FF夢


 4-10






「奈々!起きてってば!」



誰かの呼び声が聞こえて、ぼんやりと意識が浮かぶ感覚がする。


ああ、そういえばザックスと長電話したあと、宿に戻って・・・
部屋の中にはナナキしか居なくて、彼が気持ちよさそうに眠ってたから・・・私もその横のベッドに横になったんだった。


「ちょっと奈々!いつまでねぼけてるのよ!」
「んんー・・・おはよ・・・」
「もう、早く起きてよね」

非常に重たい瞼を無理やりこじ開けると、眼前には謎の白い球体がふたつ。
不可解なその光景に混乱しながら目を動かすと、ティファがこちらを覗き込んでいるのが見える。
形の良い眉を少し寄せて、私の肩を揺らしてくれていた。

ああ、あの球体は彼女のアルテマウェポン――もとい、魅惑のバストだったのか。
馬鹿げたことを考えながら身を起こすと、そこにはクラウドを除いた全員が揃っていた。

肝心のクラウドがいないのでは話が進まないのに。
と思ったが、まだ全員がここに揃ってから時間は経っていないらしく、各々が好きな場所に腰を落ち着かせていた。
先程まで眠っていたはずのナナキもパッチリと目を覚ましている。
ベッドを占領していた私も、ようやく目が覚めたので身を起こしてベッドから降りる。


姿が見えないクラウドを探しに、一旦宿の外に出ようとしたのだが
彼は、客室から死角になっている、階段横の棚が並んでいる場所に立ち尽くしていた。
そして何故か、目の前の棚を憎々しげに見つめている。
棚を睨んでは、開けて閉めてを繰り返すクラウド。その棚の中には、キラリと光る綺麗な瓶が入っているようだ。


(そういえば、カームの宿屋にある棚の中にはラストエリクサーが入って・・・)

棚を5回調べると転げ落ちてくるというラストエリクサーを思い出しながら、クラウドの様子を見つめていると
とうとう苛つきが頂点に達したのか、彼は戸棚をガン!と蹴飛ばした。
するとその衝撃で大きく揺れた棚から、お目当てのアイテムがころりと転がり落ちてくる。

床に落ちたラストエリクサーを拾い上げ、至極満足そうな表情になったクラウド。今の彼なら、話しかけても大丈夫だろう。


「ふぅ・・・」
「クラウドー、宿の棚は蹴っちゃだめですよ」
「なっ!み、見てたのか・・・」
「まぁ」

意地悪くニヤリと笑ってみせると、クラウドは急に恥ずかしくなったのか顔をそむける。
そしてぽつりと、言い訳がましく「た、旅の助けになるかもしれないだろ」とラストエリクサーを振って見せた。
正直言うとこのままからかいたい気分だったが、「それは有難いね」と、収穫物に食いついてあげる事にしよう。

あからさまにホッとしているクラウドの腕を取り、「それより、皆クラウドの話聞きたがってるよ」と腕を引っ張った。

「あ、ああ。待たせて悪かったな」
「いーえ!早く行こうよ」
「ああ」









クラウドの手を引き、皆が待っている室内に戻る。
彼の「待たせたな」という一言を境に、部屋の空気が一変してシリアスなものに変わった。

全員が真剣な表情でクラウドの一言一句に注目している。
その中でティファだけは、話が進むにつれてどこか不安げな表情へと変わっていた。
きっと、自分の記憶との相違に気が付いているのだろう。


私も脳内で記憶を掘り出しながら、クラウドの話を聞く。
どうやら、本来のストーリーと寸分違わぬ事件が起こっていたようだ。


5年前の事件。

事の発端は、ニブルヘイムに設置された魔晄炉が異常動作を起こした上に、狂暴なモンスターが暴れ出しているという報告からだ。
その知らせを受けた神羅カンパニーはソルジャー・クラス1stであるセフィロスとザックスを現地に送り、調査と対処をするようにと命じる。
勿論現時点では、クラウドの口から『ザックス』という言葉なんて一言も出てきていない。

自分と、セフィロスと、兵士2名。その4人だったと語っている。


彼の故郷であるニブルヘイムでの最後の思い出、ティファとの再会、魔晄炉の異常。
そのどれもが、重苦しい口調で紡がれていく。
魔晄炉内で発見された異形のモンスター、それを見たセフィロスの変貌、宝条が行っていた猟奇的な人体実験・・・
どれも、私が物語として見ていたものよりもずっと生々しく語られ、現実味を帯びている。


