FF夢


 4-06





※ストーリーの都合上、少しグロテスクな表現がありますのでご注意ください。










さぁ独房エリアから出よう、と意気込んだその瞬間に今度はクラウドが口を開く。


「ちょっと待て、奈々」
「んー?」

クラウドは自分が持っていた荷物を漁ると、その中から見覚えのあるバッグを取り出した。
私の使っていたショルダーバッグだ。そういえば、ここに来る直前に預かってもらっていたのをすっかり忘れていた。


「これ・・・先に渡しておきたかったんだ」
「そっか、私のバッグ・・・クラウドに預かってて貰ってたんだっけ」
「ああ、それから、これも」

私がバッグを体に巻き付けたその確認して、もう一つの荷物を手渡してくるクラウド。
彼が腰から取り外したそれは、以前ウータイでゴドーから貰った片手剣だった。
ミッドガルのゲート付近での出来事、今思い出しても無我夢中だった記憶しかなかったが、しっかり自分の武器まで預けていたところを見ると、私は自分が思う以上に冷静だったようだ。

軽く手荷物を確認すると、バッグの中にあのボロボロの日記帳が無い事に気づいた。

「あれ?日記がない・・・」
「日記なんて入ってたか?悪い、中を見ないで預かっていたから・・・落としたという事は無いと思うんだが・・・」
「え、あ、ううん、別に大丈夫だよ」

あの日記帳は、分かる人が見ればかなり危険なものだが、他人に見られたところでそう困るものじゃない。
ザックスの居場所は書いていないし、クラウド達に見られていないならば大丈夫だろう。

「奈々、本当に大丈夫か?」
「ん? うん、平気だよ。ありがとね」
「いや、それならいいんだが」
「おいクラウド、奈々!ちょっとこっち来い!」

忙しなく声を張り上げるバレット。その声に従い、皆がいる方へと歩き出した。

バレットが苦々しい顔で見ているそれは、独房の見張りをしていた兵士の遺体だった。
既に冷たくなって床に伏せている身体。
いくら角度的に見えなかったとはいえ、先ほど談笑していた部屋と同じ空間にこの遺体があったと思うと遣る瀬無い気持ちになる。
その傷口は酷いもので、切り傷でも刺し傷でも、ましてや銃傷でもない。だが、間違いなく致命傷だという事がわかる。

何かに潰され、身体の一部が完全にミンチと化していた。
ポリゴンの画面では全くわからなかった凄惨な状況に、ぞわりと寒気がするのを感じた。

「ひでえな・・・こりゃ」
「・・・私が様子を見てこよう」
「あ、一緒に行くよ」

一人歩き出したナナキを追いかけるように、独房エリアの外に出た。
そこには、さらに惨たらしい遺体が多数横たわっている。
フロアじゅうを包む、血生臭い空気に思わず吐き気がこみ上げてくる。


「周り中、血の匂いしかしない・・・」
「うん、オイラも気持ち悪くなってきた・・・」

聞きなれた口調のナナキが、同じように顔を歪めた。

「うわっ・・・」

フロアの中についていた血痕を辿って行くと、ジェノバが保管されていたスペースに辿りついた。
だがそこは、このビルの中で一番に状況が酷い場所と言って過言では無かった。

床一面に広がった鮮血。
たちこめる血のニオイは、他所とは比べ物にならなかった。
磨き抜かれたタイルが敷き詰められていた筈の床が、一点も余すことなく赤で彩られ、歩き易さに重点を置いたブーツでさえ、ぬるぬると滑って歩きにくい。
素足で歩いているナナキは、嫌そうに血の薄い場所を探して歩いている。

「ここから抜け出したら、足綺麗にしないとね」
「すぐにでも洗いたいよ・・・オイラだけ素足だもん」
「あ・・・見て、エレベーターに付いた血が上に向かって続いてる」
「ウーン、上の階に向かったのかな」

