を通してから、未だないくらいに焦りながらザックスの携帯に連絡を入れた。
数回のコール音のあとにぷつっと言う、通話開始の音。

『奈々か!?』
「あの、はい、そうです、まず言わせて、ごめんなさい!」
『お前なぁ、ごめんで済むか!滅茶苦茶心配したんだぞ!何してたんだよ?』
「し、神羅ビルに」
『捕まってんのか!?』

久しぶりに聞くザックスの声に変化はなく、相変わらずはきはきとして聞き取りやすかった。
が、今回ばかりは説明をしたいのでしばらく黙っていてほしい。

「えっとね、説明すると長いんだけど・・・大丈夫、ついさっき抜け出せたから」
『はぁ〜・・・もうそっちに向かう準備してたんだぞ。まぁ、無事なら良かったよ』
「本当にごめんねえ!」
『そういやクラウドはどうだ?』
「あ、うん、見違えるくらいに良くなったよ。今はもう自我がしっかりしてるし、戦いも問題ないみたい」

そう伝えると、ザックスは今度こそ安心したようにため息を吐く。

『そっか、良かったぜ』
「まぁ、記憶障害はあるんだけどね」
『何か忘れてんのか?』
「主に・・・ザックスのこととか・・・」
『アイツ今度会ったらぶっ飛ばす』

もちろん冗談だろうが、そう言うザックスの声色はどこか本気の部分を感じてしまう。
そりゃああれだけ仲が良くて、死線を共に乗り越えた人物が自分の事を忘れていたら怒りたくもなるだろう。

「はは・・・正確には、自分とザックスを混合してるみたいだよ」
『へぇー。まっ、そのうち会う事になるだろうし、そん時にぶん殴って思い出させてやるさ』
「うーん・・・顔はやめてね」
『いや、容赦しねえ!』
「やめてってばー!」

ようやくザックスの声色が明るくなり、笑い声が混じり出した。
ああ、やっぱり彼の声を聴くと気分が明るくなる。本当に太陽のような人だなぁ、と改めて思った。

それからは、詳しい近況報告や今旅を共にしている人の事。
もちろんエアリスの事にも触れた。私が必死に喋っている間、ザックスは短い相槌を繰り返して、ただ聞いていてくれた。

ひととおり喋り終わる頃には、熱々だったお茶が水同前まで冷めてしまっていた。


「あ、そろそろクラウド達来るかなぁ」
『そっか。じゃあ今日はこれくらいにしてやるよ』
「これからはちゃんと電話出るよ!」
『おう、そーしてくれると助かるぜ』
「じゃあまた電話するね」
『ああ、じゃあな』

最後に軽く声をかけてから通話を終了する。
ぷつりと切れてから訪れる、耳元の静寂。街頭を賑わせる人の声はするものの、どこか寂しい気分になってしまう。
目の前の冷え切ったお茶を飲み干してから、ウエイトレスさんにお会計をお願いする。
もちろん、お茶一杯で長々と居座ってしまったお詫びとしてチップを渡すのも忘れずに、だ。


クラウドたちが到着していなかったら、私も仮眠を取ろう。

そう考えながら、先ほど歩いてきた道を戻り始めた。





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