そして、神羅屋敷にあった資料から明らかになった、ジェノバプロジェクト。
セフィロスの狂気、ニブルヘイム焼失の夜。

クラウドの回想もラストに差し掛かったあたり、自分とセフィロスが対峙した部分。
そこで、彼の記憶は途切れていた。
その場に残る疑問に、皆後味の悪そうな表情をしている。
もっとも、真実がすべて明らかになったところで、気持ちの良い話ではないけれど・・・


5年前の事件の概要が明らかになったが、その事件の重さに全員が口を閉ざしてしまう。
数秒の静寂ののち、とうとうバレットが居てもたってもいられなくなり、勢いのまま部屋を出ようとする。

「俺は行くぜ!セフィロスにも神羅にも、約束の地は渡しちゃならねえ!そうだろ!?何モタモタしてんだよ!」

そう焚き付けて、階段を下りて行くバレット。
その行動のおかげで、息をするのも憚られるような空気が消えて無くなる。
彼の直情的な部分に助けられるとは、思ってもみなかった。

表情に影を落としていたクラウドやティファ、エアリスもバレットのそんな姿を見て笑顔を取り戻す。
ナナキとエアリスが部屋を去り、それに続いてティファとクラウドも階段を下りて行く。

皆「やれやれ」といった感じだったが、私はそうもいかない。
声には出さなかったが「・・・休憩は?」と思った私は間違っているのだろうか。
昨日からまともな休息も睡眠もとっていないのはきつかったが、ここで置いて行かれる訳にもいかない。


せっかく一泊分の宿代を払ったのに・・・と人知れず涙を呑み、私も5人の後に続いて階段を下りた。




***




2階で未練がましくのろのろしていたからか、宿屋のロビーに残っていたのはエアリス一人だけだった。

私の顔を見たエアリスは、にこっと花のように笑ってこちらに歩み寄って来た。



「久しぶり、だね」

神羅ビル内で再会してから、落ち着いて話す時間がなかったからだろうか
彼女とのゆったりとした会話はとても懐かしく感じた。


「うん。元気そうでよかったよ」
「寂しかったよ?連絡先も分からなかったし・・・」
「ごめんね、電話番号教えとけばよかったなぁ」

すこしいじけたように、そっぽを向いて唇を尖らせるエアリス。
相変わらずどんな表情でも可愛いなぁと思いながら、素直に頭を下げる。

「ううん、謝らないで」

エアリスは私の謝罪に対して緩く頭を振ったあと、口元に手を当てて考え込んでしまった。
何かを言い淀んでいるようだ。

彼女の顔を覗き込んで言葉の先を促すと、俯いていたエアリスが顔を上げる。
その瞳には何故だか薄く涙が浮かんでいて、つい気持ちが焦ってしまう。


「ああああの、エアリスさん?大丈夫?ほ、ほんとごめんね!」
「違うの!そうじゃなくて、聞いたの、ザックスから!」

彼女の口から出たその名前は、私の思考を停止させるには十分なものだった。

星の声を聴くエアリスならば、ザックスが生きている事は知っているだろう。
ザックスもエアリスの連絡先なら覚えているだろう、別れ際に渡した携帯電話で連絡を取っていても不思議ではない。

だが、彼はどこまで話したのだろう。

ザックスにも直接的な未来は話していないけど、現時点でエアリスに知られたくない事は沢山ある。
だが、彼女に「どこまで知ってるの?」なんて質問はできない。

一気に悪い予感が頭の中に駆け巡り、血の気が引いていくのがわかる。
胸の中の葛藤が顔に出ていたのか、今度はエアリスがあせあせと両手を振った。


「あっ、ザックスはね、奈々のおかげで生き残れたって・・・あなたがいなかったら、自分は死んでいたって。それから・・・秘密の多い子だけど、辛抱強く信じてやってくれって言ってた。それだけなの」

そう話しながら両の手を体の後ろで組んでいたエアリスが、言い終わると同時に距離を詰めてくる。
彼女はそのまま両腕を広げて・・・気づけば私はエアリスの腕の中。

きゅっと軽く抱きつかれる感覚に気付き、やっと私の頭が再活動し始めた。




「ありがと。って、言いたかっただけなの」

優しい声で紡がれた一言。シンプルなのに、心の底から安心できるような響きがあった。

私の事までフォローしてくれていたザックス、隠し事だらけの私を何も言わず信頼してくれたエアリス。
2人のあたたかい心に包まれた気がして、つい目の奥から熱いものがにじみ出そうになる。

詰まった喉で、私は「・・・うん」と返すので精一杯だった。






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