しばらくそのスペースに立ちつくしていると、後からクラウド、エアリス、ティファが追いかけて来た。
3人とも、この状況に呆然としている。

「ここにあったジェノバ・サンプルが移動している。おそらくサンプル用のエレベーターを使用したのだろう」
「あれが・・・動いたのか」

再び大人びた口調になったナナキ。
続いてバレットも追い付いて来たので、全員で大きなエレベータに乗って上のフロアに移った。




***




68階に移ると、血痕は迷うことなく一筋に上の階へと向かっている。

その血の筋を辿って行くと、そこは社員がいない代わりに奇妙なモンスターが蠢いていた。
フロア中に放たれたモンスターは、疲弊した私たちに容赦なく襲いかかって来る。

中でも厄介なのが、青いカプセル状のモンスター。ブレインポッドである。
状態異常を引き起こす技を持っているこいつらは、間違いなく誰しもが苦戦を強いられたであろうモンスターだ。
よりによって、その厄介なのが3匹一緒に飛びだしてきた。


「何だ?あの野郎!」
「わかんないわよ!気をつけて!」
「あのモンスターは近づいちゃ駄目、なるべく距離を取って!」

そう声をかけるが、そうも言ってられない、と言わんばかりに直接攻撃を仕掛ける5人。
ティファ、エアリス、ナナキ、バレットが射程範囲に入ったのを感じ取ったのか、ブレインポッドが動きを変える。
ポッドの中から人のような形をした何かが顔を出し、四方八方に黒いガスを噴き出した。

「きゃっ!」
「何だこれは・・・」
「うおっ!」
「なんなの、コイツ・・・」

その黒いガスを受けてしまった4人はその場に崩れ落ち、奈々とクラウドだけが少し後ろに立っていた。

「クソッ、何故こんな厄介なモンスターがカンパニー内をウロついているんだ!」
「研究の賜物、じゃない?」
「・・・・・・成程な」

憎々しげに舌打ちをしたクラウドは、ブレインポッドとの距離を慎重に計っている。
確かに、現時点では強力な全体化魔法も持っていないだろうし、それが最善だ。
だが、私の手元にはこのモンスターの群れを打破するためのマテリアがあった。


「クラウド、4人の治療は任せたよ」
「おい!1人でこの状況を抜けられると思ってるのか!?」

クラウド達5人を背にかばいながら、魔法の詠唱を始める。
心配そうなクラウドに笑いかけてから、ブレインポッド目がけて魔法を放った。

「これでもくらってな!全体化ケアルラ!」

私の手元から放たれた美しい紫色の光は、3匹のブレインポッドを包み込んだ。
そう、こいつらは機械的な外見をしているが、実はアンデット系のモンスター。
回復、蘇生系の魔法が有効打なのだ。

敵モンスターに向かって回復魔法を放ったのを見て、驚いた顔をしていたクラウドだったが、それがこのモンスターに対して有効な攻撃魔法だという事に気付いたようだ。

「回復魔法が弱点のモンスターがいると聞いた事はあったが・・・まさかコイツらだったなんてな」
「まだまだ沢山いるよ、覚えておいて損は無いね」

にこっと安心させるように笑ってから、クラウドが呆然としていたせいで放置されていた4人にエスナを掛けた。
4人は朦朧とする意識のなかでも戦いを見ていたのか、調子が良くなると同時に賛美の声を上げた。
まぁ、私も褒められて悪い気はしない。


「すごいじゃない、いつの間にあんなに強くなったの?」
「大切なのは腕っぷしだけじゃなくて、相手の弱点を知る事。すなわちデータ量ってことね」
「へえ、奈々、カッコイイ」

エアリスが嬉しそうに私の腕を取り、ぴったりとくっついてくる。
なんだこの可愛い子は!と内心悶えつつも胸を張って自慢げに振る舞う。

「えへ、クラウドよりもカッコイイ?」
「うん、クラウドよりも、バレットよりも、奈々の方が頼れる、ね?ティファ」
「そーね。バレットは遠距離武器なのに突っ込んでっちゃうし、クラウドは全然エスナしてくれないし」

反対側の腕を取りながら、からかうようにティファが言う。あの、お姉さん、胸が、すっごい当たってます。至福です。
さりげなく攻められた男性陣は、バツの悪そうな顔で目をそらしている。

「・・・悪かったな」
「けっ」
「面目ないな・・・」
「ふっふっふ、嫉妬するなよー男子諸君」


ティファとエアリスが、一瞬の和やかな空気を作ってくれるが、フロアを進むにつれて、そんな軽口も次第になくなっていく。


69階に到達すると、血痕は真っ直ぐ70階の社長室へと向かっていた。
これから視界に広がるであろう、嫌な光景に心の準備をしながら、70階――社長室へと足を踏み入れた。






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